9話 私から告白した
「相澤さん、でも宣言しちゃったら、ガチで付き合わなきゃいけないだろ」
一番大事なことを見落としていた。噂が事実だと言ってしまえば、俺と相澤さんは本当に付き合うことになってしまうってことを。
「まあいいじゃない?」
相澤さんは全く問題ないと言わんばかりの口調で言った。
「これで樽井くんを煩わせる人もいなくなるし、どうせ樽井くん今好きな人もいないんじゃない」
「それはそうだが」
「恋愛に幻想を抱いてる訳でもないし」
「・・・・・・」
「だったら、あたしと付き合っても構わなくない?」
なんて反論できる言葉が見つからなかった。
「でもやっぱ付き合うのはちょっと」
「あたしと付き合わないなら、もっとめんどうくさいことになっちゃうよ」
「は?」
今よりめんどうくさくなるって一体どういうことだ。
「あたしがもっとめんどうくさくするから。毎日みんなの前で付き合うって言ったり、樽井くんにしつくくついて回る。トイレでも売店でも、どこでも腕を組んで手を繋いでしつこくついて回る。これがどういう意味かわかるよね?」
聞くだけでも恐ろしい脅しだった。みんなの前で告白され続けるのも十分怖い脅しだが、それより後者の方がよっぽと怖かった。
この学校で相澤さんは人気者。アイドルみたいな存在だ。それってつまり一人でいることはほとんどないってことだった。相澤さんのそばにはいつも人がいっぱいいる。そして俺について回ることはすなわちあの人たちも一緒についてくるってことだった。しかも、みんなの前で腕を組んだり手を繋いだりするなんて、どれだけの嫉妬や敵意を向けられるか想像すらできない。
いや、すでに向けられているかもしれないが。
今も男子立ちの刺さるような視線を感じた。横目でチラッと見ると、露骨に敵意を込めて睨んでいる奴もいた。
「で、どうする。あたしと付き合う? それとも残りうの二年間、あたしに付き纏われたい?」
相澤さんが圧をかけながら問いかけてきた。今でも十分めんどうくさくて避けたい状況だったが、相澤さんの脅しはそれ以上だった。つまり、俺には最初から選択肢なんてなかったってことだった。
ああ、もー面倒臭い。
もうこの件について考えるのがめんどうくさくなってきた。
俺は深くため息をつき、しぶしぶ小さく言った。
「わかった。付き合う」
「やった」
相澤さんは飛び跳ねるように喜んだ。そして再度前を向いた。
「とにかく私は樽井くんと付き合うって噂は事実なんだから、これ以上聞かないでほしい」
相澤さんが言い終わるや否や、クラスはざわめいた。何を言ってるのかはよく聞こえなかったが、断片的に聞こえる言葉から察するに、俺たちが付き合ってることに驚いて、どうにか納得しようとしているようだった。
そんな中、一人の女の子がパッと手を上げた。相澤さんにいつもつるんでいる人だった。確か名前は山田・・・由依だったっけ。
「二人はいつから付き合ってるの?」
「昨日から付き合ってるの」
相澤さんは優しい声で答えてくれた。すると、他の子が続いて手を上げた。
「じゃあどっちが告白した?」
「告白・・・」
「樽井に決まってるだろ。何当たり前なことを聞くんだ」
相澤さんがチラッとこっちを見るの感じられた。それで、顔を向けると、相澤さんはすぐに目を逸らした。
「いや、私から告白したの」
「えええ、マジで?」
クラス全員が口を大きく開いて驚きの声を上げた。まああの子たちの気持ちをわからない訳ではなかった。だってあの相澤琴音が特に目立たない男子に告白したなんて、まるでラノベの中の話だった。
「琴音って樽井のこと好きだった?」
「いつから」
ものすごい質問攻めが相澤さんを襲いかかってきた。学校のアイドルの恋話に興奮して、答える暇も与えずに次々と質問が飛んできた。
頭がクラクラするほどの質問攻めだった。だが、相澤さんはただニコッと笑っているだけで、全く動じていなかった。しばらくすると、質問は徐々に収まり、落ち着いたのか教室が静かになった。みんなが静かになって相澤さんを見つめていた。相澤さんは静かに言った。
「そういうの、恥ずかしいから聞かないで」
相澤さんの顔がほんのり赤くなった。まるで少女漫画のヒロインが照れているかのようなビジュアルだった。それを見た男子の中には一緒に顔が赤くなったものもいれば、小さく「かわいい」と呟くやつもいた。それは男子だけじゃなく女子も同じだった。
だが、彼氏役の俺は違った。
前から思ってたが、相澤さん猫被り上手いね。
アイドルっていう異名にふさわしい演技力だった。もし相澤さんの本性を知らなかったら、うっかりすっかり騙されるところだった。だが、俺は知っている。相澤さんはこういうことで照れる人ではないことを。
相澤さんの演技は終わらないのか、恥ずかしそうな顔のまま教卓を軽く叩いだ。一見すると照れ臭くて教卓を叩くように見えるが、実際はみんなの注目を集めるためだって俺は知っていた。
「もー、いじわるよ。とにかく私と樽井は付き合ってるから、この件についてはもう聞かないで欲しいの。お願いするね」
無反応。文字通り、何の反応もなかった。これじゃ相澤さんの話が通じたかわからなかった。
なんだ。また騙された気がするが。
また相澤さんにやられた気がした。
やっぱさっきちゃんと断るべきだった。
俺は恨めしそうな目で相澤さんを睨んだ。俺の視線を感じたのか相澤さんはこっちに目を向けた。そして俺にウィンクをし親指を立てて見せた。




