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夫を始末しなければ、私が破滅してしまう  作者: 逆立ちハムスター


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4/4

必殺クロスボウがもたらす勘違い

「環境を変えよう……」


私はバルコニーで風に吹かれながら、そう決意した。

公爵邸という土俵は、ルファスにとって有利すぎる。それに最近は暗殺者が頻出していて、私の殺意とプロの殺意がバッティングして事故(奇跡)が起きやすい。

もっと自然で、人目がなく、事故が起きても不自然ではない場所。


「ルシアナ、こんなところで風に当たって、風邪でも引いたらどうするんだ」


背後から、毛皮のショールが私の肩にフワリと掛けられた。

振り返らなくてもわかる。無駄に顔が良くて無駄に生命力の高い、私の夫だ。


「旦那様。……実は、少しお願いがあるのですけれど」

「何だ? 言ってみろ。君の願いなら、空の月でも落としてこよう」

「月は大きすぎます。それよりも……最近、少し息が詰まってしまって。もしよろしければ、公爵家が所有する『黒百合の森』へ、狩りにでも行きませんか?」


私がそう提案すると、ルファスは少し驚いたように目を見開いた。


「狩り、か。君がそのような嗜みに興味を持つとは珍しい。……いや、そうだな。最近は屋敷の中で物騒な事件が続いた。気晴らしに大自然の中で身体を動かすのは良いかもしれない」

「ええ。それに私、旦那様の勇ましいお姿を拝見したくて」

「……ッ!」


私が上目遣いで微笑むと、ルファスの頬が微かに朱に染まり、彼は口元を手で覆った。チョロい。この男、冷酷無比な氷の公爵だったはずなのに、完全に絆されている。


「わかった。すぐに手配させよう。俺が直々に、君のために最高のハンティングを披露してみせる」

「楽しみにしていますわ(その最高の獲物はお前の命よ)」


狩猟事故。

それは中世ヨーロッパ風のこの世界において、最もポピュラーで、最も揉み消しやすい「死因」の一つだ。

流れ矢が当たった。馬から落ちた。魔獣に襲われた。

深い森の中であれば、私が背後からクロスボウで彼の頭を撃ち抜いても、「森の奥から賊が飛び出してきて、防戦の末に相打ちになった」と証言すれば、誰も疑わない。何しろ今の私は「夫を愛してやまない献身的な聖女」なのだから。

完璧だ。これぞ完全犯罪。


そして三日後。

私たちは公爵家専用の狩猟場、『黒百合の森』の奥深くに足を踏み入れていた。


うっそうと茂る巨大な木々。陽の光は遮られ、昼間でも薄暗く、どこか神秘的な空気が漂っている。

ルファスは漆黒の愛馬に跨り、私に危険が及ばないよう少し前方を歩いている。私は少し小柄な白馬に乗り、彼の背中をじっと見つめていた。

護衛の騎士たちは、ルファスの指示により「夫婦水入らずの時間を楽しむため」という名目で、連れて来ていない。


今、この空間には私とルファスしかいない。

絶好のチャンスだ。


「ルシアナ、見てみろ。あそこに『銀角の鹿』がいる。あれの角は、粉末にして煎じると不老長寿の薬になるという言い伝えがあるんだ。君にプレゼントしよう」


ルファスが前方を指差し、弓を構えた。

彼の注意が完全に前方の鹿に向いている。


(……今だ!)


私は音を立てないように、鞍に括り付けておいた小型だが威力の高い『連射式クロスボウ』を手に取った。

標的は、ルファスの無防備な後頭部。

この距離なら、いかにルファスでも回避できない。矢が頭蓋骨を貫通すれば、即死だ。


(ごめんね、ルファス。あなたのことは嫌いじゃないけど、私が生き残るためにはあなたに死んでもらうしかないの。来世ではヒロインと幸せになってね!)


私はクロスボウの照準を、彼の延髄にピタリと合わせた。

深呼吸を一つ。指が引き金に掛かる。

そして。


死ねッ!!


心の中で叫びながら、引き金を引いた。

シュガッ!!!

という鋭い発射音と共に、鋼鉄の矢がルファスの後頭部めがけて一直線に飛んでいく。

完璧な軌道。命中を確信した、まさにそのコンマ一秒の出来事だった。


「ん? ルシアナ、足元に珍しい『星屑の蘭』が咲いているぞ」


ルファスが、突如として身を屈め、ピックアップで馬の脇に生えていた小さな花を摘もうとしたのだ。


「……えっ?」


ヒュンッ!!!

私の放った必殺の矢は、身を屈めたルファスの頭上があった空間を、わずか数ミリの差で通過していった。


(嘘でしょ!? 避けた!? いや、たまたま屈んだだけ!?)


絶望に染まる私の目の前で、ルファスを通り越した矢は、そのまま真っ直ぐに飛んでいき——。


アァァァァァァァァァァッ!!!!


森の静寂を切り裂く、鼓膜が破れそうなほどの悍ましい悲鳴が響き渡った。


「な、何だ!?」

ルファスが剣を抜き放ち、振り返る。


矢が突き刺さった空間。そこには何もないはずだった。

しかし、空中に突然、ドス黒い血が噴き出し、空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、巨大な体躯を持ったバケモノが姿を現したのだ。

漆黒の毛並み、四つの赤い目、そして巨大な毒牙。

それは、周囲の景色に同化する『完全透明化』の能力を持つ、シャドウ・パンサーだった。


そのシャドウ・パンサーの額のど真ん中——最も硬い頭蓋骨の隙間にある、たった数センチの『核』に、私の放ったボルトが、深々と、文字通り寸分の狂いもなく突き刺さっていた。


「グルルゥゥ……ッ!!」


シャドウ・パンサーは断末魔の叫びを上げ、ドスーン! と地響きを立てて倒れ伏し、絶命した。

その口先は、先ほどまでルファスがいた場所の、わずか数センチ手前まで迫っていた。

つまり。

シャドウ・パンサーは透明化して、馬とルファスに飛びかかろうとしていた。

私はルファスの頭を撃ち抜こうとして矢を放った。

ルファスがたまたま花を摘むために屈んだ。

私の矢が、ルファスを飛び越えて、ルファスに襲いかかろうとしていた透明なシャドウ・パンサーの急所(見えない核)を奇跡的な確率で撃ち抜いたのである。


「…………」


私はクロスボウを持ったまま、石像のように固まっていた。

ルファスは倒れた魔獣と、私の持っているクロスボウを交互に見つめ。

そして、ゆっくりと私に歩み寄ってきた。


「ルシアナ……君は……」

「ち、違いますわ旦那様! これは、その、手が壮大に滑って!」

「俺ですら気配に気づけなかった、完全透明化の能力を持つ魔獣。それが俺の首を食いちぎろうとしていた瞬間に……君はそれに気づき、俺の頭越しに、あの小さな魔石の核を、一撃で撃ち抜いたというのか……!?」


ルファスの声は、もはや畏敬の念すら通り越し、神の奇跡を目の当たりにした信者のように打ち震えていた。


「違うんです! 私はあなたを……!」

「俺が花を摘むために屈むことまで計算して、あえてあのタイミングで矢を放った! もし俺が屈まなければ、俺の頭を撃ち抜くリスクがあったというのに、君は俺を信じ、俺を生かすために引き金を引いた!!」


ルファスは馬から飛び降り、私の馬に歩み寄ると、私の手を強く握りしめ、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

あの『氷の死神』が、泣いている。


「俺は……俺はどれほど幸福な男なのだ。これほどまでに俺を深く愛し、自らの手を血に染めてまで俺を守ろうとしてくれる、戦女神ヴァルキリーのような妻を持てるなんて……!」

「だ、誰か……助けて……」


私の蚊の鳴くような声は、駆けつけてきた護衛の騎士たちの歓声にかき消された。


「ルファス様! ご無事ですか!」

「おお……見ろ! あの魔獣を一撃で……! 奥様が仕留められたのだ!」

「なんという神業! なんというご夫婦の絆!!」


ルファスは私を見上げ、摘み取ったばかりの美しい『星屑の蘭』を、私の胸元にそっと挿した。


「ルシアナ。君のこの愛に、俺は必ず応える。いや、この命はすでに君のものだ。屋敷に戻ったら、君を俺の生涯の唯一の伴侶として、王家に正式な『永遠の誓い』を立てよう。もう二度と、君を誰にも渡さない。俺の命が尽きるまで、君を愛し抜く!!」


重い。愛が重すぎる。

そして、私の平穏な未亡人スローライフの夢は、完全に、跡形もなく、シャドウ・パンサーと共に打ち砕かれた。


「…………はい」


私は死んだ魚のような目で、空を見上げた。

毒殺、圧死、転落、射殺。

私が殺意を向ければ向けるほど、彼を狙う別の刺客や魔獣を排除し、彼の好感度がインフレを起こしていく。

乙女ゲームのシナリオよ、これがあなたのやり方か。

こうなったら、ヒロインが現れる前に、私が自力で最強の魔王にでもなって、この国ごと物理で更地にするしかないのだろうか。


私の暗殺計画は、絶望と狂気のヤンデレ溺愛ルートを、未だ爆走中である

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