魔王軍幹部会議 -後編-
幹部アヌラールから勇者探索の新たな候補地が提示された。
ミスティカ山脈――
南の大陸にある深い霧に包まれた鉱山地帯。
聖獣カーバンクルの棲みかでもあり、その恩恵によって鉱石・魔石・宝石とあらゆる鉱物資源が豊かな土地となっている。
希少鉱石''ミスリル''の採掘頻度も高いことから、山脈の周辺には王国の商人ギルドが管理する関所が東西南北存在しており、通行証がなければ鉱山に近づくことはできない。
魔物にはあまり関係のない話だが。
また、山脈全体を覆っている霧はカーバンクルの力によって生み出された【夢幻の霧】であり、触れるとたちまち幻に囚われてしまう。
部外者が対策なしに山に立ち入ればあっという間に夢心地になり、気づいた時には山の外へ戻されているという。
これは魔物にも大いに関係がある。
この山で生まれ、この山の鉱物を主食にして育った個体でもない限り、魔物であっても霧の濃い場所で正気を保つことはできない。
そして現地の魔物はなんだか話が通じない変なスライムと変な鳥とやたら光る虫しかいない。
従わせることは難しかった。
魔王軍としては、山と山の間にある最も霧の濃い場所を抜けた先にあるという、採掘を生業としているドワーフの集落を捜索したいところであった。
勇者一行は時に、人も魔物も容易には辿り着けない場所にまでどういうわけか足を踏み入れていたからだ。
そして勇者はやたらと聖獣に気に入られやすいところがあった。
カーバンクルの霧に守護された集落に勇者が身を潜めている可能性は十分にあると考えられる。
しかし【夢幻の霧】への対抗策がない以上、魔王軍が集落に辿り着くことは困難を極めたままにあった。
『確かカッパークルだかなんだかに守られちまってて、あの辺は勇者探しができてないんだったな』
『なんグェかその銅しか採れなさそうな名は…''カーバンクル''グェ。…それで、その足掛かりとはなんグェ』
『はい。ミスティカ山脈の奥地へ…』
『おぉ…』
『辿り着くことのできるドワーフ…』
『おぉ…!』
『と最近よく行動を共にしている人間の若い男です』
『お、おぉ…それは…本当に足掛かりになるグェか?』
『無論ですわ。あの厄介な霧を払う為、ようやく見つけた''隙''ですから』
隙…
それは魔王軍の幹部達が大好きな言葉であった。
『頑固で警戒心が強い上に魔法耐性まであるドワーフ族と違い、人間は妖魔の魅了がとても効きやすい。こちらの駒として動かしやすい存在があの集落に出入りしている…それは、我らにとってとても都合が良いことですわ』
『確かにそれは…』
『とても良いことグェなぁ~』
『ウフフ…ええ、とても良いことですわ』
互いの顔が見えなくとも分かる。
今この瞬間、間違いなく全員の顔が不敵な笑みを浮かべている。
アヌラールは自分が持っている情報と作戦内容を他の二体にも共有し始めた。
『ミスティカ山脈は全体が【夢幻の霧】に守護されていることから、勇者の捜索は困難とされてきました。ですが…山の入り口付近は霧が薄く、あの地のドワーフが所有している''友好のルビー''がなくとも、それなりの幻術対策さえあれば散策が可能となっております。そこに、商人が定期的に訪れる交易所のような小屋があることはご存知ですか?』
『知らんグェ』
『知らねぇな』
『小屋に商人が訪れるのは月に一度。食料や薬、酒などを並べ、ドワーフ側は粒の小さい鉱物を対価に支払う形でそれらを購入しているようです。訪れる日程は共有されているのか、商人が小屋に訪れる日には決まってドワーフ数人と人間の青年もその場に現れます』
『ほーん…そのタイミングで人間を魅了して、友好のルビーを奪うって話か?』
『いいえ。友好のルビーは効力を発揮するのに何らかの条件があるようで、ただ奪ったところで我々に扱える保証はありません。むしろ…''持たせる''のです』
『持たせる?』
『アヌラールといえば''アレ''グェ』
『…ああ!アヌラール仕込みの''闇の装飾品''だな?』
『ウフフ…』
アヌラールは不気味に光る黒い石のついた指輪をそっと摘み上げ、ひとりそれを眺めながら説明を続ける。
『''悪夢の指輪''…私の自信作ですわ。この指輪の中石である魔石には、悪夢の見る魔法が丹念に込めてあります。身につければたちまち指輪の力に囚われ、悪夢に苦しむことでしょう。痛み、苦しみ、悲しみ、恐怖、絶望…悪夢によって生み出される負の感情は、闇の力を高めてくれます。一度誰かが悪夢を見始めれば指輪は徐々に輝きを増してゆき、やがて周囲にいる者…集落のドワーフ達にも影響を及ぼすようになることでしょう。いくらドワーフといえど輝きを増した指輪の力に耐えうることは出来ません。精神防護魔法でも使用できるなら話は別ですが…ウフフ、ドワーフは魔法が使えませんからね』
アヌラールは愉悦に浸りながら笑っている…。
『小屋の付近に我が配下であるサキュバスを潜伏させておき、ドワーフの目を盗んで人間の弟子を魅了します。そしてこの指輪を持たせ、''集落に着いたら誰にも見られない場所でこれを指にはめるように''と命じて帰らせるのです』
『…ん?集落のやつらが悪夢に苦しむことになったとして、それが何になるんだ?連中を大人しくさせたところで、魔王軍が集落に入れねぇことに変わりはねーじゃねーか』
『悪夢を見る者が増えることによって指輪の力はより強くなる…石の力が膨らめば、霧の主であるカーバンクルにまで影響が及ぶようになるということグェか』
『ええ、その通りですわ』
悪夢は一人の人間から始まり、ドワーフ達をも巻き込む。
悪夢に囚われた者達が絶え間なく生み出す負の感情を糧に、指輪の石は力を高め、そして影響を広げ続ける。
やがて、山のどこかにいるカーバンクルの元にまでその力が届く…
アヌラールはそう考えているようだ。
一旦話が見えたかの様に思えたが、男の声の主は納得がいかなかった。
『おいおいちょっと待て。そもそもカーバンクルには魔法を跳ね返す力もあるんじゃなかったか?オマエ昔ミスティカ山脈を根城にしようとしてボコボコにされてたじゃねーか。忘れたのかよ?あんなにボコボコにされたのに』
『バカタレ!余計なことを言うでないグェッ!』
『………』
数十年ほど前――
まだ山脈の周りに関所もできていない頃。
アヌラールは美しい魔石・宝石欲しさにミスティカ山脈を攻め入ろうとしたことがあった。
霧の主であるカーバンクルを仕留めるべく、どこに潜んでいるか分からないなら全て攻撃すればいいじゃないの精神で山全体に大規模かつ強力な混乱魔法を放ったのだが…
カーバンクルの奥義【反射の玉壁】によって魔力をまとめて跳ね返され、アヌラール自身が混乱魔法を浴びることになってしまった。
そして気付いた時には自分の巣で血まみれになりながら倒れており、大事にしていた魔石コレクションもいくつか粉々になっていた。
どうやら混乱しながら巣に帰り、大暴れしてしまったようだ。
今でもその敗北と損失はアヌラールにとって苦い思い出なのである。
『………………』
『……アヌラール。殺気を念話に乗せ伝えるのはやめるグェ』
『……失礼』
アヌラールは苦い思い出を再び心の内に仕舞い、一呼吸置いてから話を続ける。
『確かに、カーバンクルによる反射の力は強力でしたが…だからこそ、此度は直接魔法を撃ち込むのではなく''経由''するのです。なんでも、カーバンクルには己の領域内に存在する''石''からの影響を受けやすいという性質があるそうですわ。己に向けて放たれた直接的な魔法は完全にはね除けることが出来ても、石の中に込めてある魔法からの間接的な影響はそう簡単に防げないのではないかと考えております』
『本体にブチこむより他のものを通した方が効くってことか?…そういやドラゴンにもそういうやついたな。物理も魔法も簡単には通さねぇようなバカ硬ぇ鱗のアクアドラゴンが、縄張りの湖が穢れていただけでえらく弱体化しているのを見たぜ。殺り合う気満々で行ったらしょぼくれててよぉ、萎えてそのまま帰ったからよく覚えている』
『そういった現象を人類は【元素共鳴】と呼ぶようグェな。自然物に恵みを与え、自身もまた自然物からの恵みを享受するグァ…それが不浄や破滅であっても同じように共鳴してしまうというのだから、なかなか難儀な在り方グェ』
『テメェ以外のことも気にしなきゃいけねぇ力なんて面倒だな。憐れだぜ』
『加えて、どういう理屈かは知りませんが聖獣は人の''心''にも反応を示しやすいようです。悪夢の連鎖によって自身の領域内に負の感情が蔓延することからも、無反応に終わることはまずないでしょう。例えカーバンクル自身は闇の力に耐えうることができたとしても、苦しむ者達の姿を見れば健気に救おうとするはず…何にせよ、''あの力''を使うに違いない』
『あの力?』
話は作戦内容へと戻る。
『全ての偽りを照らす鮮烈なる真実の輝き、【目覚めの光】ですわ。その強烈な光の力によって悪夢は打ち消されてしまうでしょう。しかしその力はカーバンクルが生み出した淡い夢幻もかき消してしまうのだとか。過去にその様子を観測したという人間の文献にも''山は晴れた''と書かれていましたわ。つまりは…』
『つまりは…?』
『カーバンクルが悪夢を打ち消す為に【目覚めの光】を発動すれば、【夢幻の霧】も消える可能性が極めて高いということです』
アヌラールは自信ありげにそう語った。
『おーーー!すげぇじゃねーか!!』
『ホホーゥ!やはり回りくどい作戦はアヌラールが一番グェな~!』
『ウフフ…お褒めに預かり光栄です』
アヌラールはご満悦である。
度重なるクソ質問に耐えながら説明してきた甲斐があったと噛み締めつつも話を続ける。
『【目覚めの光】が発動している間は集落の者らも正気に戻ることが予想されます。偽りを打ち消す力によって認識阻害の類いも無効化されるでしょうし、悪夢から覚めた者達が指輪の存在を気付いて破壊するのも時間の問題です。悪夢の根源が断たれてしまえば【目覚めの光】は役目を終え、集落はまた霧の中…つまりは、コソコソと時間をかけて探し物をする猶予はありません。捜索するにあたり戦闘はまず免れないでしょう』
『なら皆殺しだな!どうせなら山全部魔王軍のものにしてやろうぜ!』
『ええ、そのつもりですわ。出撃させる部隊は、物理技も得意とするハーピィ部隊とラミアナイト部隊を予定しております』
『お、生き残っている進化体の部隊を使うのか!景気がいいな!』
『こういった大事には最善を尽くさねばなりません。ドワーフ族は普段戦いに身を置いていない者でも戦士職の心得を持っていることが多いので油断は禁物です。…何処かの誰かサンみたいに、駒を出し惜しみして敗北するような失態はあり得ませんわ』
アヌラールはメニケを小馬鹿にするようにそう言った。
『それで…凶鳥サマの方からも、魔物部隊をいくらか派遣していただけると大変心強いのですが』
『うむ、よいだろう。我輩の方からはデスバード部隊とワイバーン部隊を用意しておグェ』
『ワイバーンか!インディセの方からも上級の魔物部隊を出すんだな』
『頼もしい限りですわ。出撃日は''次に商人が小屋に現れる日''としたいところなのですが、おおよその予測はあるものの明確な日程までは分かっておりません。サキュバスから''指輪を渡せた''と報告があり次第の出撃となります』
『それは構わんグァ、日が定まらぬならば飛行部隊の出撃にも転移魔法を使いたいところグェな。いつでも出られるよう遠方行きの転移魔法をこう、グワァ~っと上空に展開できる魔物を古城に待機させておグェ』
『承知致しましたわ。支援部隊のデーモンを新たに数匹ほど向かわせましょう』
大方の予定が決まり、作戦会議が一段落つく。
『しっかしずいぶんとあの辺の事情に詳しいな、アヌラール』
『ウフフ…二度と同じ轍を踏まぬよう、長い年月をかけてよぉく調べましたから』
(執念深いグェ…)
『ミスティカ山脈を魔王軍のものにできたら、ミスリルも大量に手に入るな!』
『うむ、鉱脈を人類から奪えるのは大きいグェな。あれで作られた武器はひとたまりもないからのぉ~…』
『ミスリルソードに魔法による強化なんてされた日には…』
『い、痛いグェ~!想像しただけで痛いグェッ!』
「ウフフ…」
『そういや、メディオのやつは今回も会議に参加してこなかったな』
『そうですわね。相も変わらず、彼の気配も感じ取れませんわ』
『死んだか!』
『いや、アヤツは恐らく…』
インディセは途中で言い淀む。
『…アヤツのことはひとまずいいグェ。こうも見つけられないのであれば、どのみち我輩達にはどうすることもできないグェ』
『秘呪師サマはどう致しましょう?生きたまま捕らえられているという可能性も高いとは思いますが』
『あんなアホー放っとグェ!いくら闇の力の使い手とはいえ、魔物でない者を魔王軍に入れること自体が間違いだったグェ!』
『フフフ…私も同意見ですわ』
『負けたってことは弱いってことだからな。弱いやつを助ける必要なんてねぇよ』
満場一致でメニケへの手助けは棄却された。
『…それで、凶鳥サマ。そろそろ見えましたか?』
『今丁度着いたところグェ』
会議中、ずっと空を移動し続けていたインディセがようやく目的地に着く。
バサバサと上空に留まり、その目が見下ろす先には…
黒い靄に覆われた、巨大な何かが静かに…
しかし、不気味に佇んでいた。
それはただの闇の力ではない。
魔王軍幹部ですら身の危険を感じるような、異質な何かだった。
この世の全てを拒絶するようなその力によって、靄の中に立ち入ることはできない。
そして幹部達は知っている。
その靄の中には、かつて大勢の魔王軍が集い、王のへ忠誠を絶え間なく誓っていた闇の象徴…
魔王城がそこにあることを。
『…今宵も何ら変わりはないグェ』
この黒い靄に何か変化はないかを、魔王軍の幹部達は定期的に確認していた。
手下の魔物達では城が見える場所まで近づくことすらできないので、幹部の中で最も機動力のあるインディセが直々にこの務めを果たしていた。
2年前からずっと。
『左様ですか…ご報告ご苦労様です』
『じゃ、会議は終わりだな!俺サマは今から国境でニンゲンどもと戦だ!』
『私も作戦の準備に取りかかりますので、これにて失礼致しますわ』
『うむ、それぞれ励むようにの。''全ては魔王様の為に''』
『『''全ては魔王様の為に''』』
そこで念話の気は途切れた。
「………」
インディセは再び魔王城を静かに見つめ、訝しげに目を細める。
「一体…何が起きているグェ…」
凶鳥が漏らした独り言は、誰の耳に届くこともなく夜の空に消えてゆく。
かつて魔王が鎮座していたはずの魔王城には、今やその勢力ですら知り得ない不穏な力が渦巻いていた…。
【夢幻の霧】は正確には霧ではなく、カーバンクルが山にある様々な鉱物を通じて漂わせている力が霧のように見えるというだけであり、山の空気自体は基本乾燥している。
商人が持ってくる薬の中で一番売れ行きがいいのはハンドクリーム。




