第29話 一番のオタカラ
「はぁ~…帰ってきた~!」
島に戻ることができた俺は、いつもの砂浜に頬擦りをした。
無事帰ってこれたのだという実感からようやく体の力が抜ける。
やっぱり地上が一番や…。
俺が帰還の喜びを噛み締めていると、
「食べよ~!」
とウオタローが本日の魚を持ってきてくれた。
半分くらい凍らせたなかなかにデカイ魚だった。
「結構デカいね…?沼のみんなのところに持っていかなくテいいの?」
「これはちょっとおっきな魚だからだいじょうぶ~。沼にはねぇ、すっごくおっきな魚を持って帰る~!」
「そ、そっカ~」
なんか思っていたより一回一回の滞在期間が長そうだな。
いや俺は嬉しいけどもね。
月明かりの下、いつものようにたき火をしてウオタローが釣ってくれた魚にみんなでかぶりつく。
パチ…パチ…
ザザァァ…
ガブッ…ハグ…ブチッ…ガブッ…
あぁ…日常が沁みる…
戻って来られて本当によかった。
それもこれも仲間のおかげだ。
「ふぉめん、ふぉれのふぇいへへひほひはんほほふはっふぁっふぇ」
「ん~?ははなわひふふぁへへほほいひ~ほぉ~?」
「ン」
「ふふ…ふぉふはへ。はひひほう」
大きめの魚を食べた後はもちろん鮮血べったりなので軽く水浴びをする。
夜の海の浅瀬で、みんなでチャプチャプと体をすすぐ。
「…ソノ腕ノ痕、ドウシタ」
「あ、ホントだ痕になってる…インプに連れ回された時についタやつだと思います。尻尾の締めつけがエグくって…結局何がしたカったんだろアイツ」
「……」
「ウオタロ~、オレ達そろそろ上がるよ~」
「ボクはもうちょっと海にいる~。魚来そうだから~」
「わかったよ~」
洗い流した魚の血で更なる魚を誘き寄せる漁師ウオタローを置いて、俺と親方は一足先に海から上がる。
すると不意に、
「……スマン」
と親方が重い表情を浮かべながら謝罪の言葉を口にした。
「え…?な、なんで親方が謝るんですか!」
「オレガ、ユビタ、ヒトリデ行カセタカラ、危険ナコト、起キタ」
「いや、オレが言い出したから…!全部オレが弱い上にツメが甘いから起きたことで、親方はなんも…」
「オマエ、マダ若イ。見極メ、オレガスルベキダッタ」
「親方…」
ああ…城で言いかけていたのはたぶんこれだ。
親方は俺を行かせたことに責任を感じてしまっていたのか…。
「オレハドウモ、見極メ、苦手。危険ナコトハ、サセナケレバイイト、スグ思ッテシマウ。本当ハ島ノ森ヲヒトリデ歩カセルノモ怖イ。洞窟ニズットイテホシイ」
「そんなに…?」
どんだけ弱いんだ俺は。
しかしまぁ親方は自分ひとりでなんとかできることが多い分、なんとかできないゴブリンこと俺なんかは危なっかしく見えて仕方ないんだろうな。
実際危なかったし…。
「ダガソレデハ、自分デ生キラレナイゴブリンニ、ナッテシマウ。自由、ナイ。ドコマデ、危険デモ、ヤラセルベキカ…判断、オレ、下手。……スマン」
本来、弱めの若ゴブリンを危険な土地でひとり行動させるという選択肢は親方の中にないものだったのだろう。
それでも己の感覚ひとつで若者の一人立ちを否定してはいけないと思って、俺を行かせてくれたんだな。
なのに俺はまんまと失敗したわけで…
何やってんだ俺は。
負担減らすどころか増やしまくりじゃねーか。
俺が不甲斐ないばっかりに、心配や迷惑をかけるだけじゃ飽き足らず罪悪感まで抱かせてしまった。
「親方…オレの方こそ迷惑かけて本当にすみませんでした。今までガチの危ない目にあったことがなかっタのは親方がいてくれたからなんだってよく思い知りました。オレだけだとインプは寄って来るわ島スライムは6匹追いかけて来るわ…普段と同じ場所でもひとりだとこんなに危険度が違うんだってこと、全然わかってまセんでした」
「ロ、6匹カ…」
俺がスライムに舐められ過ぎてて親方も一瞬困惑する。
「…ヒトリデヤル、無理スル必要、ナイ。ゴブリンハ本来、群レデ動クカラ強イ魔物。仲間ト行動スル、基本。オレハ、ヒトリデ生キテキタ時間、長イ。今モ、ヒトリデ動イテシマウコト、アルガ…ソレハアマリ、イイコトジャナイ。真似スル必要、ナイコト。…オマエガドウシテモ、ヒトリデ行動シタイナラ、モウ少シ、考エテハミルガ」
親方は少し寂しそうにそう言った。
いかん。
なんか俺が親方といるのが嫌でひとり行動したがっていると思われてるっぽい…!
「ち、違うんです親方…!ひとりに拘りがある訳じゃなくて…その、オレいつも親方に守ってもらってるじゃないですか。城に行く時はもちろん、オレが森で素材集めしてる時も近くにいテくれて…オレとしてはマジ安心感半端なくてめちゃくちゃあリがたいんですけど、でもそれだと…」
「……邪魔カ?」
「違う!違います!逆です!親方の世話になってばっかじゃ、親方がずっと大変だと思って…それでオレ、足手まといにならないように少しはひとりでやれることを増やせたらなって思ったんですけど…はは…ダメでした。…すみません、ホント」
「…ソウイウコトカ」
親方は安堵したように小さく息を吐いた。
「オマエ、足手マトイ、違ウ。ココニ連レテコラレタノガ、オレヒトリダッタラ、仕事、モット大変ダッタ。集メル素材、タクサンアル。集メテカラヤルコトモ、タクサンアル。ヤルコトタクサン。ユビタガイル、助カッテイル。オマエガイナケレバ、盾以外ノコトマデ、ヤッテミル時間、ナカッタ」
親方はそう言って、作業場に置いてある修繕試作品の兜や鎧に目をやった。
そうか…
無理に魔物としての一人前に目指すんじゃなくて、もっと自分が出来ることに集中した方がよかったんだな。
そっちの方が、親方の時間を作ることにも繋がるんだ。
「…オレ、小石拾い極めマす。基盤削りももっと素早くできるようになリます。島でやってること全部、もっと迅速かつ効率的にやれる島ゴブリンになります!」
「ソレハ頼モシイナ」
逆に言うと、俺にそれ以上のことは難しいのかもしれない…。
出来ることを積み重ねていこう。
今回みたいに無理して迷惑かけたら本末転倒だからな。
「…確カニ、城デノ警戒ハ少シ、足リナカッタカモシレナイ。気ヲツケル、大事。ダガ、オレハイツモ、ユビタガ呑気ニオ喋リシテクレルカラ、アノ場所ガ嫌ニナラズニ済ンデイル」
「え、オレそんな呑気にお喋りしてマす?」
「ン」
「トんだ間抜けヤローだな…」
「フッ…」
親方は起き上がり、海で何やら氷魔法を放っているウオタローを見守るように眺める。
そう。
俺達は海を上がってから今までずっと、浜辺に大の字で寝そべって砂浴びをしていたのだ。
「オレハ…平和、見テイルノガ好キダ。ユビタ、ウオタロー、楽シソウダト、平和ダ」
親方は穏やかにそう語る。
「魔王軍ノ元ニ来テシマッタ以上、平和、自由、アマリナイ…ダガ、ソレデモ出来ルダケ、オマエ達ガヤリタイコト、ヤッテホシイ。ソレガキット、ココデデキル、イチバンノ平和。オレガイチバン…守リタイモノ」
「親方…」
「ト言ッテモ、オレモ、タダノゴブリン。デキルコト、アマリナイ。ダガ、インプヲ追イ払ウクライナラ、デキル。ヒトリガ危険ナラ、今マデ通リ、フタリデ行動スレバイイ。デキレバ、オレハ、ソッチガイイ」
「お…親方ぁ…!」
親方の背中デカすぎんだろ…!
カッコ良すぎて言葉にならなかったので、とりあえず俺も起き上がって砂だらけの手で親方の肩をめちゃくちゃ撫で回した。
「フッ…ヤメロ、気色悪イ」
親方はなんだか嬉しそうだ!
「広間ニユビタノ剣、落チテルノ見タトキハ、肝ガ冷エタガ…知ラナイ道見ツケテ、喋ルアンデッドト知リ合イニナッテ、隠シ部屋見ツケテ、宝マデ持チ帰ッテキタ。フッ…大冒険ダッタナ」
「予定外の大冒険でしタ…」
「オマエハヤッパリ、フシギナゴブリンダ。…オレノ話、長クナッタ。次、オマエ。今日、見タモノノ話、聞カセテクレ」
「……はい!」
それから、俺は色んな土産話をした。
暖炉の中のカラクリがすごかったことや、
地下通路が入り組んでいたこと。
ホネスケが発光したこと、壁が回転扉だったこと。
隠し部屋は金ぴかなんじゃないかと期待していたが全然そんなことなかったこと。
けど宝箱とその中身は立派だったこと…
親方はどの話も興味深そうにしながら聞いてくれた。
仕留めて凍らせた小魚を数匹抱えて戻ったウオタローも話に加わり、話題は魔法の指輪に移る。
「ねぇねぇ、ゆびわの魔法はどんな魔法~?」
「こっちがウサギが集まりやすくナる指輪で、こっちは力がちょっと強くなる指輪だよ。そしてこれが…アイテムボックスが使えるよウになる指輪さ!」
「アイテムボックス~?」
「…ッテ、ナンダ」
「ふふん…それではお見せしましょう。これが…アイテムボックスだ~!」
シーーーン…
「あリゃ?出ない。恥ずカしっ」
「…魔法ナラ、魔力、イルンジャナイカ?」
「え…そウなの?」
「ゴブリンモ、魔力マッタクナイ、ワケデハナイガ…魔法ガ得意ナヤツ以外ハ、メチャクチャ少ナイト思ウゾ」
「そんなぁ…せっかくモらったのに…」
「魔法はねぇ~、上手にできないときは、使いたい魔法のことだけをいっぱい考えるとなんとかなるよ~」
「おぉ!流石ウオタロー!イメージと集中が大事ってことだな。よし、もう一度試してみよう…」
アイテムボックス…アイテムボックス…
アイテムボックスのイメージ…イメージ…
四次元ポケ○ト…四次元ポ○ット…
「うぉおおおお!助けて!ドラ○もん!!」
「ドラ…?」
俺が渾身の呪文を唱えながら手をかざすと、空間が静かに歪み始める。
そして、地下でホネスケが使用した時と同じように渦巻くもやが現れた。
「!」
「で、出た…!」
「わ~!メラメラでも、ヒエヒエでも、ビリビリでもないね~。モヤモヤだ~」
「このモヤモヤの中に物がしまえるんだよ。ほら!」
俺は葉っぱの上に置いといていた他の指輪と金貨を手に取り、アイテムボックスの中に入れて見せた。
「わぁ~!入った~!」
「スゴイ魔法ダナ…」
「ボクも入れてみていい~?」
「いいよ~」
ウオタローは目をキラキラさせながら、手に持っていた明日のおやつ用ヒエヒエ小魚をアイテムボックスに入れた。
「うわぁ~!魚も入る~!」
「はは!いっぱい魚を運ぶウオタローにピッタリかモな!」
「うわぁ~!魚が出せる~!」
アイテムボックスにヒエヒエ魚を出し入れするウオタロー。
気に入ってくれたようだ。
「ウオタローもこの指輪使う?みんなの共有アイテムってことにしようよ」
「う~~~ん…」
ウオタローは真剣な顔をしながら魚の出し入れを繰り返している…何か悩んでいるようだ。
「…ボクはいいやぁ。ユビタが持っててぇ」
「あれ、そウなの?」
「うん。おっきい魚はなくさないけど、おっきい魚を入れたちいさいゆびわはなくしちゃいそうだよ~」
「あ~すごい。リスク管理えらい」
「オレモ、アツカエルカ、ワカラナイ。ユビワ、ユビタノモノデ、イイト思ウ」
「そっかぁ~…使いたい時はいつデも言ってくださいね」
「ン」
「ん」
とりあえず、アイテムボックスの指輪はなるべく俺が身につけておくことになった。
「今日は本当にありがとウ…ふたりのおかげでここに帰って来らレたよ」
「ヨク、無事ダッタ」
「ぶじだった~」
「へへ…」
いつもの浜辺で、
いつものように夜が更けていく――。
こうして俺の初めてのクエストは無事、失敗に終わってしまった。
今回の一番の教訓は、ナメプーのように敵意はなくても他者を振り回して危険な目に遭わせるような魔物もいるということ。
魔物の世界はいつだって危険と隣り合わせなのだと痛感した。
おっかない魔物じゃないからって、おっかなくないとは限らないのだ。
地下にいたのが怖いアンデッドだったらフツーにヤバかったしな…
出会ったのがホネスケじゃないアンデッドだったら、俺は本当に命を失っていたかもしれない。
そして、親方やウオタローが駆けつけてくれなければ今も地下でさ迷っていたかもしれない。
少し想像しただけでゾッとする。
仲間がいてくれて本当によかった…
やっぱり俺の一番のオタカラは仲間だ。




