第35話 知らないこといっぱい
「しかし、このワタシがゴブリンに敗れるとはな。正直負けることはないと思っていた。指スマ…なかなか奥が深いジャないか」
どうやらラミアナイト様は指スマを気に入ってくれたようだ。
なんか嬉しいね。
「ゴブリンが勝てたのはまぐれですヨまぐれ!指スマは運の要素も大きいですからネ!」
いやまぁそれはそうなんだけど、ナメプーに言われると無性に腹立つな。
「運か…確かにそれもあるダろうが、勝負を通してしかとわかった。オマエは本当に器用で賢いゴブリンのようダ」
「いやぁ、そレほどでも…」
「若いのに言葉もよく習得している。ニンゲンとの戦闘経験もないダろうに、普段から魔王軍のやり取りをよく聞いているという勤勉さの表れダろうか」
「い、いヤ、それほどでも…」
やっぱ言葉をべらべら喋るとチェック入るんだな…
てか人間との戦闘経験が言葉をたくさん知ることに繋がるの?
村のゴブリンがあまり言葉を知らなくて、魔王軍の魔物が結構喋れるのってそういう…
うーん、知りたくなかったかも。
「ダからこそ…実に残念ダ」
「…へ?」
ラミアナイト様は何やら憐れむような表情で俺達を見下ろしている…。
「低級の割には優れても、やはり低級は低級…その力は高が知れており、枠を大きく出ることは叶わない。''進化''という大いなる恩恵を失った今の世界では、魔物の可能性は閉ざされたままダ」
進化…?
なんですか急に。
何の話ですか。
ちょっと詳しく聞かせてもらってもいいですか。
「ゴブリン種は進化の恩恵が大きい種族ダった。進化することが前提にある魔物ダったと言ってもいい。多種多様な進化形態を誇り、時には上級に至ることもあるほど可能性に満ちていた。少し前まではいくつか部隊もあったのダがな…進化できなくなってからは己の殺気に戦力が伴わず、無茶な戦いをしてそのほとんどが壊滅してしまった」
殺気任せの無茶な戦いをして壊滅って…
他所のゴブリンって結構激しいんだな…。
だからインディセ様は欠けたゴブリン部隊を補充しようと俺達の村を物色しにきたのだろうか。
けど村のゴブリンは殺気がないってことで漏れなく戦力外通知を受けちゃったんだよね。
みんながおっかないとこに採用されなくてよかった。
「特に、オマエのような者は無念でならんダろう」
ラミアナイト様の視線が親方へちらりと移る。
「それだけ''満ちて''いながら進化できぬとは…然るべき''魔素''さえあれば、下働きではなく魔王軍の兵士として大成していたやもしれぬというのに」
''満ちている''とは…?
…レベルとか経験値的な話だったりする?
そんでもってまそって何。
「……」
親方はラミアナイト様の問いに口ごもる。
「俺は平和主義なので魔王軍の戦士にはなりたくないです!」
なんて、魔王軍の部隊長相手に言える訳がないよね。
「魔素が薄れたのは今から約2年前、勇者一行が魔王様に仇為した日からダ。オマエは惜しくも満ちる時が間に合わなかったのか、それとも…」
ラミアナイト様はそこで言葉を区切ったかと思うと、突然。
体を倒すようにぐんっと傾け、その顔を親方の顔に一気に近づけて詰め寄った。
「魔素在る時代に満ちていながら、進化し損ねた腰抜けなのか」
「…ッ」
そう問う声はとても低く、見開かれた目は尋問でもしているかのように厳しいものに変わっていた。
張り詰めた緊張感の中、親方は大層ばつが悪そうな顔をしている。
なんだ、この空気…これはどういう状況だ?
親方は怒られてるのか?
満ちてるけど進化し損ねたって、どういうことだ?
「…まぁ良い」
ラミアナイト様はグググ…と身を引き、落ち着いたトーンに戻る。
「魔王様は必ずやご回復なされる。さすれば世界は再び魔素に溢れ、失われた進化の道も取り戻せることダろう。2匹とも、腐ることなく精進することダ」
「は、ハい」「…ハイ」
少し俯くようにして返事をした親方の様子は、ラミアナイト様に会釈をしたようにも、目をそらしたようにも見えた。
親方は進化に対して何か複雑な思いがあるようだ。
進化できていないことに悔いや負い目みたいなものがあるのか、それとも進化自体をあまりよく思ってない…とか?
「さて、用件は以上ダ。もう下がって良いぞ」
よ、よかった~!やっと帰れる!
「ラミアナイト様!この後デーモン達と打ち合わせですよネ?何かお飲み物でもいかがでショウ。オイラがキッチンのヤツらに用意させますヨ!」
「気が利くな。ならば果実を感じるものをひとつ頼む」
「ハイ喜んでーッ!!」
「あっ!コラ待て…!」
活気のある居酒屋店員みたいな返事をしてナメプーは部屋を出ていってしまった。
色々と問い詰めてやりたかったんだけど…仕方ない。
今日のところは諦めよう。
「では、オレ達も失礼しマす」
ラミアナイト様に軽く会釈をして、俺と親方も部屋を後にした。
◇◇◇
「だぁ~緊張しタぁ…」
ようやく島に戻ることができた俺は、いつもの砂浜に頬擦りをした。
なんかこの前もこんなだったな。
「上級ノ魔物ニ勝ツトハ、流石ユビタダ」
「ラッキーでしたよ~…ラミアナイト様、マジで初めてとは思えナいくらい強かったなぁ…」
「アレ、アツカッタナ。ラミアナイト様、一番大キイ''4''デヒットサセタ後ニ、オマエガ、一番小サイ''0''デ返シテ、ヒットサセタヤツ」
「へへ…ハンパに様子見してたらやらレるかなーと思って、ちょっと攻めてみました。刺さって良カった」
指スマ談義が落ち着くと、親方は海の方を見ながら腕を組んで少し考え込む。
「シカシ、上ノ階ノ魔物モ、指スマ知ッテイル、驚イタ。下ノ階デ、オレ達ガヤッテイルノ、見テイタノダロウカ」
「あの案内役のインプが見てたみたいです。この間アイツに聞かれたんですよ、リザードマン部隊と何してたんだよーって。それで一応やり方とかもろもろ教えたんです」
「ソウカ。ユビタガ教エタカラ、ヤリ方、知ッテイタノカ」
「けど教えた時は興味なさそうにしてたし、てっきりやらないのカと思ってました…なのにちゃっかり仲間に広めてるわ話は盛ってるわでビックリですよ!あんな緊張感のある指スマをするはめになるとは思いませんでした…」
「ソウダナ。賭ケ指スマハ、純粋ナアソボートハチョット違ウ。アマリ良クナイ。…ダガ、指スマデナケレバ、ゴブリントラミアナイトノ勝負ナド、成リ立タナカッタ。従ウカ、斬ラレルカシカナカッタ、思ウ」
従うか、斬られるか…そうだよな。
ラミアナイト様が指スマに興味がなかったら、指輪を見逃してもらうチャンスはなかったのかもしれない。
そう考えると、ナメプーがワケわからん広め方をしてくれていたおかげで助かったとも言える…のか?
ちょっと納得はいかないけども。
「ヤハリ、アソボーハスゴイ。アソボーデ、魔物ノ関ワリ方、増エルヨウニナル、思ウ。話ス、戦ウ、以外ノ関ワリ方、デキル」
親方は感慨深そうに今日の指スマ試合を思い返しているようだ。
確かに遊びって良いコミュニケーションツールでもあるよな。
共有できる遊びがあるだけでも関わるキッカケが作りやすいし、そのプレイスタイルから相手の器量や性格なんかも見えたりしてちょっと理解が深まったりもする。
知り合ったばかりの人でも一緒にゲームしたら一気に打ち解けたーなんてこともあるよね。
うーん、遊びって偉大だ。
「モット多クノ魔物ガ、指スマヲ覚エタラ…」
どこか思いを馳せるように夜空を見上げる親方。
「…世界がちょっと、平和になっタり?」
「…ソウ思ッタガ、インプノヨウナ魔物、見テルト、トラブルノモトニモ、ナリソウダ。ヤハリ、関ワル、慎重ナ方ガイイ」
「はは…でスねぇ。魔物が悪さする原因になりやすい''退屈''が少し減らせるってだけでモ、良しとしましょう」
「ン…ソウダナ。少シ変ワルダケデモ、大キナコトダ。例エ、ソレガ賭ケ指スマデモ…」
「ははハ…」
やっぱり親方は賭け指スマの存在がなかなか飲み込めないみたいだ。
何かを賭けてやる指スマっていうのも真剣勝負みが増してちょっと楽しかったですよ!
…なんて感想は内緒だなこりゃ。
しかし、賭け要素があると勝負結果に熱中しやすくなる分''遊ぶことそのものを楽しむこと''から脱線しやすい危うさは確かにある。
強さが同じくらいの魔物同士なら揉めてもケンカ程度で済むだろうけど、強い魔物vs弱い魔物で賭け指スマをして、強い側がインプみたいな短絡的でズルい性格をしていたら…ゲームが成立しなくなるかもしれない。
やっぱり仲間内で遊ぶのが一番平和だよな。
仲間とワイワイする平和的な楽しさを魔物に知って欲しいんだよね、親方はきっと。
「ユビタ~!オヤカタ~!」
「お。ウオタローだ」
俺達は今日の釣りを終えたウオタローと合流し、浜辺で魚を齧りながら海の盾の発注案件について共有した。
「んふふ~。海の盾、人気だねぇ~」
「そウだねぇ。鱗が綺麗だっテ褒めてたよ。ウオタローがでっかい魚を釣ってくれるおカげだねぇ」
「みんな魚好きなんだねぇ~!ボクもあの盾大好き~!」
「フッ…」
「んふ…んふふ…楽しみだねぇ~」
「楽しみ?」
ウオタローは両手をお口の前に当てながら嬉しそうにニヤニヤしている。
「もうすぐねぇ、おっきいのが釣れるよぉ~」
「お、そウなの?釣り師の予感?」
「うん!おっきい魚が近くにいるとねぇ、海の中がざわざわするんだよぉ。最近ざわざわしてるからねぇ、きっともうすぐ釣れるよ~」
「はぇーすごい。ウオタローは釣り名人だねぇ」
「頼モシイナ」
「えへへ~ボク釣りメイジ~ン!ゲッゲッ!」
褒められてご満悦のウオタロー。
ウオタローは海の気配から、近々大物が釣れることを確信しているようだ。
鱗不足問題は意外とすんなり解決されるかもしれないな。
その後もあれやこれやとお喋りをしつつ食事を終えると、一気に眠気が…。
「ふぁ~…今日はもう寝るカな」
「ボクも寝る~」
「火、残シテオイテクレ」
「あれ?親方作業しテくんですか?」
「ン。オマエ達ハ、先、寝テクレ」
防具の研究をしたいのかな?
なら邪魔しない方がいいか。
「わかリました。お先に失礼しマす。おヤすみなさい」
「ン。オナス…オヤ、オヤスミナサイ」
言えた!
「おやすみすなさ~い」
こっちは言えてない!
俺とウオタローは浜辺に親方を残して一足先に寝床の洞窟へと向かった。
洞窟の中のひんやりとした地面に横になると、眠気と共に疲労感がドッと押し寄せる。
今日も大変な一日だったなぁ。
上の階に呼び出されて、盾の納品依頼を受けて、指スマして…いやどういう一日だよ。
それにしても最後に聞いた話は色々と気になることが多かったな。
進化だのまそだのもそうだけど、俺としては魔王様が''ご回復なされる''ってとこが一番引っ掛かった。
インディセ様の話では
''魔王様が勇者達を瀕死にまで追い詰め、勝利を確信しながらトドメを刺そうとしたけどなんやかんやで逃げられちゃった''
とのことだったので、てっきり魔王様の方は余裕でピンピンしているイメージでいた。
けど''ご回復なされる''必要があるってことは、今は弱ってるってことになるよな。
ラミアナイト様の話が本当なら、
今は魔王様が弱っているから世界中の''まそ''ってのが薄くなっていて、回復したらまたそれが濃くなって、魔物が進化できるようになる…って解釈でいいんだよな?
進化って聞くとちょっとワクワクしちゃうけど、魔王様が元気になるのは世界の平和的にあまりよろしくないことなのではとも思ってしまったり。
親方が''進化''に対して複雑な顔していたのも、その辺の問題を思ってのことなのだろうか。
進化するには''まそ''が世界に溢れていることと、本人が''満ちている''ことが必要らしい。
でも他にも必要なものがあるっぽかったし、それがないことは魔物的に褒められたことじゃないような空気もあった。
それって、''殺気''のことだったりするのだろうか。
攻撃性が足りなくても進化できないとか?
だから腰抜けとか言われてたのかも。
いやわかんないけど…。
正直、親方が腰抜けって言われたのはちょっとムッと来たんだよな。
そりゃ魔物としての殺気ってやつは足りないかもしれないけどさ、いつも前に出て守ってくれる親方が腰抜けな訳ないだろって。
親方は思慮深くて平和好きなゴブリンってだけだ。
めちゃくちゃ仲間思いなんだぞ。
むしろ強くてカッケェだろがい。
それこそ騎士…みたい…な…
「むにゃ…」
色々と振り返っているうちに俺のくたびれた意識は限界を向かえ、そのまま深い眠りへと落ちていった。




