第28回 周泰、南郡争奪戦(後)
江陵城をめぐる戦いは、膠着状態が続いていた。
曹仁、周瑜ともに決め手になる一手がお互い見つけられない状態であった。ただ、この膠着状態がもたらすのは、お互いの疲弊だけであることも、両将ともわかっていた。
曹仁軍は想定以上に長引いているこの戦いで、今後も籠城をしていくことは、兵糧の備蓄量から厳しいと言える。周瑜軍も本拠地から近い土地とはいえ、兵士の疲労困憊の色は濃くなりつつある。大国であれば、定期的に兵士の入れ替えを行えばいいのだろうが、今の孫呉にそんな余裕はない。
お互いが望まないところで、勝負の機運は高まりつつあった。あとは、どちらが仕掛けるか、というところである。
最初に仕掛けたのは、曹仁であった。
曹仁は自ら精鋭二千程を率いて、周瑜のいる本陣を目指す。
しかし、そこに至る前に、この戦で成長著しい淩統が曹仁の行方を阻む。曹仁と淩統がやりあっているところに、周瑜自ら応援に出た。
相手の総大将が出てきている以上、こちらも自ら対応すべき、との判断に基づく出陣であった。
周泰は周瑜に寄り添うように出陣する。
その時である。
不意に飛んできた流れ矢が、運の悪いことに周瑜を襲った。周瑜が落馬しそうなところを、脇にいた周泰が抱きかかえ、後退した。
明らかに、周瑜を狙った矢ではない。
ただ、戦場ではこういうことがよくおこるのだ。
本陣に帰り、周瑜の治療が行われる。
幸い、命に直接かかわる様なものではなかったが、通常であれば、しばらく安静にしてじっとしていなければならない重症であった。
曹仁側は、周瑜が退却したことにより、その士気は最高潮に達していた。周瑜さえ討ち取れば、この苦しい戦いが終わるのである。
「周瑜よ、そのまま死ね」
曹仁軍の兵たちは祈り続けた。
曹仁は、周瑜が死んでいなくとも、重症であることは確実であると踏んで、毎日城外に出てきては、その攻勢を強めてきた。周瑜の代わりに呂蒙が総指揮をとって対応しているが、どうしても士気が奮わなかった。
周瑜はこの状況を逆に利用することにした。
この戦で、もう周瑜が指揮を執るのは事実上不可能である、という噂を自軍に広め、それが曹仁側に伝わる様にしたのである。
曹仁はここが勝負どころと踏んで、今出せる兵士のほとんどを率いて、本陣めがけて攻撃を仕掛けてきた。
今までの数倍の圧力で攻め͡続ける。
その時である。
馬上に周瑜が毅然とした格好で指揮を採っているではないか。周瑜が全身全霊をかけて叫ぶ。
「皆の者!私のけがは既に癒えた!再起不能と言うのは、こちらの策略である!孫呉の兵よ、これが最後の戦いと思い、死力を尽くせ!敵将曹仁は目の前ぞ!」
この檄に、周瑜軍の士気は最高潮に達した。
押され気味であったところを、じりじりと押し戻し、攻勢に転じた。
周瑜の堂々たる姿を見て、曹仁軍の士気は低下した。
まだ戦えないわけではないが、ここで粘ったところで戦力が削られるだけと判断し、曹仁はとうとう江陵城からの撤退を決意、全軍に襄陽目指しての撤退命令を出した。
「周瑜様、大丈夫ですか?」
周泰は声を掛けた。
周瑜の全身からは、脂汗が溢れていた。
「だ、大丈夫だ。すまぬが、まだ、支えておいてくれ。ここで、倒れるわけにはいかない。」
「承知しました。」
周瑜の体調は、全く回復していなかった。
総大将として、全軍の士気を上げるために、いつも通りに振舞ったのである。それをそっと支えていたのが、周泰であった。周泰が言う。
「最後のひと声をお願いします。全軍に追撃命令をお出しください。」
周瑜は頷いて、力を振り絞り叫ぶ。
「皆の者!曹仁は襄陽を目指して撤退した!ここが狩り時、全軍で追撃せよ!」
「おぉーーー!」
兵士たちは雄叫びを上げて追撃戦に移行した。周泰が言う。
「さあ、馬から降りてください。これ以上は、傷に響きます故に。」
「幼平、何から何まで済まぬな。」
「いえ。私があなたの代わりに受けるべき矢、盾となれずに、申し訳ございません。」
「何を言う・・・。こうやって支えてくれたではないか・・・。」
ここまで言うと、周瑜は気を失い、周泰は周瑜を本陣に運び、再び横にさせた。
この江陵をめぐる戦いは、実に一年に及んだ。
周瑜は重傷を負いながらも、何とか念願の江陵を手に入れたのである。




