第9話 インディセ様によるありがた~いオリエンテーション
やや長め。
※2026/2/10追記:名前の誤字を訂正しました。
プルーガル→プルガール
インディセ様は俺達をわし掴んだまま滑空し続ける。空って結構寒い。
空の旅を楽しみたい気持ちと怖すぎて下が見られない気持ち、ギリ後者が勝ってほとんど薄め目で前だけ見ている俺の顔は今どのくらい間抜け面なのだろう。
そんなことはさておき、インディセ様は目的地に向かう道中…いや空中?に、「キサマラ田舎者に我々魔物側の現状を教えてやるグェ」と言ってざっくりと説明をしてくれた。
インディセ様の話によると…
今から約2年前、魔王城にて勇者一行と魔王様が壮絶な戦いを繰り広げたらしい。
もちろん最後には魔王様が勇者達を瀕死にまで追い詰め、勝利を確信しながらトドメを刺そうとした。
しかしその時…勇者側の味方であろう何者かによって邪魔が入り、トドメを刺す前に逃げられてしまったのだとか。
現在、魔王軍は逃げた勇者一行を血眼で探しており、勇者が隠れていそうなところを片っ端から潰すべく奮闘中なのである。
……やだ~~~!物騒すぎる!
森の外の世界そんなことになってるんだやだ~!魔王とかいる世界やだ~!
勇者が魔王城に来るってことは、やっぱり魔王が世界の平和を脅かす存在だからだよな?
なんでそんなことすんの?フツーに魔王が悪くない?平和でいようよ~…
あぁ、森しか知らなかった頃に戻りたい…
そんな俺の願いも虚しく、「そろそろ着グェ~!」というインディセ様の高らかなお知らせが耳に響く。俺は恐る恐るゆっくりと目を開けてみた。
「…!」
視界に入ってきたのは、丘の頂にそびえ立つ崩れた古城。
特に上半分が無残に崩壊しており、人の気配はない。代わりにいるのは、城の上を飛び回る魔物、武器を持って城の周りをうろつく魔物、丘の周辺を徘徊する巨大な魔物などなど…とにかく大勢の魔物達だった。
きっと城の中にもいるのだろう。モンスターハウス通り越してモンスターキャッスルだ。
嫌ッ!近づきたくない!
「グゲェ~コッコ!城には出撃が近い部隊の魔物がわんさか滞在しているグェ!強そうだグェ~?うっかり殺されないよう気をつけるグェ!」
嫌…!嫌ーーッ!おうち帰りたい!!
そう叫びそうになるのをなんとかこらえる。大人だから。
「あ、あれが魔王城…デスカ…?」
「グゲェ~コッコ!あれはなんか勝手に滅んでいた国の廃城を拠点にしてやっているだけグェ!魔王城はもっと大きくて禍々しくて荘厳で偉大で巨大で立派グェ~!」
…とにかくデカイらしい。
魔王城じゃないってことは、あの城に魔王様はいないってことでいいんだよな?
よかった…いやなにもよくはないんだが。
古城の上空に着くとインディセ様は少し高度を下げて、崩れた屋上に俺と親方をぽいっと放り投げた。
ドサッ!
「ぐェっ!」
俺はその場に転がり、親方はちゃんと着地していた。
「さ、その辺にある階段から城の中に入るグェ。我輩が直々に持ち場まで案内してやるグェ!感謝するグェ~!」
直々にって…いやいや、インディセ様は体が大きすぎて城の中には入れないのでは?
そう思いながらインディセ様の巨体を見上げていると、突然その体が青白く発光し始めた。
「!?」
なんだなんだ…!?
インディセ様の体は光を放ちながら一気に小さくなり…なんと鷹くらいのサイズにまで縮んだ!
「じゃーん!インディセ様、スマートスタイルだグェ!」
光が収まり、ただのちょっとデカくて丸っこい鳥みたいになったインディセ様がドヤ顔で羽を広げている。
なんか…可愛いな…
小さくなっても強い魔物の気配は変わらずひしひしと感じるのに、サイズが程よくなってもふもふしてるだけでつい可愛いと感じてしまうのはやはり人間の性なのだろうか。
うっかり態度に出ないよう気をつけないと…
「コケーコッコ!これは我輩の魔力の高さが成せる技巧!元々変化の性質を持っている魔物でもない限り、こうはいかないグェ~!」
インディセ様は得意気に飛び、階段の方に向かう。
いかん。なんかもう何してても可愛く見えてきた。
まだ浮遊感が残っているせいか少し足取りがおぼつかない中、俺達はなんとかインディセ様の後をついていった。
階段を降りていくと、すぐに城内の通路に出た。
ボロいながらも立派な内装でまさに城って感じだった。城とか初めて入った…
真ん中が吹き抜けロビーになっており、下に見える広い空間には食べ物や装備品の山がそれぞれいくつも置かれている。
「キサマラの持ち場は主にあの物資置き場がある1階になるグェ。ここから飛び降りたら一気に下まで行けるグェ~!」
「え…」
け、結構な高さありますけど…ゴブリンの体なら行けるのかな?
チラッと親方の顔を伺ってみる。
親方はブンブンと首を横に降っている。
ダメみたいです。
「オレタチ、トベナイ、ヨワイマモノ…ドウカ、オユルシヲ…」
「す、すみまセん…階段を使わせテください…」
「グェ~…仕方ないグェ。しっかり階段の場所を覚えるグェよ」
インディセ様はパタパタと次の階段に向かって飛んでいった。
俺達はホッ…と一息つき、またついていく。
途中、通路にあるいくつもの扉の向こうから魔物の気配した。話し声も少し聞こえてくる。
当然なんだけど、やっぱりいるんだな…魔物…
『上の階にいるのは大抵アヌラールの部下グェな。この城にある転移の魔方陣は大抵アヤツラが管理しているグェ。プライドが高くて魔力の低い魔物を馬鹿にしているところがあるグェから、キサマラはあまり近寄らない方がいいグェ』
「は、はイ……」
ゴブリンって何かと立場弱そうだよなぁ…こんなところでやっていけるのかな俺達。
そしてなんだかやけにインディセ様の声が頭に響く気がするんだけど、気のせいか?
『アヤツラは複雑な言葉も理解できるゆえグェ、この階では余計なことを口にせぬようにの。めんどくさいことになるグェ。我輩のように念話が使えるならそれに越したことないグェが…キサマラには無理グェ?ならば、お喋り禁止くらいに思っておく方が無難グェな』
俺と親方はコクリと頷きながら、ひたすら下の階を目指した。
そして頭に響く感じがするのは気のせいじゃなかった。念話とかいうやつだった。私は今あなたの心に直接話しかけてます的なやつがしれっと行われていた。
小さくなったり脳に直接語りかけたり…インディセ様って結構器用なんだな。
1階まで降りると、小さい魔物達が食べ物をどこかから運んできたり、あるいはどこかへ運んでいったりして忙しなく働いている姿がそこにあった。
俺達以外にも働き手の魔物がちゃんといるのか。
インディセ様は「ふぅ~着いた着いた」と口にしながら階段の手摺に留まり、片方の翼で広間の方を指す。
「さて、キサマラの仕事はあのごちゃごちゃっと山積みになっている装備品の仕分けと、部隊の魔物が身に付けている防具の修繕やら何やらを請け負うことグェ!必要な道具なんかは城内を探したりその辺で取ってきたりして自分達で何とかするグェ」
装備品の山をよく見てみると、錆びた鉄の剣から鋼の立派な鎧、宝石のようなものが付いている小手などいろんな装備品がごちゃっと積まれている。
詳しい知識はなくとも、今の状態よりもう少し整頓するくらいなら容易そうだ。
修繕やらなにやらは…一旦親方頼りになるかもしれない。可能な限り手伝おう。
「ちなみに山積みになっている食料は戦士の為にメシ係が集めてきたものゆえグェ、くれぐれもつまみ食いなどせぬように。メシ係や戦士にバレたらキサマラがメシにされるグェ」
「ヒェッ…」
ビビる俺と緊張している親方を見て「コケーコッコ!」とインディセ様は軽く笑い、今度はホールの奥にある扉を翼で差し示す。
「そこの部屋に入ると小さめの転移の魔方陣が3つあるグェ。赤が煉獄谷、青がリル島、緑が暗黒の森に繋がっているグェ。自分のメシはそこで取ってそこで食う方がまだいくらか安全グェな」
「え、えーっと、赤ガ煉獄谷、青がリル島、緑が…すみまセン、モウ一度いいデスか?」
いきなり異世界用語が多すぎるのもあって情報が頭に入ってこない…!めっちゃメモ取りたい…!!
「そう慌てて全てを覚える必要もないグェ。とりあえずキサマラは赤の魔方陣だけ避けておればよい。飛べぬからな。あとはどっちも大体森グェ。ま、行ってみれば分かるグェ!」
急に説明がざっくりになった…覚えやすいけども…
「戦士のメシは多ければ多いだけいいグェ。血肉あるものでなくとも構わん。質より量グェ。キノコや果実なんかでも良いから、キサマラも暇な時は食料集めに参加するグェ」
「はイ」
「あと定期的に城内の掃除もするグェ。土がないところではするなと言ってあるのだがのぉ~…それでもちょいちょい糞が落ちておるグェ!よその部隊や客から苦情が来るグェ、しっかり片付けといて欲しいグェ」
「は、はイ…」
「あーあと城内図とか作れないグェか?どいつもこいつも自分の持ち場しか気にせんもんだから、未だに城にある部屋全てを把握できている者がおらんグェ。魔方陣を扱うヤツらから城内図を求められることも少なくないゆえグェ、作れたら作っとくグェ」
「はイ……」
なんか…仕事内容がどんどん増えていませんかインディセ様…!
「この城にあった装備品や魔導具は大抵かき集めたグェ。城の設備に埋め込まれている魔石なんかも調理場以外のものは根こそぎひっぺがしたグェ。しかし、それでもまだ僅かに魔力の流れを感じる場所があるグェ。弱いというよりは感知しにくいこの感じ…もしかすると、貴重な装備品やアイテムを保管している隠し部屋があるのかもしれないグェな」
「隠し部屋…デスカ…?」
それはちょっとワクワクしてしまうな…
「うむ。魔力を感じるのは西の地下辺りなのだが、入り口らしきものも見つからんしめんどくさくて調べていないグェ。ってことで、それも暇な時に調べておくグェ!」
「はイ………」
この仕事内容で暇な時などあるのだろうか…
ま、まぁ、城内図作りができそうなら隠し部屋探しもできるか。掃除するついでにちょっと探索するとかもアリだな。
スキマ時間を作って探してみよう。作れたらの話だけど。
「よぉし!説明は以上グェ!何か質問はあるグェ?我輩は偉ぁ~い上に忙しぃ~魔物ゆえグェ、次話すことができるのはいつになるかわからないグェよ!今のうちに聞くだけ聞グェ!」
「エ、エーット…エーッと…」
何か聞いておきたい気持ちはすごくあるんだけど、何もわからなくてわからないことがわからない。
俺が学生時代のバイト初日みたいな状態になっていると、親方が先に口を開いた。
「……オレタチ、カッテニアルキマワッテ、ヨイノデスカ?」
「うむ、よいぞ。働いていれば大抵なんでも自由グェ。ただし自分の身は自分で守るグェよ。あー、それで言うと城の周りにはでかいのや暴れやすいのをよく待機させているゆえグェ、用がないなら近寄らん方がいいグェな。うっかりぺっしゃりグェ」
「ヒぇ~!」
「キヲツケマス…」
「それと、先も言ったが上の階にいるのはアヌラールのところから来ているヤツらグェ。アヤツラは何かと意地が悪くおまけにねちっこい。絡まれると面倒グェ、そっちも長居はおすすめせんグェな」
確かにあんまり関わりたくないな…気をつけよう。
てかアヌラールって誰だ?聞いちゃうか。
「ソノ…アヌラール…というお方ハ、何者ナのでショウか?」
「デーモンやハーピィ、サキュバスなんかの気まぐれで癖の強い魔物を従えている魔王軍幹部グェ。蛇っぽい魔物も大体アヤツの管轄グェな。''妖姫アヌラール''の異名を持ち、その名の通り幻や誘惑といった妖術が得意で油断も隙もないヤツグェが…魔石に目がなくてのぉ~。土産のひとつでも持っていけばとりあえず身内に妙なことはせんグェ」
「へ、ヘェ~…」
その''土産''が用意できなかったらどうなるんだろう…
「ちなみに魔王軍幹部は全部で5体いるグェ。キサマラが直接会う機会などそうないだろうが、名前くらいは覚えておくとよいグェな。えー、古い順にプルガール、我輩、メディオ、アヌラール、そして…」
「こんなところにいたのね、インディセ。探したわよ」
「!」
インディセ様への質問タイム中、突然女性の声が聞こえてきた。
見上げると、禍々しい杖を手に持った背の高い女性が階段の踊り場に立っていた。
艶のある灰色の肌
血の様に紅い瞳は鋭く
白い絹の様な長髪から覗く尖った耳が印象的な、恐ろしくも美しい女性…
なのだが、それはそうと布が多いんだか少ないんだかよくわからない格好をしていて目のやり場に困るという印象が正直一番強い。
あの人は何故あんな格好なのだろう。
異世界のファッションセンスがああなのか、あの人のファッションセンスだけが問題なのか…
ただのゴブリンである俺にそれを知る術はないのであった。
「メニケか。どうかしたグェ?」
「……ちょっと、何そのゴブリン。なんでそんなのがここにいるのよ」
インディセ様から''メニケ''と呼ばれるその女性は、自身のすらりとした高い鼻に軽く手を添えながら俺と親方を明らかに汚らわしいものを見る目で見下ろしてくる。
ひどい!って一瞬思ったけど…
たぶん、本当にすごく臭いんだと思う…!!
すっかりゴブリンの生活に慣れて何も感じなくなってたけど、生まれてこのかた体なんて洗ったことないし、俺達ずっと血と油と獣と糞尿のにおいがするような村にいたわけだし…そりゃぁ臭いよね!
自分の家のにおいは自分では分からないみたいな感じで麻痺してた。
恥ずかしい…今すぐお風呂入りたい…
「こんなのとはなんグェ!コヤツラはこれからここの雑用係として存分に働く魔物グェ!言葉もよく話せる賢いヤツらグェ~!」
イ、インディセ様…!
「雑用係って…コレがその辺をうろつくってこと?勘弁してよ…たたでさえここは魔物臭くていられないのに、ゴブリンなんて尚更臭くてたまらないわ」
それに関しては本当にすみません。
「お前はほとんどここにいないグェ!ちょっとは我慢するグェ!」
「はぁ…屋上で話をしましょう。先行ってるから」
そう言うとメニケという女性は杖をカンッと地面に突くと、次の瞬間。
そこから黒い闇が吹き出すようして彼女の体を覆い…消えた。
「グェ~…メニケはわがままグェ」
「あ、あの方ハ一体…?彼女モ魔物ナンですか…?」
「いや、アレはダークエルフグェ。魔王軍幹部がひと指、''秘呪師メニケ''…アヤツはとにかく魔法が得意で、特に闇魔法と呪術に関してはヤツの右に出る者はいないグェ」
何それ本格的に怖いやつじゃん。怖。
「一番新入りなのに一番生意気で困るグェ~。というわけで我輩はもう行かねばならなくなったゆえグェ、質問タイムはこれにて終了グェ。キサマラ、しっかり働くグェよ!魔王軍の為の労働は魔王様の為の労働!せいぜい死なないよう気をつけながら頑張るグェ~!」
インディセ様は鼓舞しているのか脅しているのかわからない言葉を俺達に残しながら屋上に向かってパタパタと飛び去っていった。
俺はただ呆然と、飛び去るインディセ様のおちりを見つめることしかできなかった。
鳥のおちりって可愛いよね。
インディセ様のおち…姿が見えなくなると…
「……ハァ~~~~~~…」
緊張の糸が切れたように親方が深い溜め息を吐いた。
「……トリアエズ、ヘヤ、ミテマワロウ。アイテルヘヤ、サギョウベヤニシタイ。ソレニ、イチド、オチツキタイ……」
「デスネ…行きまショウ」
ゴブリン村でのゆったりとした生活に染まりつつあった俺の脳に、今日一日で叩き込まれた異世界情報はあまりにもみっちみちの過っ多過多でまだ頭の中が整理できていない。
歩いているといろんな不安が溢れてくる。
穏やかな村生活からいきなり危険と隣り合わせの城生活だなんてやっていけるだろうか。
魔王軍の為に働くことで間接的に人間を苦しめることになるのは嫌だ。
でもサボったら自分達がどうなるかわからない。
親方…今どんな気持ちなんだろう。
親方もきっとここでの生活は不安だし嫌だよな。
てか俺がついてきたこと、まだ怒ってるかな…?
そして俺達は今、どのくらい臭いんだろう…?
そんな数々の不安に押し潰されそうになりながらも、俺と親方は一旦落ち着けそうな空間を求めて城の1階を探索し始めた。




