エルフの隠れ里襲撃作戦 -中編-
やや長め。
姿を現したダークエルフの少女は、メニケの目を真っ直ぐと見据える。
怒れる魔王軍幹部に怯える様子も、
同族の野望を邪魔をしたことに悪びれる様子もなく、
雨の中堂々と佇んでいる。
''エルフ族は憎たらしい目の上のたんこぶであり、
越えねばならない壁である''
それは、ダークエルフならば皆が少なからず思っていること…そうと信じてやまないメニケには、見知らぬ同族の少女が裏切り者のようにすら思えた。
憤慨しながらメニケは少女に問う。
「何故ダークエルフがエルフの里にいる…何故、エルフ族に協力している!!」
それに対し、少女は動揺することなく毅然と答える。
「私は、世界平和同盟『暁の盟約』より遣わされた使者だ。他種族との交流および魔王軍に関する情報共有を目的とし、この地に滞在していた」
「世界平和同盟だぁ!?…あー、なんかあったわねそんなの…」
この少女は''エルフ対ダークエルフ''の戦いを邪魔したというより、あくまで''人類対魔王軍''の戦いに人類側として参戦しただけ…
メニケはそう解釈し、膨らみ破裂しかけていた怒りをひとまず抑え、構えていた杖もゆっくりと下げる。
「確か、王都が魔王軍に襲われた後に発足された同盟だったかしら?''勇者に守ってもらうだけにならないよう、全ての人種が手を取り合って邪悪な存在に立ち向かお~!''みたいなやつでしょ?反吐が出ちゃう…よくそんな仮初の仲良しごっこやってられるわね」
メニケは、人類の願いと決意が込められたその同盟を半笑いで侮辱する。
しかし少女は表情を変えることなく言葉を続けた。
「秘呪師メニケ…ダークエルフの魔法使いが魔王軍幹部になったという噂が立った時から、世がダークエルフ族に抱く疑心、恐怖心、嫌悪は、より根深いものとなってしまった。貴女の悪名が広まるほど、他種族との間に溝ができてしまう。正直言って迷惑だ。今すぐやめて欲しい」
「軟弱者が…何が溝だ、上等じゃない。他の種族と馴れ合う必要なんてないわ。ダークエルフ族たるもの、孤高であるべきだ」
メニケはそう言うと、訝しげに目を細め、少女の頭からつま先まで見定めるように観察する。
そして「はんっ!」と鼻で嗤い、再び少女の顔に視線を戻して口を開いた。
「お前、魔法使いではないな?魔法を極めることを早々に諦め、武を交えた道を選ぶような半端者には分からないでしょうね。魔法でエルフに勝つ…それはダークエルフの魔法使いにとっての悲願。私はその悲願を!歴史的偉業を!今まさに果たそうとしているの!…あんまり邪魔するようなら殺すわよ」
魔王軍幹部の脅しに、少女は怯むことなく返す。
「確かに、ダークエルフの魔法使いには貴女のような過激派もいる。けれどそれは決して種族の総意じゃない。平和な世界でただ穏やかに暮らしたいダークエルフだっている…少なくとも、集落にいるダークエルフ達はそう思っている」
「そりゃいつまでもあの谷に残っているような腑抜けどもはそう言うでしょうね。お前が過激派と言う者達は、より研鑽を積む為にとっとと外の世界へ出ているでしょうから。そんなに言うならお前も集落に籠ってなさいよ。尻尾巻いて逃げる分には見逃してあげるわよ?同じダークエルフのよしみでね」
メニケのその提案に、少女は「そういうことではない」といった様子で首を横に振る。
「魔王軍の残党と一緒になって暴れるのはもうやめてくれ。魔王は討たれたのだろう?これ以上悪足掻きをして何になる。世を悪戯に乱されるのも、ダークエルフ族の負のイメージを助長されるのも、とにかく迷惑だ」
「さっきから迷惑迷惑って失礼な小娘ね…!お前もダークエルフなら、これだけ闇魔法を極めた私に少しは敬意を払いなさいよ!!」
そう言ってメニケは片手から黒い炎を出現させると、それを自慢げに少女に見せつけた。
「この魔力性質変換の速さ…''解る''だろう?己の魔力をラグなくムラなく闇の魔力に変換し続けられることが、ダークエルフにとってどれだけ夢のようなことか…しかし、これは夢ではない。何百年という血の滲むような修練と、魔王軍幹部になることで新たに獲得した【闇変換効率上昇・極】の能力が合わさることによって、私は至高の領域に到達したのだ!」
「………」
少女は沈黙する。
メニケが獲得したという能力が、ダークエルフの力をどれだけ飛躍させるものなのか…
同族である彼女にはそれが理解できる様子だった。
「魔王から能力を付与されたということか…!?」
「それでこんな強力な呪いを…!なんと恐ろしい!」
「もうちょっと聞きたいわ!もうちょっと教えて!闇魔法の話もうちょっとして!」
地上にいるエルフ達は全然理解できていない様子だったしうるさかった。
「うるさいわよエルフども!黙ってオークに苦戦していろ!!」
と言ってみたもの、エルフ達が狼狽えているのはなんか嬉しかったので、しばらく騒がせておいてもいいかなと思い始めるメニケ。
しかし、その矢先。
「まさか…能力欲しさに、お前は人類の敵になったというのか!?」
一人のエルフのその言葉が、緩みかけていたメニケの表情を大きく歪ませた。
「そんなもの…だと…?」
負の念が一気に強まる。
それに呼応するように、辺りの呪いがより強力なものになっていく…
「ぐっ…魔法が…!」
「体も重くなって…」
エルフ達は今まで以上に魔法が構築できなくなり、肉体の動きさえ鈍らせるほど、呪いの負荷が重たくのし掛かる。
メニケはその様子を見下ろしながら、一人語りを続けた。
「エルフ風情にはこの能力の素晴らしさが理解できないでしょうね。どれだけ修練を積んでも、人の身である以上自身の魔力を闇の魔力に変換する瞬間のラグやムラはなくせない。それはダークエルフの魔法使いが闇の道を極めようとした時、大きな壁として立ちはだかる。その壁にどれほど苦しめられることか…」
杖を傾け、これまでの苦難に思いを馳せるようにそれを見つめる。
「エルフ族と同じだけの知識と技量を身につけても、魔力保有量で差をつけられてしまう。エルフには扱えない闇魔法を極めようとしても、上位種の魔物みたいに強力な術を感覚的に多用することはできない。ダークエルフは''人の魔法''と''人為らざる者の魔法''、どちらも扱えるけどどちらも極められない半端者…そんな風に蔑まれたことだってあった」
悲しげにそう語ったかと思えば、今度は力強く演説し始める。
「しかしそれは大きな間違いだ!人類の魔術の知恵と、闇の魔力を掛け合わせ、他の種族では到達できない未踏の領域に至ることができる唯一の存在!それがダークエルフ族なのだ!魔法の頂にいるのはエルフ族ではない…私がそれを証明する!!」
メニケは決意を固めるようにぐっと拳を握り、そして自信に満ち溢れた顔をしながらビシッ!と少女を指差した。
「小娘ェ!お前もそこでよく見ておけ!ダークエルフの魔法使いが、エルフに魔法で勝利するところをなァ!!」
キマった…メニケはそう確信した。
同族の偉大な魔法使いによる名演説に、若き少女は心を動かされたに違いない。
「私もやっぱり魔法使いを目指します!メニケ様みたいになりたいです!エルフなんて一緒にぶっ飛ばしましょう!」
きっとそんなことを言ってくるだろう。
生意気だったとはいえ、希少なダークエルフ同士。
懇願してくるようならまぁ手下にしてやっても構わな
「魔物に里を襲わせることが''魔法で勝利した''ことになるのか?」
「…あ゛ぁん?」
少女が沈黙を破って口にしたのは、全くもって可愛げのない端的かつ挑発的な質問だった。
「はぁ~…」とメニケは溜め息をついてから反論する。
「今、エルフ達があの程度の魔物に苦戦を強いられているのはどうしてだと思う?答えは簡単。''私に魔法で負けた''からよ!結界を破られることも、魔法を弱体化されることも、奴等は防げなかった。私に魔法で勝てなかったからこうなっているの」
「でも、エルフの人達はまだ戦っている」
「そりゃそうよ、あえて泳がせているのだから。奴等の顔が絶望に歪んでいく様をたっぷりと見てやりたかったからね。時間をかけてエルフ族の誇りと命の両方にトドメを刺し、そしてその亡骸を我がアンデッド部隊に加えてやるのよ!戦利品としてなァ!…分かった?私は圧倒的に勝っ
「私には、貴女が身の丈を越えた妨害魔法の維持で手一杯になっているようにしか見えない。戦闘を自身で行う余裕がないからコソコソと結界内に隠れ、肝心のトドメを魔物任せにしていただけなのではないか?」
「あ゛…?」
「貴女の言う魔法の頂とは、魔物の後方支援専属の魔法使いになることなのか?貴女の数百年は、そんな半端な勝ち方で満足する程度のものだったのか」
「はぁ゛~~~~~!?」
''半端''という言葉は、メニケが一番言われたくない言葉だった。
勝者であるはずの自分に、
道を極めし者であるはずの自分に、
言うに事欠いて''半端''という言葉を突きつけてきた少女が、メニケは大層許せなかった。
怒りのままに杖を構え、思いっきり魔力を込めてしまいそうになったが…
「はっ」と気づき、辛うじて踏み留まる。
「ふーーーっ…そうやって、私の魔力と集中力を削いで発動中の妨害魔法を不安定にしようって魂胆ね。その手には乗らないわよ小娘。全く…同族のよしみで生かしてやってもいいと思っていたけれど、もうやめだわ」
メニケはパチン、と指を鳴らした。
「トロール部隊!建物ばかり壊していないで、あの小娘を狙いなさい!!」
「グォオオオオオ!!」
命令を聞きつけた複数のトロールが、少女に向かって走ってくる。
しかし、少女は動じることなく術を唱える。
「【虚】」
少女の姿が再び見えなくなる。
次の瞬間には気配までもが一気に薄まり、それはすぐにメニケでも追えないほど無に近いものとなった。
【慟哭ノ空】による''闇の気配を紛らわす性質''が、闇の魔力を用いて姿を眩ませる彼女の手助けをしてしまっているのだ。
「グォ…」
トロール達は標的を見失い、困惑している様子だ。
「闇魔法か…小賢しい真似を…っ」
(やはり【虚無ノ嘆キ】では闇魔法の構築まで妨害しきれないか…しかも【慟哭ノ空】を利用して気配を消してるの腹立つ~!恐らくオークが妙に減っていたのもアイツの仕業だ…この襲撃作戦が始まった時から闇に紛れ、コソコソとエルフに加担していたのだろう。クソッ!リザードマンは来ないし、ダークエルフはいるし、私の完璧な作戦がめちゃくちゃだわ!!)
メニケは想定外の出来事に混乱しながらも、少女の気配を感知しやすくする為に一度【慟哭ノ空】を解除する。
雨が降り止むまでの数秒間。
それは、若くして洗練された暗器使いが渾身の技を発動するには十分な時間だった。
ガシッ!
突然、メニケの肩に掴まれたような感触が走る。
姿は見えないが、それは間違いなく少女の手だ。
「くっ…!?コイツ…!!」
触れられた場所から、一気に''魔力の手''ようなものがメニケの体内に入り込む。
【魔法を盗む】
それは対象に直接触れることで魔力の流れを深く読み取り、特定の魔法に使用している魔力をピンポイントに狙って吸収することで発動中の魔法をひとつ止める技だった。
また吸収する際、その魔法ひとつに限り一定時間使えなくする呪いも施す。
高い感知能力と魔法適正、素早さ、そして闇の魔力を扱えること…
それら全てが要求される、ダークエルフの暗器使い専用の高難易度技であった。
「させるか小娘…っ!」
メニケは魔法を盗もうと入りこんでくる魔力の手に、己の魔力を思いっきりぶつける。
そうして奪われる魔法をなんとかずらしつつ、その余波で少女に衝撃を与えて吹き飛ばした。
狙われた【虚無ノ嘆キ】ではなく、【浮遊魔法】が盗まれた。
「ぐっ…流石にメインは奪えないか…!」
少女はダメージを受けたことで姿消しの術が維持しきれなくなり、再び姿があらわになる。
吹き飛ばされながらも浮遊する魔方陣を足場としてなんとか展開し、そこに着地する形で空中に留まった。
一方メニケは浮遊魔法を呪われた為、滞空していられなくなる。
「くっ…落ちる…!」
高度がみるみる下がり、地に落ちるメニケ。
咄嗟に簡易的な風魔法を使用し、落下の衝撃を抑えつつぬかるんだ大地に着地した。
ぬちゃ…
「うげっ!最悪…ヒールだと立っているのもやっとだわ…チッ!この私に呪いとは、ただで死ねると思うなよ小娘!!」
上空にいる少女をキッと睨みつけるように見上げる。
今すぐにでも飛んで戻りたかったが、呪いというのは先の結界のように、同質同量の魔力をぶつければ相殺できるという代物でもない。
基本的には術者本人か、相当強力な聖なる力を持つ者にしか解くことはできない。
だが呪術のスペシャリストであるメニケならば、多少の無茶をすれば''呪い返す''といった芸当も可能ではあった。
しかし…
魔力カツカツの中【虚無ノ嘆キ】という極大魔法に意識を割き続けている今、その''多少の無茶''ができる状況になかった。
周辺にいる、動きも魔法も鈍ったエルフ達。
上空にいる、ダークエルフの若き暗器使い。
どちらも勝てない相手じゃない。
しかし、魔法使いであるメニケが戦闘を行うということは、魔力を消費するということ。
そうなると、間違いなく全員倒しきるよりも先に魔力切れが起きるだろう。
メニケの魔力切れは魔王軍の敗北を意味する。
【虚無ノ嘆キ】が消えた森にエルフが一人でも生き残っていれば、あっという間に全滅させられてしまうからだ。
全部出来るのに、全部は出来ない…
何故自分の体はひとつしかないのか。
メニケは苛立ちが募りに募る中、自身の心を落ち着かせるべく深呼吸をした。
「スゥ~…ハァ~~~~~~~…」
煮詰まりかけていた頭が、少しだけクリアになっていく…
(……よし。まずリザードマン部隊を呼びましょう。流石にもう来るでしょ。機動力のあるリザードマン部隊さえ来れば、エルフ達の数なんて勝手に減っていくわ。そして私はあの小娘一人の対処に集中できる…そうよ、それがいい!)
杖を地面に向かって振りかざし、転移の魔方陣を再び展開する。
そして起動しようとした、その時。
ドドドドドドド…
遠くから、地響きと共に重い足音が近づいてくる。
「またオークが来るぞ!」
「囲まれるのだけは避けるんだ!」
近くにいたエルフ達は声を掛け合い、重い体をなんとか動かして一斉にその場を離れる。
「煩いわね…集中が削がれるじゃない。もうちょっと向こうでやってなさいよ」
ドドドドドドドドド…!
その足音は、逃げるエルフ達を追う…様子はなく、どんどんとメニケの方に近づいてくる。
「…あ゛?」
興奮した様子で武器を振り回しながら、メニケに向かって走るオーク達。
「グォオオオ!エルフ!オソウ!エルフ!」
「だ…誰がエルフだこの馬鹿どもがぁ…っ!!」
メニケのこめかみに血管が走る…!
ダークエルフは''闇属性への強い耐性''と''性質が揺らぎやすい魔力''を保有していることから、自身の魔力を闇の魔力へ【魔力性質変換】して扱うことができる。
魔力を変換→変換した魔力で魔法を構築→発動となるので発動までにちょっと時間がかかる。
修練を積むことで【魔力性質変換】の速度や精度の向上も可能だが、それでもラグやムラは生じる。
例えば通常の魔力を10消費しても、闇の魔力が10出力できるわけではない。数百年修行してやっと7出力できるかどうかくらい。
その為、ダークエルフは予め変換済みの闇の魔力を一定以上チャージしてから使う。
ある程度なら体内にチャージしておくこともできるが、長期間かつ大量にチャージして持ち運べる魔水晶を使用することが多い。魔法使いだとほぼ必須。
メニケは魔王から付与された【闇変換効率・極】の能力によって、通常の魔力を10使えば闇の魔力も10、瞬時に出力できるようになっている。




