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幕間⑥「メアリー・チューリングの日報」

## 業務日報 メアリー・チューリング(出向:株式会社みそぎ屋)


### ○月○日(出向四日目)


本日の業務:売場分析、改善提案(一件・却下)


所感:


信じられない。この店には、POSデータというものが存在しない。存在するのは手打ちの旧式レジと、そこに宿った付喪神の記憶だけだ。在庫管理は店主の目視と「なんとなく」。発注は勘。値引きは権能。これで経営が回っていることが、私の知るあらゆる経営理論への冒涜に思える。


改善計画(優先順位順):

一、POSシステムの導入(※付喪神が「ボクがPOSだもん」と主張して抵抗。要調整)

二、棚割りの動線最適化

三、低回転売場(漬物)の整理

四、値札の印字化

五、朝礼の導入(現状、朝礼に相当するものが「レジ前の雑談」しかない)


本日、三について提案を行ったが、パートタイマーの山田氏より反論を受けた。反論の内容は定性的なものであり、数値的根拠を欠く。欠くのだが、再反論できなかった。「あの三十分は表のどこに載っているの」という問いに対する行が、私のスプレッドシートに存在しなかったためである。


表が、完成していない。分析をやり直す。


### ○月○日(出向五日目)


本日の業務:配達同行(三件)、地上げ案件対応(二件)、フィールドワーク


所感:


配達に同行した。電球を替え、賞味期限を延ばし、原価割れの詰め合わせが「命綱」と呼ばれるのを見た。いずれも売上に計上されない。計上されないが、これらが売上の「原因」の側であるという店主の主張には、検討の価値がある。


仮説:当店の競争優位は、価格でも品揃えでもなく、顧客の生活への解像度である。本社の解析モデルは決算書(結果)を扱っていた。この店は原因を扱っている。原因の側は、データ化が困難である。困難だが、不可能とは限らない。少し観察して、今後に活かしたい。


漬物コーナーについて:提案を修正する。廃止ではなく、樽の前に椅子を一脚置くことを提案する。三十分の立ち話は、高齢の顧客の膝に負担であるため。回転率は下がるが、そもそもあの一坪の機能は回転ではなかった。機能の定義を誤ったまま最適化を行うと、店が壊れる。危ないところだった。


朝礼の導入は、取り下げる。レジ前の雑談が、朝礼よりも高機能であることを確認したため。


---


(私的メモ・業務日報には含めない)


 出向四日目まで、この店を「分析対象」として見ていた。五日目の今日、軽トラの助手席で、自分がメモを取るのを忘れて話を聞いていたことに、あとで気づいた。分析者がメモを忘れるのは、職務怠慢だ。でも、あの時間を怠慢と呼ぶ行が、やっぱり私の表には存在しない。


 御削零について。


 あの人は、私が泣いたことを、誰にも言わなかった。翌朝、何もなかったみたいに「朝九時な」だけ言って、軽トラの助手席のドアを開けた。慰めなかった。励まさなかった。ただ、仕事をくれた。……It worked. 悔しいけれど、あらゆるカウンセリング理論より、効いた。


 あの人のことが、少し気になる。


 ——という文が今、日報の下書きに紛れ込んでいたので、削除する。これは観察対象への学術的関心であり、フィールドワークの一環であり、それ以上のパラメータは検出されていない。Not a single one. 検出されていないったら、されていない。


 明日は火曜日。後藤さんが、きゅうりを買いに来る日だ。樽の前の椅子、発注しておいた。座り心地は、私が先にテストする。……業務として。

「チューリングの日報」お読みいただきありがとうございました。「機能の定義を誤ったまま最適化を行うと、店が壊れる」――メアが自分のロジックのままで答えに辿り着くところを、どうしても書きたかった幕間です。


次回のタイトルは「葛の葉」。彼女の名前が、そのまま題になる回です。月の綺麗な夜の話を、静かにお届けします。


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