――雪女編――
3
空腹で目が覚め、時計をみると午前五時だった。十時間も寝ていたようだ。下のベッドで萌はまだ寝ていた。僕は昨日の夕飯を電子レンジで温めた。食卓で、ご飯とおかずを交互に食べる。
朝のシャワーを浴びて、今日はいつもよりも早く家を出た。
学校に向かおう。
電車に乗り、座席に座る。乗車時間は三十分くらいなので、座っていないと疲れてしまう。上下左右に揺られながら、日課の妄想でもしよう。
今は電車の中なので、学園能力バトルの妄想だ。
昨日の帰りは、妄想どころではなかったので、続いていた日課を中断してしまった。遅れを取り戻す為に、話を進めよう。
どこまで話が進んでいるのかというと、中盤にさしかかっている。
日本は、全ての学園を能力開発専門機関として、正式に命名した。それは、各国が戦力拡大の為に、能力開発に意欲を示したからである。だからこそ、平和な日本も流れに乗らざるを得なかった。
僕は精密な動きと最速の早打ちを兼ね備え、二丁の特殊な拳銃を操ることで《ダブルガンマン》の異名を持つ。その二丁拳銃だが、実銃ではない。単なる手で模倣されたものだ。しかし指先からは、体内で作られたエネルギーを放出することができ、実弾よりも広範囲に影響を及ぼすことができる。
学園は平均能力値が高い順に1から100までランクが付けされ、僕のいる学園は最下位だった。いいや、存在しなかった。零というランクに位置するのだ。零学園では、事件の際、すぐさま招集がかけられ、能力者を抑えつける役割を果たす。
最強であるランク100の学園が壊滅したところで次の駅に到着した。
この後どうなるのか早く続きを妄想したいが、降りる駅に着いてしまったので仕方なく降りた。
学校の校門近くで中坂キリエ先輩を目撃した。周りの男子はキリエ先輩を見るのに夢中で、電柱に頭をぶつける者までいた。というか僕だった。
「いてて」
ひりひりと痛む額を手で押さえ、起き上がろうとするとキリエ先輩の綺麗な脚が、いい角度で拝めた。なぞるように上に視線を向けたら、スカートが邪魔をして、これ以上見えない。
あと少しで、パンツが見えるのに。
キリエ先輩のパンツが見たい。
ああ、パンツが見たい。
思ってしまったら歯止めが効かない。ああ、どうしようもなく、猛烈に女の子のおパンツが見たくなってきた。見たくて見たくてしょうがない。女の肉に食い込んだ布地は、この渇きを潤してくれるに違いない。衝動が抑えきそうにない。胸から飛び出そうだ。
この際、ばあちゃんのパンツでも妥協してしまうくらいパンツが見たい。
おパンツを見せろ。偶然風が吹き、スカートの中が見えないだろうか。
『パンツがなければ、おっぱいを吸えばいい。おっぱいは二つもあるんだからな』
そんな格言を残し、処刑された男爵がいたような気がする。
今はおパンツの気分なのだ。今おパンツが手に入れば、おっぱいさえも放棄しよう。
さあ、おパンツを!
しかし、いくら執着心を内に秘めていても、スカートの中が露わになるなんて、そんなことは起りえない。
だから、こんな時の為に妄想があるんだ。
僕の想像力なら、女子高生の制服が透けさせることだって可能だ。だけどそれは、敢えてしていないんだ。透視なんて芸が無い。スカート捲りにこそ、美学がある。
話すと長くなるので、一旦やめておこう。
さて、ハーレム帝国の王になるか。
我に遣えし神風よ。
女子の布きれを見せたまえ。
そしたら、まるで神様が僕の願望を叶えてしまったかのように、突風で一斉に目の前にいた女子高生のスカートが捲れ上がった。ピンク、水玉、縞々。様々な色合いをしたパンツが目に映り込んだ。
キリエ先輩のパンツは白だった。
「か、神風だ」
炭酸を飲んだような爽快感が全身を駆け廻った。待ちわびていた。この景色を拝む為に、生きてきたんだろう。
辺りに僕しか男がいなかったので、女子高生一同が「見たな」と頬を膨らまして睨んできた。これもまた素晴らしい光景だったが、彼女たちの視線に負けて、目を逸らしてしまった。
しかし、僕がパンツをみたいと思ったら、神風が吹き荒れたのだから驚いた。
これじゃあ、まるで、ハーレム帝国の王じゃないか。
風をおこし、スカートを捲る能力。
それが現実になったら、パンツが見放題じゃないか。
僕は生唾を飲んだ。
はっきり言って、真実の反逆よりも遥かに恐ろしい能力だ。スカートを穿いている女の子に対して、無敵と言っても過言ではない。
合法的に女の子のパンツが見られる。そして、スカートを抑えるので、両手が使えない。その隙を狙えば、どんな奴にだって勝てる。
少し想像しただけでも、この能力の恐ろしさが伝わってきた。
――なんて。
まあ神風は、ただの偶然だろう。
「園嵜君。大丈夫?」
安城は尻餅をついている僕に気付いたようで駆け寄ってきた。
「安城か。問題ない。我は平気だ」
そう言って、僕は立ち上がった。
「われ?」
「あっ」
僕は咄嗟に口を手で覆った。意識しないで、ハーレム帝国の王の口調になってしまった。
「いやー、頭を打って人格が変わっちゃったよ。はははは」
「なーんだ。一瞬、誰かと思ったよ」
なんとか誤魔化せたようだ。
「あれ? あれあれあれ? 今日の園嵜君、雰囲気変わった?」
「さっきのは冗談だよ」
「今も、どことなく変わってるよね? これも、冗談?」
「そうかな? そんなつもりはないけど」
昨日から、摩訶不思議な能力に目覚めてしまったとは言いにくい。
安城は不自然なくらいに僕を綺麗な瞳で見つめていた。
「なあ、安城。ブラック・ジョーカーってヒーロー知っているか?」
校門を通り抜けたあたりで思い切って安城に言った。
「聞いたこと無いけど?」
「実は昨日、狼男に出くわしたんだけど、ブラック・ジョーカーに助けてもらったんだ」
「狼男が出現したって、ニュースでやっていたけど、現場にいたんだ!」
「そうなんだよ。ブラック・ジョーカー強かったなー。将来、きっと国家公認のヒーローになると思うよ。あの狼男を簡単に倒したんだから」
「どんな、能力だったの?」
「んー、そこまでは分からないんだけど、兎に角強かったなー」
僕が安城に話していると、キリエ先輩は僕たちの前で立っていた。
「ねえ、君。その話、私にも聞かせてくれないですかね?」
僕たちの話を聴いていたのか、キリエ先輩は蠱惑的な笑みを浮かべて、僕に言った。
キリエ先輩と面識はない。安城も困った顔をしていた。
「いいですよ」
断る理由が無い。
「黒い仮面を被っていましてね、黒い衣装で身を包み、触れただけでコンクリートを砕いてしまうような、怪力でしたよ。狼男を圧倒していました」
「ふーん。それが、ブラック・ジョーカーなんですね。何か言っていなかったですか? 例えば、また現れるとか」
「また、現れる?」
僕にとある思惑が生まれた。ここで、時間と場所を指定すれば、安城とキリエ先輩が、黒の道化師を見に来てくれるかもしれない。
「言っていました。今夜、七時に再び駅前に現れると!」
「なるほど。ありがとうございますね」
キリエ先輩は満足したのか、三年の校舎に行ってしまった。
「それ本当なの?」
安城は目を輝かせていた。
「ああ」
「私、絶対行くよ! 園嵜君も一緒に行かない?」
「僕はいいや。用事があるんだ」
「えー、じゃあ、誰と行こう」
安城には友達がたくさんいるが、彼女がオタクだという事実を知る者は少ない。
「途中まで、僕もついてくよ」
「用事があるんじゃないの?」
「七時からだから、問題ないさ」
親指を立てて、下手くそな笑顔をした。
「笑顔、似合ってないぞ」
「あ。はい」
表情を失くすと、楽だな。たった一度の笑顔で顔が筋肉痛だよ。
「ところでさ、キリエさんと知り合いだったの?」
「いいや」
「知らないのに、話し掛けるの?」
「安城だって知らない人に話しかけているじゃないか。この前だって――」
「私はいいの。園嵜君は?」
「ないね」
即答した。
「園嵜君は?」
「死んでもしない」
また即答した。
「ほらね。普通はしないんだよ」
「……いや、僕が異常だと思う」
「え? 私が普通って言いたいの? 私が異常だよ」
「異端は僕だよ」
「むむむ。私は普通が嫌だ」
「僕は異常になりたくないだけど、異常なんだ」
「園嵜君は、普通だよ?」
「そ、そうかな」
「普通だよ。平均点だよ。偏差値50だよ。ドル円100円だよ」
「いや、為替に平均はないんだけどね」
「ザ・普通だよ」
一貫して普通と言われると、異常でありたいと思ってしまった。
「それでさ、キリエさんとは何もないんだよね?」
「ないよ」
「キリエさん。美人だから凄い人気だけど、男の人と話している所みたことないんだよね」
近寄り難いイメージがあるからだろう。
制服の色合いで僕たちが後輩だという事は分かっているだろうに、丁寧な口調だった。
古風でお淑やかな人だったな。
「誰かに似ているんだよな」
僕は独り言のように言った。
「誰って?」
喉のあたりで、名前が出てこなくなった。
***
時刻は七時になろうとしていた。
僕はトイレの個室の中で、苦悩していた。便秘だとか、紙がないとかじゃない。
――変身しない。
「どうして、変身しないんだ!?」
あと数分で七時になってしまう。これじゃあ、参上できないじゃないか。どういう原理で、ヒーローになったのか昨日のうちに解明しておくんだった。明日に回すと、ろくなことがない。
安城は建物の中で、ヒーローの登場を無垢な子供のように待っていた。
「これじゃあ、いいところなんか見せられないじゃないか」
そもそも、悪魔が出現しないのに、ヒーローが来るというのが矛盾している。
僕はやっぱり馬鹿だ。今頃になって気が付いた。
冷静になるんだ。
クールになれ、園嵜了。
黒の道化師になった時、僕は何をしていた?
何を考えていた?
そうだ。僕はあの時、妄想をしていた。
妄想……。
こんな緊急事態に妄想なんてしてられるか!
と、普通の奴なら思うだろうが、ここは敢えて妄想をする。
妄想は現実逃避するのに最高なんだ。
黒の道化師は狼男を倒して、ランク7になろうとしていた。とあるきっかけで、非公認では最大のランク7になるのだ。
――雪女がうって付けだ。
長い黒髪、雪のように真っ白な肌、白衣を着ている女。リアリティーを生み出す為、雪女の構想をする。
雪女が完成すると、サイレンがトイレの中でも聞こえた。
Wooooooooooooooooooooooooooooooooooo 。
あの時と同じだ。悪魔が現われたんだ。だとしたら、僕はきっと黒の道化師に変身しているはずだ。個室トイレから勢いよく飛び出して、鏡を見ると変身していた。
「ブラック・ジョーカー参上!」
鏡に向かってポーズを決めた。
そうとなったら、悪魔を倒すしかない。
トイレから出てみると、一面雪の世界だった。
秋なのに、雪が降っている。雪が積もった地面を歩くと、ざくりと音を出して足跡がついた。なんで、雪が降っているのだろうと小首を傾げていると、白衣をきた女性が目の前に立っていた。それは、僕が思い描いた雪女だった。
「貴様か、私を呼び寄せたのは」
雪女は僕に言った。人型で知能のある悪魔なら、言葉を発することが出来ることは知っているが、会話をしたという例はあまりない。
「何を言ってんだ! お前が勝手に出てきたんだろ! 今からこのブラック・ジョーカーがお前を退治する!」
「ほほう。私を倒すというのか。やってみるがいい!」
雪女は口元に手を置いて、吹雪を口から放出した。この吹雪に触れた物質は、冷気により凍ってしまった。僕も凍りかけている。
「あははは。どうだ? 寒かろう」
寒いだと?
何を言っているんだか。
「全く寒くないね。……ていうか、熱うううううううう!」
まるで火の中にいるようだった。これはクーデターの影響のようだ。長年この能力で戦ってきたが、まさかこのような弱点があるとは思いもしなかった。
「なんだと! 貴様には私の吹雪が効かないのか? ならこれはどうだ!」
雪女は、頬を大きく膨らまし、猛烈な吹雪で僕を襲った。
汗がとまらない。ぞうきんのように水分を絞りとられているみたいだ。
「熱熱! 違うんだよ! めちゃくちゃ、熱いんだよ! 頼むから一旦中止!」
「熱いだと!? やせ我慢のつもりか?」
雪女は悔しそうにしていた。
「やせ我慢じゃない! それなら、無駄無駄って言ってるよ! 本当に熱いんだって!」
「なら、より強い吹雪で――」
これ以上は勘弁してほしかった。僕は焼け死んでしまう。
しかし、吹雪は途絶えた。雪女も分かってくれたのかとちらりと見たら、憤怒の形相をしていた。僕の方を見ていない。雪女の視線の先を追うと、一人の女性が静かに立っていた。
――永遠の聖処女月夜、その人だった。
「憎い、あいつめ、この私よりも美しい」
綺麗な雪女が嫉妬してしまう程、その女性は美しかった。仮面を被っているが、その存在自体が美であった。
仮面を被っているのにも拘わらず、負けてしまったのだ。
雪女はそれが余計、癪に障ったのだろう。
永遠の聖処女月夜は綺麗な黒髪を手で払って、僕に言った。
「随分、苦戦をしているようね。ブラック・ジョーカー」
何故、非公認ヒーローにも登録されていない、無名の新人である僕の名を知っているのだろう。
「憎たらしい女。私よりも美しい存在があってたまるかああああ。殺してやる」
雪女は月夜に向かって、凍てつく吹雪を浴びせた。
「ははは、死んだ! これで、私が最も美しい女だ」
「殺すのは無理だ」
と僕は有頂天になっている雪女に言った。
「永遠の聖処女月夜は――不死身なんだ」
「なに?」
吹雪で舞い上がった雪は、静かに地面に落ちていく。先が見えない程悪かった視界が徐々に戻ると、巨大な大木が生えていた。その後ろから月夜が姿を現した。
「腕が凍傷してしまったようですね」
「ふふふ。凍傷した女は醜い。私の方が美しい。はははは」
雪女は大笑いしながら声を荒げていた。
「だけれど、もう治ってしまいました」
「は?」
雪女はあっけにとられていた。
月夜は雪女に近づき、種を差し出した。
「これを食べたら美しくなれますよ」
「本当か?」
「ええ、勿論です」
雪女は奪い去るように、種を取って呑み込んだ。
「これで、美しくなるんだろうね」
「そうですね。……美しく散りなさい」
――転生美。
雪女の身体が一瞬で肥大し、弾け飛んだ。そして、成長しきった大樹が雪女の身体の中から、跳ね出てきた。
雪女の肉片は、仄かな光となって僕と月夜に吸収された。
光が全て無くなると、美しい佇まいをしている月夜に話しかけられた。
「貴方ですよね。雪女と満月の日に狼男を召喚したのは」
あまりにも可憐で、見惚れてしまっていた。
「人々を巻き込むことなく、勝てたからいいものの、満月の日に狼男の召喚は御法度ですよ。凶暴化し、周りの一般人にも危害が加わります。ヒーローなら、そのくらい知っていますよね? しかも、自作自演だなんて、美しくないです」
「す、すいません」
とりあえず僕は謝っておいた。人々を助けたのに、どうして説教を受けなければならないのだろう。そんなことより、国家公認に最も近い月夜に出会えて感激だった。僕はずっと、ファンだったのだ。ヒーローの理想像というか、彼女の正義は美しい。「美しいが正義」と公言しているくらいだ。絶対的なヒーローの前で、僕は緊張してしまった。精神的に、クーデターは干渉できないので役に立たない。
「ですが、凶暴化した狼男を倒すなんて強いじゃないですか。雪女の吹雪にも余裕で耐えていましたし」
「あ、ありがとうございます」
「だとするなら、貴方は危険ですね。名が知れていないというのが更に不気味。……貴方は暗黙の掟を破った。よって、七星として制裁を与えます。覚悟してください」
七星とはランク7の非公認ヒーローだけが所属を許される組織の事だ。
「ちょっと、待ってください!」
「貴方は罪を認めた筈ですよ」
「それは、言葉のあやというか」
「じゃあ、たまたま満月の日に狼男を召喚したというのですか?」
「そうなんです! 偶々なんです。それどころか、僕はヒーローになったばかりで右も左も分からない新人なんです。信じてください! それに、召喚って何なんですか? 確かに、満月が綺麗だから、狼男の事を考えていましたけど、そしたら本当に狼男が出現して、何時の間にか仮面をつけていて、能力にも目覚めていて」
僕は真摯に、月夜に全てを伝えた。仮面を被っているので、表情は読み取れないが月夜は固まったまま困惑しているようだった。
「普通なら尻尾蒔いて逃げるか、無謀に挑んでくるんですけど、このような言い訳は初めてですね。ちょっと、新鮮かも」
「だから、僕は本当に新人なんですって。子供に罪はないって言うでしょ」
「それは、少し意味が違うと思うけど」
「とにかく、僕は禁止されていることを知らなかったんです」
「……新人君だったのですね」
面倒臭そうに鼻から息を出して、月夜は背を向けた。
「ついてきてください。正義のヒーローに育てるのも、私たちの役目ですから」
「どこに行くんですか?」
「それは秘密です」
変身しているので、多くの人に指をさされた。目立ってしまうのは仕方ない。
人が寄り付かないであろう廃墟のビルに行き着いた。
この廃墟のビルは地元でも有名だった。突然、呻き声が聞こえたり、人の影が見えたりなど、オカルト的な噂が多かった。
外装は、今にも崩れ落ちそうなビルなのだが、内装はとても綺麗に片付いていた。階段で二階に上がると、高級ホテルの一室なのではないかと目を疑った。
ソファーがあり、木造りのテーブル、床には複雑な模様の入った絨毯。ここに住んでしまいたいと思った。
「そこに座ってくれますか」
月夜の指示を受けソファーに座ると、フカフカで腰が癒された。
「新人のようだから何も知らない前提で話すけどいいですよね?」
僕は肯いた。
「最近、衝撃的な体験をしませんでしたか?」
「はい、しました」
「やっぱり。多くの能力者は人生観が一八〇度変わってしまう体験をして、力を開花させているんです。ヒーローだけではなく、世界的に活躍している人たちも力に目覚めた者なんです。例えば、ミュージシャン。例えば、政治家。例えば、スポーツ選手。皆それぞれの理想に沿って、人生を歩んでいます」
僕の永遠の謎だと思っていたことが、解かれたのだった。どうして自分は優れた人ではなかったのか。それは、目覚めていなかったからだ。
逃げていてばかりで、体験することが出来ていなかったのだろう。
「その力なんですが、なんだか、不思議なことばかり起るんですよ。というか、些細な幸運が続いているって言うのかな。パンツ見たいと思ったら女の子のスカートが捲れたり、雨だった天気は晴れるし、これってその力が関係しているんですよね」
「その通り。誰がどのように与えるのかは噂程度の憶測しかなく不明だけれど、力だけは解明されています。――理想を現実にする力。このようなものだと解釈してください」
「なるほど。理想が現実に――」
胸躍った。全身鳥肌が立っている。
僕はいま漫画の世界にいるようなものだ。
「貴方はまだ、理想が固まっていないみたいだから、その曖昧さから、怪奇な現象が起こっているようですね。安心しなさい。私もそうだったから」
「どうすれば?」
「理想の自分を創造しなさい。そして確固たる想像は、現実になる」
「じゃあ、変身もその力の影響ですか?」
「そうですね、変身ではなく、正確には物質を生み出しているんです。一流のマジシャンはそうやって物を出現させています。でも、向き不向きがあるから、真似しなくていいですよ。完全に分子構造や仕組みを理解しなきゃできないから、難しいんですよ」
「頭が弱い僕には無理ですね」
……。
理想を現実にする力と聞いてから、嫌な予感がしてならない。
絶対にあってはならないのに、あるはずが無いのに、どうしようもなく辻褄があってしまうことがあったのだ。
「あのぉ」
このわだかまりを一刻も早く解消したくて、僕は訊いた。
否定だけをしてくれればいいのだ。
そんなことあるわけないじゃない、と言って欲しかった。
「雪女は私を呼び寄せたのはお前かって言ってきたんですよ。確かに、雪女の事は考えていましたけど、そんなの偶然ですよね。理想が現実になるけど、まさか、悪魔を生み出せるなんてこと出来る訳……」
偶然だ。
狼男も、雪女も偶然なのだ。
月夜は声に出して笑った。この笑いが、どちらに転ぶか分からなかった。
「あなた不思議に思ったことはないんですか? 陸地総面積148,940,000 km^2をたった千人程度のヒーローたちで護っているのか。悪魔は神出鬼没だったなら、物理学的に不可能ですよね」
「まさか――」
前兆により、間に合っているのだと思っていた。
でもそれは――違う。
「そう、非公認ヒーローたちの多くは自作自演で賛美を得ているのよ」
「う、嘘だ。そんな」
僕の憧れていたヒーロー像が崩れ落ちていく。
あの輝かしい存在感を放っていたのも全ては偽りだったのか!?
「残念でしょうけど、真実です。反吐が出てくるでしょ? だから私は、そういうことはしないって決めているんです。美しくないから。――雪女が現われるのを望んだから、雪女は出現したのです。それを召喚といいます。理想を現実に変える力は、架空の存在を召喚することも可能。だけれど、構想するまでに書物を何日も読み、完全にインプットすることで、やっとアウトプットが可能となる。想像力豊かな人は、一瞬に召喚できてしまうらしいですけど」
「じゃあ、十年前から出てくるようになった悪魔は、全部、ヒーローたちが……」
「いいえ。そうとも限りません。召喚を苦手にしている人だっていますからね。でも、多くのヒーローは自分で狩る分しか出現させない。そして、けっして人を襲わせる目的ではないです。少なくとも私そうですし、私たちが許しません」
「……みんな、称えられたいから召喚しているんですか?」
「それもあるだろうけど、一概には言えませんね。恐らくこの理由がもっとも大きい。なぜ、このようなことをするのかというと、悪魔を倒したあとに発生する光を吸収することで、理想をより現実にする力が高まるから。叶えるたびに光を消費してしまうから、いわば、補充のようなものなんです。あなたも悪魔を倒して、光を吸収したのなら、理想が現実になりやすくなったはずです」
だったら、能力なしで強い人間になれるだろうか。
最弱ではなく、強い人間になりたい。
「だけれど、例外的に被害を目的に悪魔を出現させる困った輩がいるのも事実なんです。だから、ヒーローたちは光を集めるのと他に、尻拭いの為にやっているのかもしれませんね。私がそうですから」
「国家がどうしてそれを許しているんですか! 被害がでているなら取り締まるべきじゃ」
「だから、言ったでしょ。権力者も理想を現実にする力を持っているから、ことが知られると偉い人たちもまずいことになる。こういうことだと私は思っています。ヒーローだけが特別だと思っていたのなら、考えを改めた方がいいですよ」
「……僕はもう自作自演はしません」
安城と約束したヒーローは、正義のヒーローだ。詐欺まがいなことは絶対にできない。
「そう言ってくれて嬉しいです。貴方は強いから、きっといいヒーローになると思います」
「はい」
偽りのヒーローではなく、正義のヒーローになろう。
「そういえば、月夜さんは、どうして国家公認にならないんですか?」
その方が、名声やランクも上がるだろう。
「なってしまうと、自由がきかないんですよ。悪魔だけが悪ではない。悪事を働く人間もいるでしょ? 公認になってしまうと、ヒーロー同士の決闘は許されていないから」
「悪のヒーローがいるからですか?」
「そうですね。禁を破る者もいます。例えば満月の日に狼男を出現させるのは禁止されていると言いましたけど、それは、狼男が満月の日だと最大の力を発し、さらに、凶暴化してしまうからです。満月の日ではなくても狼男は召喚させることは可能ですから、わざわざ危険な真似を犯さなくてもいいわけですよ」
被害を最小限に収めるために、禁止しているようだ。
「でも、それを絶対悪とはしていません。本当の闇はもっと黒い物です」
「……闇を正す為に、ヒーロー同士で闘うんですか?」
「私はそうです。しかし、他の人は違うかもしれません。どうせなら、最強の称号が欲しいでしょ? 一番になりたいとは思ったことはありませんか? 頂は常に一つしかないから争うしかないんですよ」
最弱の僕にとって最強という肩書とは無縁だった。
世界でもっともかけ離れているだろう。
「僕はとりあえず、デビューしたいです」
「デビューですか。雪女は私が倒してしまいましたし、ブラック・ジョーカーのデビューはまだ先のようですね」
「精進します」
僕はいつも裏目に出るのだけれど、今回ばかりは善い目が出て欲しいものだ。




