第22話 改めまして
※2026/2/13追記:灰のくだり少し内容が変わりました。
ウオタロー達が城を去ってから三日後。
「ふぅ~…こんなモんかな」
地道に続けていたアレの埋め立て作業がようやく終わった。
城の屋内にあったアレはほぼなくなり、空気もだいぶよくなった気がする。
それでも人間だったらフツーに臭うと感じるレベルだと思うが、魔物的にはこれでも十分清潔な方なのである。
頑張った甲斐があったのである。
「やり遂げましタね、オレ達」
「コレダケヤッテ、マタ、ヨゴレルノカ…」
「そ、そんナこと言わないデくださいよ~…そうなんだロうけど…」
親方の言う通り、また魔王軍がここに召集されたら元通りになっちゃうんだろうな…
ホットスポットだったところに張り紙しときたい。
''糞は外で!終わった後は土をかけよう!''って。
誰も読まないだろうけど。
「…ちょっと早いですケど、今日はもう島に行って火とメシの支度しまスか」
「ソウダナ」
ひと仕事終えた俺達は、いつものようにワープ部屋から島へ向かった。
◇◇◇
ウオタローが島を去った今、火の準備と食料集めはなかなか手間のかかるものになっていた。
浅瀬の小魚くらいなら捕れなくもないのだが、なんせあんなにおっきい魚がしょっちゅう釣れていたような海域だ。
ウオタローが魔法で仕留めていたような魚が浜辺まで打ち上がってきたら、ゴブリンは到底太刀打ちできない。逆に食われちゃう。
なので、魚は基本なし。
海に入るのは体を洗う時だけだ。
気配に注意しながら浅瀬に入り、終わったらすぐに海から離れるようにしている。
アレの掃除も一段落ついたし、しばらくは入らないかも。
最近食っているものといえば、浜辺にいる小さい蟹と森を歩き回って見つけた木の実だ。
森で食える植物は大抵食料係の魔物が持っていってしまっているので、見つけるのも一苦労である。
ここで腹いっぱい食えていたのはウオタローのおかげだったのだと改めて思い知る…最後にもらった魚もうまかった。
本来はこんなに苦労するはずだったのに、贅沢させてもらってたんだなぁ。
ウオタロー…元気かな…
「はァ…」
島の森で木の実を探している最中、つい溜め息が漏れてしまった。
「ウオタロー、イナイト、タイヘンカ?」
親方が茂みを掻き分けて進みながら声をかけてくる。
「それもアるんですけど…心配だナぁと思って…」
「シンパイ?」
「ちゃんと沼に着いたカな~とか、まタ迷子になったりしテないかな~とか…あとあの群れのボスにまた変な絡まれ方しテないかなとか…」
「…ヤリカエサナイノモ、沼ニカエッタノモ、ウオタロー、ジブンデ、キメタコト。アイツ、ツヨイ。シンパイ、イラナイ」
「そう…でスよね…」
親方の言う通り、ウオタローは強い。
俺がウオタローに守ってもらうことはあっても、俺がウオタローを守れたことなんて一度もないくらいには強い。それは俺が弱すぎるのか。
そういえば、ウオタローにこれといった傷跡はなかったな。
少なくとも治らないような深傷を負わされたことはないってことなんだろうか。
ボスタローが噛んだり絞めたり斬ったりしてきたヤツって聞いた時点で俺としてはフツーに激ヤバ危険人物にしか思えなかったんだけど、もしかすると魔物的にはじゃれ合い以上喧嘩未満程度の話だったのかもしれない。あまり釈然としないけど。
帰り際は仲間との雰囲気もよかったし、ボスタローも特に乱暴なことしなかったし…なんなら口に魚詰められてたし…
親方のいう通り、そんなに心配しなくていいのかもな。
◇◇◇
「はァ~~~~…」
食料探しを終え、浜辺で焚き火の準備をしている最中にも溜め息が出てしまう。
無理。やっぱ心配。
また仲間とうまくいかなくなったりしてないかなとか、寂しい思いとか悲しい思いしてないかなとか…
そもそもリザードマン部隊は無事に沼へ帰れたのだろうか。
スマホがあれば「無事沼に着いた?」とか「調子どう?」とか聞けるんだけど、こうも全く連絡が取れない環境だと心配が募りまくりである。
まだまだ前世の現代人体質が抜けていないのも、不安が消えない原因のひとつかもしれないな…
「マダ、シンパイカ」
いつもの蟹を捕って帰ってきた親方に溜め息の現場を目撃されてしまった。仕事が早い。
「すんマせん、いつまでも…」
「…オマエハホントウニ、フシギナゴブリンダ。ジブンヨリツヨイマモノ、シンパイスルマモノ、イナイ」
「そういウもんなんですかね…」
「ソウイウモンダ」
そういうもんなのか…
なんとも言えない気持ちのままメシにする。
今日のメシは焚き火で焼いた小さい蟹1匹と、集めた赤い木の実を5粒。木の実エグミえぐい。
あと腹の足しにするためにその辺で拾った葉っぱもサラダのごとくむしゃる。葉っぱ苦い。
腹いっぱいとはいかないが、ゆっくり食えば空腹感はちゃんと消える。
島の恵みに感謝!
食事を終えた俺達は、焚き火が消えるまでの間少しだけ盾作り作業をする。
切り出しておいた木を盾の形に削る作業だ。
城の装備品の山から持ってきた短剣を使うようになってから、もうめっちゃ削りやすい。
骨のナイフとは段違いの削りやすさで、作業により没頭できる。
パチパチ…
ザザァ…
ゴリ…ゴリ…シャッ…シャッ…
焚き火の音と波の音、そして木を削る音が夜の浜辺に響く。
穏やかな時間。
悶々としていた心が、自然の音と景色に少しだけ癒されていると…
「…オマエ、ナマエ、キメナイノカ」
親方が作業を続けながらそう語りかけてきた。
「名前?」
「オレノコト、''オヤカタ''。アイツノコト、''ウオタロー''、呼ブ。ドッチモ、オマエガツケタ、ナマエ。ナラ、オマエハ?」
「オレの名前かァ…」
そういえばこっちの世界に生まれてこの方、名乗ったことってなかったな。
一応生まれ変わったわけだし、前世の名前をまた名乗るというのもどうなのだろうか。
「……ナイナラ、オレガ、キメヨウカ」
「え!…例えば、どんナ…?」
「''ユビタロー''」
「え」
「オマエト言エバ、指スマ。ダカラ、ユビタロー」
衝撃の新事実…
親方の中で俺と言えば指スマになっていた件について。
「ユ、ユビタローかぁ…」
「ム…ダメカ」
親方は残念そうにしている。
結構考えた上でつけてくれた名前なのかも…
でも''タロー''はウオタローやボスタローと被っちゃうんだよな。
もうちょっとオンリーワン感が欲しいかもな~なんて…
「あー、いや、ユビタローだとウオタローと''タロー''がダブってるのが気になるかな~みたいな…ユビオとか、ユビタとか、ユビスケなんてのはどウですかね?」
親方の意向を汲んで名前に''ユビ''が入るのを受け入れることにした俺は、とりあえず思いついた他の候補を挙げてみた。
「ユビオ、ユビタ、ユビスケ………ユビタ」
「ユビタがいいですカね?」
「ン。ユビタ、ワルクナイ」
なんか、実際に呼ばれてみると某猫型ロボットと暮らす某少年みたいな名前でちょっと引っ掛かるな…
って、自分で提案したんだからそんなことは言いっこなしだ。第一のび○君にも失礼だろうが。
よし…!
「なら、オレは今日カら''ユビタ''って名乗リます!」
「ン…コレカラモ、ヨロシク、ユビタ」
「はイ!よろしくお願いしマす、親方!」
俺は握手をしようと手を差し出した。
親方は一瞬キョトンとしたが、すぐに同じように手を差し出してくれた。
俺はその手を握り、ブンブンと固い握手を交わした。
絆が深まっていくのを感じる…
「あ、名前と言えば…呼び始めたオレが言うノもなんなんでスが、''親方''って名前といウよりこう、ボスとかリーダーみタいな立場を表す言葉なんデすよね。これを機に親方も何か正式な名前を考えてミません?」
俺は少しウキウキしながら親方にそう提案した。
親方はどんな名前がいいかな?
なんか渋カッコいいのがいいな。
ゴブハチ?ゴブノスケ?ゴブザエモン?
と、早速脳内では親方の名前候補が上がり始めていたのだが…
親方は静かに首を横に振った。
「オレハ、オヤカタデイイ。オヤカタ、キニイッテイル」
「そう…デすか?」
「ン」
そう言って、また削り作業に戻る親方。
うーん…ちょっと残念。
親方(本名:ゴブザエモン)みたいな感じになって欲しかったが、仕方ない。
俺も大人しく削り作業に戻ることにした。
すると、親方は何故''親方''という名前がいいのかをぽつりぽつりと話してくれた。
「…昔見タ、防具ヲ作ッテイタニンゲン、イチバン作ルノウマイヤツ、''オヤカタ''ト呼バレテイタ。ダカラ、オマエニ、ハジメテ、オヤカタト呼バレタトキ…オレハトテモ、ウレシカッタ」
どうやら俺が思っていた以上に、親方にとって''親方''というワードは思い入れのあるものだったようだ。
「そっか…なら、親方は親方でスね!」
「ン。オレハ、オヤカタダ」
親方はちょっと誇らしげだ!
火が小さくなってきたところで、本日の作業時間は終わり。
消えかけの焚き火に砂をかけて火の始末をした後、盾の基盤で砂ごと灰をすくって浜辺近くの作業場に撒く。
毎度浜辺に灰を残したままなのも気になるので、ワンチャン虫除けとかになるかな~…と思ってとりあえず作業場に撒いては土に馴染ませている。
それが終わったら、島での寝床にしている洞窟に向かう。
ウオタローが暮らしていた洞窟をそのまま使わせてもらっている。
「ふぃ~…おやすミなさい、親方ァ…」
「ン。…オマエ、ネルトキ、イツモソレ言ウナ」
「寝る時ノ挨拶なんですぅ…」
「ソウカ。…オ、オ…オナスミヤサイ」
「ん~惜しイ…お茄子は確かに…野菜だケども…」
俺は眠気に勝てず、そのまま眠りについた。
◇◇◇
その日、俺は親方とウオタローが料亭で茄子の天ぷらを食べるところに立ち会う夢を見た。
「おいしいけど、できればもっと別の天ぷらを食べてみたかった」と言われたので、「次は海老天を一緒に食べよう」と約束した。
◇◇◇
「次は…えびてん…」
「えびてんってなぁに~?」
「えびてんはぁ…えびの天ぷらなんだぁ…」
「えびのてんぷらってなぁに~?」
「えびの天ぷらはぁ…なんか…うまい甲殻類をぉ…うまいこと揚げたやつかなぁ…」
「うまいのぉ?」
「うまいよぉ……んん…」
少しずつ意識が夢から現実に戻っていく…
目を覚ますと、そこは料亭ではなくいつもの洞窟だった。
入り口から潮風と共に夕暮れの淡い光が差し込んでいる…つまり、魔物的には朝だ。
「夢…カ…」
「ゆめぇ?それもうまいの~?」
「夢はねぇ…案外ほろ苦いモんだよ…」
「そっか~。にがいのはやだなぁ~」
「大人の味だかラねぇ……ん?」
「ん~?」
目の前には料亭にいたはずの…じゃなくて、沼へ旅立ったはずのウオタローがいた。
「え……ウオタロー!?」
俺は一気に目が覚めて、慌てて飛び起きた。
両手で両頬をつねりながらウオタローに問う。
「ぬ、沼に帰っタんじゃ…」
「帰ったよぉ?」
「帰って…まタこっちに戻って来たの?」
「うん!」
あ、頭が混乱して入ってこない…
どこまでが夢でどこまでが現実だ?
「も、モしかして、沼ってそこまで遠くない…?歩きでどのくらいカかる感じ?」
「ん~とねぇ…お城から見える森をず~っと歩くとボクたちの沼があってねぇ、ボクは夜が終わってから沼を出てぇ、さっきここに来たよぉ」
「早朝に出て夕方に着いたのカ…」
片道半日くらいってとこか?
魔物の体力も合わせて考えると、その気になればいつでも行き来る距離だと考えていいだろう。
うーん、近い。
あとすんごいほっぺ痛い。
やっぱりこれは、夢じゃない。
「海の魚がいちばんおっきくておいしいからねぇ、こっちで釣ってぇ、あっちに魚を持って行くことにしたんだぁ!」
「そ…そうなのカぁ…その、群れのみんなはウオタローが遠征…沼からひとりでおでかけしちゃウことについて、いいよ~って言ってクれてたか?」
「うん!''海のおっきい魚待ってる''って言ってたよ~!みんながんばれって言ってくれた~!」
「あ、ホント?それは…よかっタねぇ!」
「よかった~!」
この遠征は群れ公認なんだな。
また勝手な行動して怒られちゃう流れだったらどうしようかと思ったけど、それならよかった。関係も良好そうだ。
海釣りが仲間に認められてよかったな、ウオタロー。
「…ボスのアイツも、頑張れって言っテくれた?」
「ん~、何も言われなかったよ~。でもすご~く、むぅ~って顔してた~」
「ああ…すっごい目に浮カぶ…」
ボスタローはあまりよく思ってなさそうだな…
アイツなりに頑張って''戻ってこい''って言ったのにすぐおでかけされちゃうのはやっぱ腑に落ちなかったんだろうか。
「海の魚、好きじゃないのかなぁ~…」
「うーん、たブんそこじゃないと思うけど…でもよかっタのか?みんなトまた離れちゃって。寂しくないカ?」
「さみしくないよ~いつでも帰れるからぁ~。沼にも島にも仲間がいる~!仲間いっぱ~い!ゲッゲッ!」
ウオタローは立ち上がって、左右に跳んで嬉しそうにしている。
その姿を見て、俺はなんだかとてもホッとした。
「元気そウでよかった…また会えテ嬉しいよ!オレ達は仲間だ!島トモだ~!」
「しまもとだ~!」
惜しい。
「ヨカッタナ、ユビタ。ウオタロー、マタ島ニキテ」
先に起きて外に出ていた親方が、洞窟に戻ってきた。
担いでいる槍には蟹が3匹刺さっている。
「ハい…!よかったデす!」
「ゆびたってなぁに~?」
「コイツノ、ナマエ。コノマエ、キメタ」
親方は少しドヤ顔でウオタローにそう言った。
「ユビタ、ユビタ、ユビタ…うん、覚えたぁ!」
覚えられてしまった。
いよいよ正式に俺はユビタである。
「島の仲間はぁ、海と、ユビタと、オヤカタ~!」
「これからモよろしくな、ウオタロー!」
「よろしくな、ユビタ!オヤカタも、よろしくな~!」
「フッ…アア。ヨロシクナ」
ウオタローはこれからも魚を釣りに島へ遊びに来るようだ。マジ嬉しい。
魔王軍に関わる仕事は、おっかないことややりきれないことも少なくないけど…
仲間がいてくれるなら、心を折らずになんとか生きていけそうかな。
今日も一日頑張ろう!




