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神様、仏様、あるいはこの理不尽な乙女ゲーム『聖女の祈りは星空に届く』の世界を創り上げた鬼畜な開発者様。
もしも私の声が届いているのなら、今すぐ私の目の前にいるこの男を、直径十メートルの巨大な隕石か何かに巻き込んで跡形もなく消し去ってくれないだろうか。
「どうしたんだい、ルシアナ? スープが冷めてしまうよ。それとも、俺に食べさせてほしいのかな? 遠慮はいらない、君の望むことなら、俺はどんな破廉恥な真似だって喜んでしてみせる」
公爵邸の広大な食堂。朝陽が燦々と降り注ぐ特等席で、私の夫であるルファス・フォン・オブシディアンは、それはそれは恐ろしいほどに甘ったるい笑みを浮かべて私を見つめていた。
漆黒の髪を上品にハーフアップにし、まるで高級なサファイアを嵌め込んだかのような深い青の瞳は、今や私以外のものを一切映していない。顔面偏差値は相変わらず国家転覆レベルだが、その瞳の奥に宿る熱量は、明らかに一線を越えて「ヤンデレ」の領域に足を踏み入れていた。
「いいえ、旦那様。自分で食べられますわ。……それと、スプーンを握る私の手に、いちいち、あなたの指を絡めるのはやめていただけないかしら」
「なぜだい? 俺たちは愛し合う夫婦だろう。君が俺のために、敵を一撃で撃ち抜いてくれたあの日から、俺は一分一秒たりとも、君の肌の温もりを離したくないんだ」
彼は私の拒絶を「照れ隠し」と都合よく脳内変換し、なおも私の手を握りしめてくる。その力加減は、私の華奢な(悪役令嬢仕様の)骨を折らないよう、信じられないほど繊細にコントロールされていた。
違う。違うのよ。
私はあの時、お前の後頭部をクロスボウでブチ抜くつもりだったの。お前がたまたま足元の雑草を毟るために屈んだから、後ろに隠れていた敵に当たっちゃっただけなの。
なんで「愛する夫を救うため、自らの手を血に染めた戦女神」なんて二つ名が、騎士団の間で定着しているのよ。おかしいでしょ。
前世の限界OL時代、私はどんな無理難題なプロジェクトも、持ち前のロジカルシンキングと根性でクリアしてきた。
しかし、この「夫暗殺プロジェクト」に関しては、どう足掻いても結果が『夫の好感度爆上げ』というバグ仕様のゴールに辿り着いてしまう。
毒殺を企てれば不治の病を治し、階段から突き落とせば敵の罠から救い出し、射殺を試みれば未確認のSランク魔獣を討伐する。
私の殺意が高まれば高まるほど、ルファスの生命力と私への信仰心が増していくという、最悪の永久機関(永久ループ)が完成しつつあった。
「ああ、そうだ。ルシアナ、今日の夜会の件だが……」
ルファスが思い出したように、私の手の甲に軽く口付けを落としながら言った。
「王宮から、今夜催される『建国記念大夜会』の招待状が届いている。本来なら、君の体調を最優先にして欠席するところだが……今回は国王陛下直々の要請だ。どうやら、俺の命を二度も救った『稀代の賢妻』である君を、ぜひ拝ませてほしいらしい」
「……は?」
私は思わず、淑女らしからぬ素っ頓狂な声を上げてしまった。
王宮の夜会? しかも、私が主賓のような扱いになっている?
「大丈夫だ。君に無礼を働く者がいれば、たとえ貴族であろうとも俺がその場で首を跳ねてやる。君はただ、俺の隣で世界で一番美しい薔薇のように微笑んでいればいい」
物騒極まりない俺様セリフを爽やかにのたまう夫を見ながら、私の脳内は高速で思考を開始した。
王宮の夜会。
これまでの自宅(公爵邸)やプライベートな狩猟場とは違い、完全なるアウェイ。そして、大勢の貴族たちの目が光る社交の場。
ゲームのシナリオ通りであれば、悪役令嬢ルシアナはこのような夜会でヒロインにいやがらせを行い、周囲のひんしゅくを買うのがお決まりのパターンだ。
だが、現時点でヒロイン(聖女)はまだ学園に入学しておらず、表舞台には出てきていない。
つまり、今夜の夜会は——純粋に、私の四度目の暗殺計画を実行するための、最高の舞台になり得る。
「王宮の夜会……。喜んでご一緒いたしますわ、旦那様」
私は悪役令嬢らしい、酷薄で妖艶な笑みを浮かべた。
人目が多ければ多いほど、事件はアリバイ次第で「不慮の事故」として処理されやすい。王宮の広大な庭園、華やかな料理、そして大量に振る舞われる最高級のワイン。
よし、ターゲットは『ワイン』だ。
前回の毒殺は、ルファスの特異体質のせいで特効薬になってしまった。ならば今回は、体質など関係のない、純粋な『アプローチ』を補助するための薬を使う。
私が目を付けたのは、お馴染みの隠し知識から、天界の麻痺草『千日草の根の粉末』だ。特定の隠し場所に一つだけ生えている隠し植物。
これは純粋な毒ではない。ただの強力な筋肉弛緩剤だ。摂取すると、意識はハッキリしたまま、全身の筋肉が完全に弛緩し、指一本動かせなくなる。魔法的な「毒検知」にも引っかからない、ただの強い嗜好品の一種として分類される代物だ。
今夜の夜会、バルコニーで二人きりになった瞬間、彼のグラスにこれをササッと仕込む。
そして、全身が麻痺して動けなくなったルファスを、そのままバルコニーから突き落とす。
彼は酔っていた。そういうよくある事故だ。なにせ高層なのに、手すりがなぜか低いという、お約束でやりやすい。
下には、王宮の名物である「底なしの魔力池」があるが、あの高さなら、水でもコンクリート並みの強度になり、問題ないだろう。まさに完璧だ。
その池は、触れた者の魔力を根こそぎ吸い取る(本来の仕様)という特殊な液体で満ちており、いかに規格外のルファスが一命を取り留めても、魔力を吸い尽くされ、瀕死の身体では溺死するだろう。
これなら彼のクソ高い生命力も、3段構えによって完全に無力化できる。
今度こそ、今度こそ私は悲劇の未亡人となり、前世からの悲願である「何もしないスローライフ」を手に入れるのだ。
───
夕刻。公爵邸の私の支度部屋は、お祭り騒ぎのような騒がしさだった。
ルファスが「我が妻の美しさを国中に知らしめる」と言って発注したドレスは、最高級のシルクを贅沢に使い、夜空の色を溶かし込んだような深いネイビーブルーのものだった。ドレスの裾には、歩くたびにきらめく魔法のダイヤモンドが散りばめられている。
「まあ……! 奥様、なんてお美しいのでしょう! まるで夜の女神そのものですわ!」
メイドのマリーが、目をハートにして私の髪を結い上げながら感嘆の声を上げる。
鏡の中に映る私は、確かに恐ろしいほどに美しかった。真紅の髪と、ネイビーブルーのドレスのコントラストが、悪役令嬢としての完成度を極限まで高めている。
「旦那様もお待ちかねですわ。さあ、お行きになってください、我が公爵家の誇れる大聖女様!」
「マリー、その大聖女って呼ぶの、本当にやめて頂戴……」
私は深いため息を吐きながら、ドレスの隠しポケットに、厳重に梱包した『千日草の根の粉末』が入った小瓶が収められているのを確認した。よし、準備万端だ。
玄関ホールに降りると、そこには同じくネイビーブルーの礼服に身を包んだルファスが待っていた。私たちが並ぶと、完全にペアルックである。
ルファスは私を見るなり、その青い瞳を大きく見開き、息を呑んだ。
「ルシアナ……。ああ、神よ。俺は今、自分の独占欲と戦うので必死だ。こんなに美しい君を、他の男たちの目に晒さなければならないなんて、夜会を今すぐ中止にしたいレベルだよ」
「お戯れを、旦那様。さあ、馬車が待っておりますわ」
私は彼の甘ったるい言葉を完全にスルーし、促した。ここでまともに相手をしていたら、私の精神が持たない。
王宮へと向かう馬車の中、ルファスはずっと私の手を握り、指先や手の甲に飽きもせず口付けを繰り返していた。
「ルシアナ、今夜の夜会では、第一王太子殿下とその一派が接触してくる可能性がある。彼らは最近、俺の権力を削ごうと躍起になっているからね。何か不快なことを言われたら、すぐに俺に言うんだ。彼らの領地を一つ二つ、物理的に消し飛ばしてあげるから」
「……穏やかではありませんわね。私はただ、旦那様のお隣に静かに控えているだけですわ」
(そう、お前が池に落ちるその瞬間まではね!)




