第34回 周泰、荊州問題の激化を目の当たりにする
「荊州の江陵と南部四郡は、劉備が新たな領土を得るまで貸している」というのが、孫権をはじめ、孫呉の諸将の理解である。
西暦二一四年、劉備はとうとう益州を平定し、成都に本拠地を定めた。しかし、劉備の方からは何も言ってこない。
これに孫権は不信感を抱き、劉備への使者として、諸葛亮の兄である「諸葛瑾」を成都に派遣した。
劉備は諸葛瑾を丁寧に迎えて応対したが、その答えは驚くべきものであった。
「涼州をとったら返します。」
という回答だったのである。涼州は馬超や韓遂、軍閥などが割拠しており、曹操でも手を焼いた地域である。益州からも、距離的に遠く、全く現実味の無い話であった。
この回答を聞いて、孫権は当然に激怒した。
荊州の南部四郡のうち、孫権が自分で攻略したとは言い難い武陵を除いた長沙、零陵、桂陽の三郡に孫呉の官吏を派遣するが、関羽に追い返されてしまった。
孫権は劉備には当然として、荊州牧の様に振舞う関羽に特に激怒し、一戦も辞さず、という姿勢を示した。
しかし、ここで劉備と一戦を交えることは、曹操を喜ばすだけであり、絶対に回避しなければならない旨の主張を魯粛は強く孫権に言った。そして、自分が今一度関羽と直接話をつけて来るので、それまで時間が欲しい旨のお願いもした。
魯粛は関羽が駐留する江陵へ急いで向かった。
そして、魯粛は自分が如何に覚悟を決めてここに来ているか関羽にわからせるため、護衛や随行員を伴わず、腰に短刀一本のみを差して、単身、関羽の陣営に乗り込んだのである。
関羽の陣営は、魯粛が単身乗り込んできたことに驚き、ざわついた。関羽も、魯粛の覚悟はわかったであろう、丁寧に迎えた。
魯粛が言う。
「関羽殿。この度の要件はただ一つ。劉備殿に貸していた荊州を我が孫呉に返還して頂きたい。」
「魯粛殿。例え、劉備様が益州を押さえたと言っても、まだまだ荊州を返せるほど安定しているわけではない。国造りの難しさは、魯粛殿もお分かりであろう。」
「では、尋ねます。益州が安定するのは、いつになるのでしょうか?」
「それは、私にはわからない、としか言いようがない。」
「それでは、いつまで我が君である孫権は、お待ちすればよろしいのか。」
関羽は少し声を荒げて言う。
「魯粛殿。そもそもの話として、漢室復興のため、天下のために劉備様が預かっていると、私は考えている。よって、いつ返す、返さないという話ではない!」
魯粛は静かに、そして徐々に声を大きくし言った。
「関羽殿・・・。漢室のため、天下のためと言う前に、我が君、孫権との約束を果たすという、義の心はどこに行ってしまったのです。行く当てもなく彷徨っていた劉備様に対して我が君が施した恩を忘れてしまわれたのか!」
「・・・。」
この魯粛の言葉に、関羽は返す言葉がなかった。
すると、どこからともなく「こんな使者斬ってしまえ!」と、言った声がここかしこから聞こえてきた。
関羽は一喝する。
「黙れ!魯粛殿は義のわかっているお人だ。それを斬っては、我が方の恥だ!」
魯粛も、この言葉に関羽自身の義の心があることを理解し、最終手段として用意していた妥協案を提示した。
それは、南部四郡に関しては、ひとまず劉備の領有を認める。しかし、江夏と南郡に関しては、即刻孫呉に返還する、というものであった。
関羽も、これ以上の対案を示すこともできないことから、ひとまずこの提案を受け入れる旨の意志を示した。
魯粛は帰還し、即刻、事のあらましを孫権に伝えた。
完全に納得はしていないものの、現実的な対応であると、魯粛の挙げた成果を認め、賛辞を贈った。
孫権が周泰に言う。
「幼平、これからの荊州、どうなると思う。」
「荊州は交通の要所であり、我が方はもちろんですが、劉備もそう簡単には手放したくないはずです。」
「そうだろうな。魯粛の取り付けた約束は守られるであろうか。」
「当面は大丈夫であろうかと。関羽もそれなりの漢であると聞いています。しかし、あくまで口約束に近いものですから、常に危うさは孕んでいるものと思います。」
「そうか・・・。やはり、劉備と境界を接する場所には、それなりの者を太守としておく必要があるな。」
「その通りかと思います。軍事だけではなく、民政に長けた者がなるのがよろしいかと。」
「その様な人物は、どこにいる?」
周泰は、諸将の顔を思い浮かべた。皆出来る、と言うこともできるが、完全にこの人物に、というまでの確証は持てずに、すぐに推薦すべき人物を提案することは出来なかった。
すると、孫権が笑いながら言う。
「幼平。お前に武昌の太守を任せたいと思う。」
「・・・。私、でございますか?」
「ああ。色々頼んで申し訳ないが、お前にはいつぞや約束した褒賞も出来ていない。今が、この時だ。幼平、お前を武昌の太守に任命する!」
「畏まりました。死力を尽くしてこの幼平、取り組みます。」
こうして、孫権の盾であった周泰が、とうとう太守として荊州問題に関わることになるのである。




