第12話 海は美味し
さっきの大きな音を聞きつけたのか、親方が慌てて磯場に戻ってきた。
「オイ!オマエラ、ダイジョウブカ!」
担いでいる槍には紫色の小さい蟹が3匹串刺しになっている。仕事が早い…
「親方ァ…オレは…無力デスゥ……」
「トリアエズ、ブジミタイダナ」
親方の視線が俺から仕留められた魚の魔物に移る。
「…ソノ魚、マホウデ、シトメタノカ?」
「そうだよぉ~。魚を釣ったときは、ビリビリが効くんだぁ」
「雷ノマホウカ…」
「え、スゴ…」
雷みたいな音じゃなくて、マジで雷を撃った音だったのか。思いっきり背中向けて逃げてたからちゃんと見れなかった。見たかったな…魔法。異世界に来たら一番見たいだろ、魔法。
「だれかといっしょに食べるの、ひさしぶりだからうれしいなぁ~」
青いトカゲの魔物は嬉しそうにしながら、腰にぶら下げている小さな皮の袋から平たい石を取り出してゴリゴリと魚の表面を擦り始めた。
ちょっと厚めの鱗が少しずつ剥がされていく。なかなかワイルドだ…
「…ソレ、マオウグンノメシ、ジャナイノカ?オレタチデ、タベテイイノカ?」
「あ、そうだった。おっきいのは城に持っていくようにってインディセ様に言われてたんだった…」
青い魔物は手を止め、しょんぼりしながら魚を名残惜しそうに見つめる。
「きのうお城に持っていった魚はねぇ、も~っと大きかったんだよぉ」
「ん?あ、あァ…それはスゴいねぇ」
「この魚は、きのうのおっきい魚よりちいさいから…おっきい魚じゃなくて、ちょっとおっきい魚かもしれないねぇ」
「そう…カモね?」
「ちょっとおっきい魚は、おっきい魚じゃないからぁ…」
「ウん…?」
「持っていかなくてもだいじょうぶ~」
「ス、スゴい屁理屈ダ…!」
「フッ…」
「みんなでかぶりつこ~」
「え、そのままいくの?ちょっと焼かナイ?」
「ん~?クサいときはメラメラで焼くよ~。でもー…スンスン…うん、この魚はそんなにクサくな~い」
「わォ…」
魔物の世界って生食というか、そのままガブリが基本なのかな?
でも俺がいた村では一応肉なんかは火を通してたぞ。狩り組じゃないからほとんど食べたことないけど…見た感じ、ステーキで言うレア程度には焼いていたように思う。
「…デカイシ、ハンブンソノママ、ハンブンヤイテ食ッタラドウダ」
「そ、それガいい!そウしよう!」
「わぁ~!いっぴきなのににかいおいしいね~。やろーやろー!」
よかった…とりあえずオール生は避けられそうだ。
俺達は浜辺に移動して焚き火の準備をした。
近くで拾ってきたやたらでかくて南国みのある葉っぱを広げて、その上に魚を置く。蟹も置いとく。
集めた木の枝や葉に、青い魔物が魔法で火を
灯す。今度はちゃんと魔法を使う瞬間が見られた。嬉しい。
親方が「炎ノマホウ、ツカエルナラ、ソノママ魚ヲ焼イタラドウダ?」と提案したが、青い魔物は加減がわからなくて何度も食材を焦がしたことがあるらしく、調理する時は焚き火の火を使いたいとのこと。
魚を釣った時点で落ちかけていた日は沈みきり、あっという間に辺りは夜になっていた。
浜辺は森より空がよく見える。星が綺麗だ。
満点の星空の下、波の音を聞きながら浜辺で焚き火…ん~、心地がいい。
パチ…パチ…
焚き火が弾けて燃える音。
ザザァァ…
寄せては返す波の音。
ガブッ…ハグ…ブチッ…ガブッ…
…ん?なんの音だ?
俺が空から地上に視線を戻すと、親方と青い魔物が既に魚に食らいついていた。
丸ごとの魚にかぶりついては噛みちぎり、かぶりついては噛みちぎり…もちろん血抜きの類いも一切していないので、新鮮な血が二人のお口のまわりにベッタリついている。
うーん、魔物すぎる。
なんかカワウソのお食事風景みたいなショッキングさがあるな…
「ングッ…魚、ウマイゾ。オマエモハヤク食エ」
「おいしぃよぉ~食べよぉ~」
…そうだ。俺だって今はもう魔物なんだ。
引いている場合ではない。こんな風に食事を分かち合ってくれる仲間がいることに感謝して、一緒に食らいつかねば!たとえそれが生の魚でも、だ!
「…ハイ!いただきマス!」
俺も二人と一緒にそのままかぶりついた。
「…ン!結構イケる!」
俺達はガツガツと魚を食べ進め、残り半分くらいになったら焚き火で焼いてまたかぶりついた。
親方が取ってきてくれた蟹も焼いて食べた。
青い魔物はバリバリと美味しそうに殻ごと食べていた。強い。
全体的にちょっと磯臭かったけど、でも身がプリプリしてたし海鮮食ってるって感じでなんだかんだ美味しく食べられた。
焼いた後は磯臭さが緩和されてもっとうまかった。
…あとは腹を壊さないよう祈るしかない。
でも生のキノコも虫も腐った木の実も平気だったゴブリンの胃だし、なんやかんや大丈夫なんじゃないかなとは思っている。親方も食べてたし。
魔物の胃袋を信じるのみ。
腹いっぱい食べた後は、浅瀬で海水に軽く浸かりながら体を洗った。
魚を美味しく頂いたことによって全身に血がベッタリついていたからだ。
青い魔物曰く、砂浜でゴロゴロすれば海水によるベタつきもだいぶ取れるらしい。
この世界に生を受けてからようやく体を洗うという行為ができた…洗うことで体がちょっと軽くなったようにすら思える。
磯臭さはあるだろうが、あの村独特のにおいはこれでいくらか緩和されたんじゃないか?
ちょっと寂しい気もするけどね。
「海、たのしい?」
「ウん、楽シイよ。キレイだし気持ちイイし」
「フフ、フフッ!」
青い魔物は海の良さを誰かと共有できたことに喜びを覚えているようだ。
「夜の海もキレイだけどねぇ、おひるの海もキレイなんだよ~。ボクとおんなじ青色なんだぁ~」
「ははっ。確カニ。どっチもキレイな青色だね」
「ホントォ?フフっ、フ、グゲッ!ゲッ!ゲッ!」
笑い方が急に魔物。
「ボクねぇ、群れのみんなと色が違うんだぁ。みんな赤いのに、ボクだけ青いの。でも、海がおんなじ色だからねぇ、ボクは海の仲間でもあるのかな~って思うんだぁ。だから、ボクは海が好きなんだぁ」
青い魔物は水平線を眺めながら目を細めてそう言った。
「そっかァ…海ニ会えてヨかったね」
「うん!」
魔物なのに…なんて言ったらアレかもしれないけど、感受性が豊かなんだな。
「オマエラ、ソロソロ海、アガルゾ。ズットハイッテタラ、魚ガヨッテクル」
「ゲッ、確カニ…」
「それがいいんだよぉ。また釣れるよぉ」
「漁法がストロングすギるんだヨな…」
俺と親方が海から上がると、青い魔物もついてくるようにして浜辺に戻ってきた。
その後、砂浜でゴロゴロと寝転がって砂浴びをしてみた。
なんか揚げる前に衣をつけられるコロッケの気持ち。
ひと通りゴロゴロしたら、体に纏った砂を乾かす為に焚き火を囲むようにして座った。
こうして火を囲んでると、村を思い出すな…
まだ離れて1日しか経っていないのに懐かしい気持ちになる。ちょっとホームシックになりそう。帰れないけど。
俺がぼんやりと村に想いを馳せていると、親方が静かに口を開く。
「……オマエ、マホウ、ツカエル。マホウ、ツカエル、ツヨイ。ナゼ、マオウグンジャナイ?」
青い魔物にそう問いかけた。
「ん~…ボクねぇ、みんなより走るのがおそくて、すぐまいごになっちゃうんだぁ。それでみんなを怒らせちゃって、オマエはメシでも集めてろって置いてかれちゃったぁ…」
「あラま…」
魔王軍だったけどクビになっちゃった感じか。
まぁ…魔王軍なんて物騒なものに向いてる感じじゃないよな。
村のゴブリン達も殺気が足りないから失格!なんて言われたし。
俺はそれでいいと思っちゃうけど…これは人間の感覚なのかな。
「でも釣りがかり、とってもたのしいよ~。沼の魚とちがってね、海の魚は泥がついてないからビリビリもよくきくんだぁ」
「あー、なるほド。魔法にモそういう相性みタいな要素があるノカ」
「ある~。泥がついてるとメラメラもききにくいよ~。沼の魚は槍かぁ、ヒエヒエでザクッとするの」
「ヒェ~…」
「…みんな、元気かなぁ」
青い魔物は火を見つめながら、少し寂しそうに呟いた。
「みんな…魔王軍ノみんな?」
「うん。たまにお城で会えるけどねぇ、しゅつげき?じゃないときは、みんな沼にいるから会えないんだぁ…」
「そっかァ…そレは寂しいネ…」
そういやあの城は''出撃が近い部隊が滞在する場所''だってインディセ様も言っていたし、あそこにずっと同じメンバーがいるわけでもないのか。
案外、メシ集めとか装備品の管理みたいなサポート役の方が元いた場所に帰れないのかもしれないな。強制住み込み労働…とほほ。
そんでたぶん、青い魔物が言う''沼''っていうのは故郷かなんかで、仲間は城と沼を行き来してるけど青い魔物だけはここに置いていかれて普段はひとりぼっち…ということなのだろうか。
だとしたらちょっと可哀想だな…
「キミたちはどこから来たのぉ?」
「ん?あァ、オレたちは森の中にアるゴブリンの村から連れテこられたンだ」
「キミたちだけ?」
「そう、オレと親方ダケ…」
うちの群れはもれなく魔王軍失格だったもんで…
「村、イイトコロダッタ。ミンナデハタライテ、メシ食ッテ、オドッタリ、シャベッタリ…アト、ユビスマ、シテタ」
「平和デシタねぇ…アノ頃は…」
「なかよしだったんだねぇ。いいなぁ…ねぇ、ユビスマってなぁに?」
「ユビヲツカッテ、カチマケヲキメル、アソボーダ」
親方はちょっとドヤ顔で説明している。
「カチマケ…」
「オマエモ、ヤッテミルカ?」
「うん!やってみる~」
親方は青い魔物に指スマの説明をし始めた。
青い魔物は自分の指を動かしてみながら、一生懸命ルールを聞いている。
「イッセーノ…」
そして遊び始めちゃったよ。仕事はどうした仕事は。夜中は魔物の活動時間ですよ。
……ま、いっか。俺と親方は一徹しちゃってるし、今日はこの辺でひと休みしよう。
夜の浜辺で焚き火をしながら戯れる俺達。
慣れないことも危ないこともまだまだ多いけど…楽しいことがないわけじゃない。
知り合いもできたし、この環境に馴染めるよう少しずつ頑張ろう。




