第2話 早くも旅立ちの日
よく食べ、よく寝て、すくすくと育つ五つ子のゴブリンこと俺達。
兄弟ゴブリン達の成長は本当に目まぐるしくて、俺が立った次の日には他の兄弟達も次々とはいはいを卒業した。
中身はまだまだ赤ちゃんっぽいというか獣っぽいけども、体は寝て起きる度に育っているように思う。
俺の体もそうだ。
オスのゴブリンである俺の体には鍛えてもいないのにうっすらと筋肉すら付き始めており、早くも見た目が赤子のそれではなくなりつつあった。
実は結構成長痛がある笑。
中学生時代に戻った気分だ。
◇◇◇
ある日の夜。
食料集めから帰ってきたかーちゃんが石で壁に線を一本刻み、それをまじまじと眺めていた。
よく見ると既に何本も線が刻まれている。
「カーチャン、コレ、何?」
「シルシ」
「印?」
「ツキ、マルイ、シルシツケル」
月、丸い……あ、満月?
満月の日に印を刻んでいるのか。
「コレ、オマエタチ」
かーちゃんはそう言って、二本の線が刻まれた箇所を指差す。
この世界の月の満ち欠けが俺のいた世界と同じ周期なら、約一ヶ月に一本ずつ刻まれているということだろうか。え、どうだろうか。合ってるだろうか。合っているということで話を進めさせて頂いてもよろしいだろうか。
だとすると俺達が生まれてから約二ヶ月が経っていて、かーちゃんはそれをこうして記録してくれているんだなとほっこりした。
「メシ、クエ」
俺がほっこりしている間にかーちゃんはもう全員分のメシを並べていた。
兄弟達は既に食べ始めている。
「メシ、食ウ!アリガト!」
俺も地面に座って食事にありついた。
じめじめとねちょねちょの多い生活だったが、不思議と苦痛ではなかった。
毎日おなかいっぱい食べられて、時間に追われることもなくて、かーちゃんや兄弟と一緒にいられる穏やかな時間……平和だ。
魔物ってもっと殺伐とした環境に身を置くものかと思っていたけど、こんな風に平穏に暮らすこともできるんだな。
もう少し体が育ったら俺達も外に出るのだろうか。
そしたら今度は俺がかーちゃんに食料を取ってきてあげよう。
キノコとか虫とか…あ、釣りってできるかな?
できたら楽しいだろうな。
みんなで魚を焼いて食べたりしたい。
この世界の魚ってどんなのだろう?
…なんだ、案外良いスローライフが送れそうじゃないか。
ただのゴブリンとして生きていくのも悪くない。
そう思っていたんだけど……
◇◇◇
俺達が生まれてから三回目の満月を迎えたその翌日。
かーちゃんが寝起きの俺達をおもむろに巣穴の外に出した。
辺りはすっかり暗く、夜であることがわかる。
俺達って夜に起きてたのか。魔物っぽい。
しかも魔物だからか夜目が利くようで、暗闇の中でも辺りの様子がちゃんと見えた。
巣穴の外は草木がもさもさと生い茂る森だった。
食事のほとんどがキノコや虫だったのは森でよく採れるものだからだったのか。
「ン」
かーちゃんは俺達に石斧を握らせてきた。
あ、これもしかして…今からみんなで食料集めをするのかな?
初めての外出はちょっと緊張するけど、夜の遠足みたいで楽しそうだ。
なーんて呑気に考えていた俺にかーちゃんは衝撃の言葉を告げる。
「オマエラ、コドモ、オワリ。オマエラ、ムラ、イケ」
「……エ?」
子供…終わ…え、村…何?
「オマエラ、ココ、デル。ココ、コドモダケ。オマエラ、コドモ、オワリ。ムラ、イケ」
「コ、ココを出ル!?エ、カーチャンは!?」
「カーチャン、ココ。オマエラ、ムラ」
「チョ、チョチョット待ってヨ…ッ!」
と……突然すぎる!!何急に!?
虎の子を谷に落とすみたいな感じ!?それが魔物の世界の流儀!?
ちょっと待ってよ、厳しすぎるよ~!子供だけでお外無理だよ危ないよ~!寂しいよ~!もうちょっと親子で一緒にいようよ~!
ここで平穏な暮らしを続けられるかもしれないという俺の淡い希望は、あっという間に崩れ去った。
「ムラ、アッチ」
俺の気も知らないかーちゃんはそう言って、無慈悲に巣穴とは反対の方向を指差す。
「カ、カーチャン…」
「ムラ、ゴブリン、ナカマ、イッパイ」
「フゴ!フゴフゴ!」
「フゴフゴフゴフゴ……」
他の兄弟達はその場で鼻を鳴らしながら辺りのにおいを嗅い始めた。
そしてかーちゃんが言ったのと同じ方角を向き、そのまま別れを惜しむ様子もなく走り出す。
村にいる仲間のにおいを嗅ぎ取ったのか?
すごいな…本能的に仲間の元へ向かうものなんだ。
ゴブリンって群れでいるイメージがあったけど、やっぱりそうなんだな。
そう、なんだろうけど…そんなあっさり…
「オマエ、ハヤク、イケ。キョウダイ、ハグレル。ハグレル、アブナイ」
「カーチャン……」
俺が兄弟とはぐれて一人になってしまうことを案じてくれている。
やっぱりかーちゃんは優しいゴブリンだ。
ああ、行かなきゃいけないんだろうな…でも…
こんなにあっさりとかーちゃんと離れるのは寂しいよ。
それにどうしてかーちゃんはここに残るんだろう?
一人になっちゃうじゃないか。
もしかして群れから追放された過去がある…とか…?
「カーチャンは、ドウシテ村、行カナイノ…?村、入レナイ?ナラ、オレもココに残ル」
でも、かーちゃんは首を軽く横に振った。
「トーチャン、カエッテクル。カーチャン、トーチャン、ヤる」
「エ、ヤ……エ?」
「カーチャン、コドモ、ウム。カーチャン、コドモ、セワスル。オマエラ、コドモ、オワリ。ココ、スム、コドモダケ」
……要するに、ここにいていいのは赤ちゃんゴブリンだけで、かーちゃんはまた子供を産む予定だから赤ちゃんを卒業したお前らは早く出ていけってことか。
ゴブリンの世界、無慈悲…
てかとーちゃんいたんだ。
見かけないからこう、何かしらの理由でもういないのかと思ってた。
「カーチャン、トーチャンのコト、スキ?」
「スキ!スキ!トーチャン、メシ、イッパイ、モッテクル。ニク、アル。ニク。カーチャン、メシ、クウ。コドモ、ゲンキ、ウム」
「ソウナンダネ……」
とーちゃんはかーちゃんが元気な子を産めるよういっぱい食料を持って帰ってくるらしい。
肉はごちそうなんだろうな。
かーちゃんはそれが嬉しいみたいだ。
…そっか。
かーちゃんは他のゴブリンから迫害されてこの巣穴にひとりぼっちでいるわけじゃない。
落ち着いた環境に身を置くことで出産や子育てに集中しているんだ。
巣穴の壁にいくつも三本線が彫られていたし、かーちゃんはもう既に子ゴブリンを何度も村に送り出しているベテランかーちゃんなのかもしれない。
それがゴブリンの命の営みなんだな。
「ハヤク、イケ。キョウダイ、マッテル」
「!」
ゆっくり振り向くと、兄弟達が立ち止まってこちらを見ていた。
「キョウダイ、マツ、メズラシイ。オマエタチ、アタマ、イイ。オマエ、テンサイ。ムラ、イケ」
きっと、ゴブリンにとって''仲間のいる村に行く''というのは大人になる為の通過儀礼なんだ。
そしてその日を迎えられることはとても喜ばしいことで、かーちゃんは俺達が村でやっていけるって信じてくれているわけで……
いつまでもうじうじしてちゃダメだよな。
「……ウン。ありがとう、カーチャン。オレ…村、行ク。…イッテキマス!」
「ン。イッテキマス!」
「ウン…!」
かーちゃんは「いってきます」という言葉の意味は分からなくても、気持ちを込めて返事をしてくれた。
これは実質、「いってらっしゃい」だ。
さぁ、行かなくちゃ。
俺は待ってくれている兄弟のもとに駆け足で向かった。でもやっぱりちょっとだけ振り返って、かーちゃんに手を振った。
「オレ、ガンバルー!カーチャン、トーチャンと元気でイテネー!」
「カーチャン、トーチャン、ゲンキ!ゲンキ!コドモ、イッパイツクル!」
「あんま親ノソウイウノ聞きたくナイな……」
恐らく6話目くらいに指スマします。




