魔王軍幹部会議 -前編-
ユビタが島の洞窟で眠りに就き、天ぷらの夢を見ていた頃…
遠くの夜空には、白銀の大きな翼を広げて移動を続ける魔物の姿があった。
凶鳥インディセである。
夜空を滑空する凶鳥はその道すがら、頭に響く何者かからの調査報告に意識を傾けていた。
『エルフの隠れ里を見つけることはできませんでしたわ。恐らくエルフ族によって再び認識阻害術が施されたのでしょう。秘呪師サマの気配も相変わらず感知できません。襲撃作戦は凶鳥サマの読み通り、失敗に終わったと見てよろしいかと』
落ち着きと艶のある女の声は、調査報告の終わりにそう告げた。
『死んだか!』
威勢のいい野太い男の声が会話に加わる。
『もしくは、何処かに捕らえられているのやもしれません』
インディセはなんとも言えない報告内容に、
「ハァ~…」と溜め息をついた。
『まさか逃げ帰ってくることすら出来ぬとはのぉ~…敵を減らすのも結構グェが、今優先すべきはあくまでも勇者の捜索グェ。中の様子が分からん様では襲撃した意味がないではないグァッ!』
『あのダークエルフの女がいなくなっちまったんじゃ、里をもういっぺん襲うのは難しいんじゃねぇか?エルフの結界はめんどくせぇからなぁ』
結局、エルフの隠れ里に勇者がいるか否かは分からずじまい。
…かのように思われたその時。
『…勇者はいませんでしたわ』
『…何?』
例の襲撃作戦に関与していなかったはずの女の声の主が、何故かそう言い切った。
『……アヌラール。キサマまさか…''見ていた''グェか?』
女の声の主…幹部アヌラールは、インディセの問いに答える。
『ええ。秘呪師サマがあのやたら複雑な結界を解いて下さったので、当日は私の使いの者も里にお邪魔させて頂きましたの。その''目''を通じてひと通り探して回りましたが、勇者の姿はどこにもありませんでしたわ』
『キ、キサマ~ッ!それはつまり、最初から全て分かっていながら知らん顔をしていたということグェか!!』
怒るインディセに対し、アヌラールは依然として落ち着いた様子。
『滅相もございませんわ、凶鳥サマ。魔法使いのテリトリーにいつまでも部外者の気配があっては邪魔になるかと思い、里に勇者がいないことを確認した後はすぐに使いの者を帰還させました。ですから私も勝敗の行方までは知り得なかったのです。皆サマ同様、私も秘呪師サマからの吉報を心待ちにしていたのですよ?''あの地のエルフ族は滅ぼした。闇の世に抗う勢力をまたひとつ削いでやった''…という誇らしげな報告をね』
アヌラールは平然とそう言ってのけた。
「グぬぬ…」
(本当に勝敗を知らなかったグェか…?顔が見えぬからどこまで嘘をついているか分からんグェ…)
インディセは風を切りながら顔をしかめる。
しかし、その様子を他の二体に見られることはない。
夜空を飛行しているのはインディセ一体のみ。
会話は全て遠隔からの念話で行われており、今この時もそれぞれが別の場所にいる。
―それは、強い闇の魔力による念話のやり取り。
万が一この交信を人類側に気取られたとしても、闇の魔力を持たぬ者に会話内容を傍受することまではできないだろう。
普段からこうして闇の会議は執り行われている。
『なるほどな。要するに…どういうことだ?』
野太い男の声の主は、話がごちゃごちゃしてくるとあまり理解できなくなるようだ。
『エルフの隠れ里に勇者はいなかった、里が見つけられなくなっていることからエルフ族も恐らく健在。我々が得たものはなく、秘呪師サマはエルフ族にボロ負けしたということですわ』
『なるほど!弱ぇな!』
理解できたようだ。
『きっと現場が混乱したに違いないグェ!メニケは臭いだの嫌いだのワガママばかり言って、魔物達に自分の顔を覚えさせることをしてこなかったグェ!ただでさえ幹部唯一のヒト属で敵なのか味方なのか判別しにくいというグェに…やはり軍を貸すんじゃなかったグェ!』
メニケの失態に憤慨するインディセ。
魔物部隊をうまく扱えなかったことが敗因だと考えているようだ。
『追加で用意したリザードマン部隊に至っては、召喚すらされていなかったとのことでしたわね。私があの場で見かけた魔物部隊もオークとトロールだけでしたわ』
『最初から全部隊を出撃させておれば勝てた戦いだったやもしれぬというグェに~!とんだアホーグェ!』
インディセは「ハァ~~~…」と深い溜め息をついた。
『全く…ただでさえ魔王軍にはもうほとんど''進化体''の部隊が残っていないグェ。軍の戦力が停滞している今、エルフ相手に余力なぞないことくらい分からなかったのかあの間抜けは…』
『余程ご自身の魔法に自信があったのでしょう』
『それで返り討ちにされてたら世話ないグェーーッ!』
勝てたかもしれない戦いに負け、あまつさえ自分が一生懸命各地を回って集めた魔物部隊を無駄死にさせられたことに怒りが収まらないインディセ。
そこへ、男の声が疑問を投げ掛ける。
『なぁ、なんでメニケは自分のアンデッド部隊を使わなかったんだ?トロールはまだしも、オークなんて連れて行くくらいならアンデッドの方がずっと戦えて便利だったじゃねぇか』
『全グェ!!』
その疑問に対し、アヌラールが見解を述べる。
『己の魔力を全て妨害魔法か何かに費やしたかったのでは?世界中の''魔素''が薄れてしまった今、術者による魔力供給なしにアンデッドが存在を保つことはほぼ不可能…以前のような軍勢を率いることは難しかったのでしょうね』
『グぬぬ…今となってはアンデッド部隊も考えものグェな』
『ほう。つまり…どういうことだ?』
野太い男の声の主は、話がごちゃごちゃしてくるとあまり理解できなくなるようだ。
『アンデッド部隊を動かす為の魔力消費量が昔より増えてしまい、他の魔法で手一杯の秘呪師サマには扱いきれなかった。だから凶鳥サマの部隊に頼る他なかったということですわ』
『なるほど!弱ぇな!』
疑問は解決されたようだ。
少し冷静さを取り戻したインディセは、話をメニケの一件から魔王軍全体の問題提起へ発展させる。
『得たものがないというのはメニケの件に限らぬグェ。あちこち偵察させておるグェが、勇者は未だ見つけられぬままグェ。魔王軍が容易に立ち入ることのできない場所か、もしくは見逃してしまうほど小さな場所にでも隠れておるのだろうグァ…ここ最近はそこいらの村ですら妙に守りが固いグェ~…』
『''世界平和同盟''とやらの仕業でしょう。結界やバリケードの補強、魔物払いに効果的な香の調合や兵法の教えまで…各地を回っては、随分と余計な世話を焼いているようですわ』
『だからって、誰もがエルフみてぇな結界魔法を使えるようになるわけでもねぇだろ?騒ぐようなことか?』
『それでも中級程度の魔物は十分はね退けられてしまいます。収穫があるとも分からない小さな村々を襲う為に、いちいち上級の魔物を集めるのは割に合いませんわ』
『ふーん…なんかめんどくせぇな』
勇者は一向に見つからず、
魔物は力をつけることが難しく、
人類は着実に魔物に襲われにくい世を作り始めている。
それは魔王軍としては由々しき事態。
つまりは、劣勢状態にあった。
『立ち入ることが難しい土地は増えてゆくばかり…魔素が薄れている今の世ではこちらの動きにも限界があるグェ。もう2年グェ…弱っていた勇者が力をつけ、復活してしまってもおかしくないというグェに…』
インディセが魔王軍の現状を憂いていると…
『ひとつ、よろしいでしょうか?』
と、アヌラールが何やら伺いを立ててきた。
『……なんグェ、アヌラール』
『''魔王軍の立ち入りが容易ではない場所''のひとつである、ミスティカ山脈奥地への足掛かりを見つけましたことをここにご報告させて頂きますわ』
『何ーーーッ!?そういうことはもっと早く言うグェ!』
「ウフフ…」
突然の吉報にインディセは驚き、その反応にアヌラールはひとり笑みを浮かべていた。




