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第15話_教えるのはこの一問

三輪のプリントには、俺のより赤い印が少なかった。


「結構、できてるじゃん」

「分からない所、まだ丸つけてないだけ」


放課後の図書室で、俺は言葉を引っ込めた。

窓際の長い机には、二人分の英語の教科書とノートが並んでいる。試験範囲のプリントは、番号もページも同じだった。昨日気にしていたことは、見せ合った最初の一分で解決した。


そのまま帰るには早くて、俺たちは和訳を一問だけ確かめることにした。

先に三輪が、ここと、鉛筆で指した文を見る。


I found that novel hard to put down.


「ああ、これ。昨日やった」


俺はノートを寄せた。

自分の訳を見れば、説明もできると思ったのだ。


「この小説は置きにくかった、って。最後が、本を下に置くことだから」

「置きにくい?」

「うん。ここのhardが難しいって意味で」


三輪が机の上の教科書を一度見た。

それからプリントへ視線を戻す。


「重いとか、そういう本なの?」

「いや……分厚いって話は、前にもないな」


今、初めてそこが気になった。

三輪は文の後ろへ鉛筆を置いた。


「面白くて、読むのやめられないってことじゃない? 本を置けない、って」


俺は自分のノートを見た。

本を置きにくいと思った、と書いてある。昨日はそれで先へ進んだ。


「……そっちかもしれない」

「でも、最初は見つけた、なんだよね。私、そこで分からなくなった。手に入れたってこと?」

「ここは、そう感じた、の方。小説を見つけたっていう文じゃなくて、小説がどうだったか」


俺が教科書の該当する所を開くと、三輪も身を少し寄せた。指を置いたページに、同じ構文の例がある。


「じゃあ、前半は私が違ってる」

「後半は俺だな」


二人で黙って文を見た。

俺は電子辞書を出し、put downを調べる。文字を追ってから画面を彼女へ向けると、三輪が、やっぱり、と小さい声で言った。


「読むのをやめる、って使うんだ」

「うん。重い本じゃなかった」


図書室なので、二人とも声を抑えて笑った。

俺は自分の訳を消し、面白くて読むのをやめにくかった、と書き直す。三輪も、自分のノートの最初の方を消した。


「昨日、これで合ってるつもりだった」

「榎本、最初すぐ分かるって顔してたもん」

「そういうの、見なくていいよ」

「見えるよ。向かいにいるし」


三輪が笑い、俺も諦めて頷いた。

教えるつもりで寄せたノートを戻す。彼女の前で自信を持って開いた所に、大きい消し跡ができていた。


隣の机では、別の生徒が黙って参考書を読んでいる。

三輪は次の文へ進みかけ、またこちらを見た。


「こっち、自分でやってみる。分からなかったら聞いていい?」

「俺も分からなかったら、聞くけど」

「うん」


俺たちはしばらく別々の問題を解いた。

彼女の鉛筆が止まると、俺もつい顔を上げる。でも、すぐに続きを書き始めたので、自分のノートへ戻った。


一問のつもりが、時計はもう十五分進んでいた。

俺は最後の句点を打ち、ペンを置く。


「俺、そろそろ帰る。家でもうちょっと数学やりたい」

「私も帰ろうかな」


三輪はプリントを重ねながら、端に書いた短いメモを確認していた。

自分の範囲の上に、英語、と少し大きな字で書いてある。


「なくならなかったな。英語の時間」

「今日は数学を先にしてないから」


昨日の話を拾うと、彼女はすぐ返した。

俺も教科書を鞄へ入れ、消しゴムのかすをまとめる。三輪の方からも少し寄せられて、紙の上で一緒になった。


図書室を出ると、廊下の声が思ったより大きかった。

俺たちも、いつもの声へ戻る。


「あとで、もう一回自分で訳してみる」

「俺も。次は本、普通に置けるようにしとく」

「やめられないんでしょ、読むのが」

「分かってる。今度は」


三輪が笑った。

俺も笑って、階段を下りる。靴箱までの間に、彼女は今日帰ったら数学をすると話した。俺は同じくらいやるつもりと答えたが、ページ数は、まだ言わなかった。


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