43話 好き(終)
時は流れ、期末テストの成績が出る日に鳴った。
六十点か。
平均はそこそこ悪くはなかった。数学と理科テストの点数を稼いだおかげで、なんとか平均は持ち直している。そして目標としていた赤点回避は・・・
「一つあるな」
たった一問差で英語が赤点を取ってしまった。英語の補習は夏休みにあるらしい。本当に気が重い。
「俺の幸せな夏休みが・・・・・・」
「うあああああっ!」
突然、教室で悲鳴が上がった。悲鳴が鳴った方には相澤と彼女の友達がいた。そしてその中心では、山田さんが自分の成績表を持ってブルブル震えていた。
「あ、あたし・・・・・・赤点が・・・」
山田さんも赤点を取ったみた
「英語だけだよ!」
「・・・・・・は?!」
あの山田さんが赤点一つだけだって? あり得ないだろ。二週間前までは何もわからなかったあの山田さんが?!
しかも赤点を取った科目が英語で、俺と同じだった。
「やった! こんなにいい点が取れるとは、夢にも思わなかったよ!」
「よかったね、由依ちゃん」
「おめでとう」
相澤と白井さんが祝ってくれた。
あ、でも山田さんが赤点を取ったら、勝負は・・・
「おめでとう。でもさ、健太との勝負はどうなるの?」
田中さんが俺と同じことを考えた。確か山田さんが自分の友達との勝負は「全科目赤点回避」だったはず。なのに英語が赤点っていうことは、勝負に負けたってことになる。
「そうだけど・・・一つくらいは勘弁してくれないかな」
勘弁してくれないと思うんだけど。
そんなこと考えていると、相澤と目が合ってしまった。相澤はニヤリと笑ってこっちに近づいてきた。
「樽井、成績見せて」
「見せたくない」
人に見せられるほどいい点数じゃないから。
「決着をつけるためには、お互いの成績表を公開しないとね」
「君の勝ちだ」
「それはわかってる。でも何点か白井たいから見せて」
見せたくないんだが。
でも相澤の顔を見ると、諦めてくれない顔だった。俺はため息をつきながら、相澤に成績表を渡した。
「どれどれ・・・・・・えっ?! 平均六十点? なによ、この点数は」
「だから見せたくないって言っただろ」
「いや、いくらなんでも六十点は予想外だよ。一緒に勉強してたジャン。しかも英語は赤点?」
うっ、相澤の言葉一つ一つが矢になって胸に刺さってきた。
「それが一週間も勉強をしなかったから、かなり忘れちゃって」
「だから勉強しろって言ったじゃん」
「だって」
面倒だったんだ。
「これじゃ樽井、英語補習受けることになるじゃん。由依も英語補習だから、一緒に受けるんだね」
あ、そうなるのか。
「なんだちょっと嫉妬しっちゃうな。由依に取られた気分。こうなるならあたしも英語赤点取ればよかった」
「揶揄うのかよ。っていうか、君の成績表も早く見せて。俺のも見せたんだろ」
「はいはい」
相澤は自分の成績表を渡した。
点数高っ。
平均九十八点。ほとんど満点で、満点じゃない科目も一問ミス程度だった。
「ふふ、どうだ。すごいだろ」
「うん。すごい」
これは素直にすごいとしか言えない点数だった。
「真面目に勉強したからか、いい点数取れた」
「すごく頑張ったよ」
相澤は誇らしげに胸を張っていた。まあこの点数ならもっと自慢してもいいと思った。
「じゃあ約束の願い事を言って」
勝負の結果も決まったし、ついに相澤が願い事を言う番だった。ずっと気になっていたのに、やっとそれを晴れーー
「それね、後で言うよ」
「・・・は?」
「後で言う。まだ心の準備ができてない」
「・・・・・・」
「じゃあまたね」
相澤は手を振って教室を出ていった。
なんだそれ。
俺はしばらく呆然として教室を出る相澤の背中を眺めた。
******
教室を出た相澤は、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら廊下を歩いていた。
「相澤さん」
相澤は自分を呼ぶ声に足を止めた。振り返ると、そこには見覚えのある少女が立っていた。
あいつは樽井の幼馴染の・・・
「雛だよね? 樽井の幼馴染の」
「ん? あ、うん。そうだよ」
「私呼んだよね? どうして」
「相澤さんに話があるの」
「私に?」
雛の言葉に、相澤は首を傾げた。
「律と別れてください」
「ん?」
相澤の頭上にポンと疑問符が浮かんだ。
「律に全部聞いたよ。相澤さん本当に付き合ってるわけじゃないんでしょ。律のことが好きじゃないなら、別れてください」
「ふーむ、それは無理かな」
「どうして」
雛は納得いかないという顔で言い返した。
「好きでもないのに付き合うなんで、おかしいでしょ。これ以上律を困らせないで」
「好きだよ。樽井のこと」
「・・・え?」
予想外の発言に、雛は戸惑った。相澤はゆっくりと雛に歩み寄り、静かに口を開いた。
「私、樽井のこと好きだよ。ガチで。だから、今度ちゃんと告白するつもり」
「律が受け入れるわけーー」
「受け入れるしかないよ。そういう約束をしてるから」
「約束ってどんな」
「そこまで教える義理はないと思うけど」
相澤は雛のすぐ目の前に立った。身長差のせいで、雛は相澤を見上げた。相澤は冷たく見下ろし、低く言い放った。
「それよりさ、雛ってただの幼馴染でしょ。恋人でもなんでもないただの幼馴染」
「な、何が言いたいのよ」
「ただの幼馴染に過ぎないくせに、あたしたちに「別れろ」って言うのは流石にライン超えてると思うんだけど」
「・・・・・・」
相澤の声が作りとするほど冷たかった。普段みんなに見せる優しい声でも、樽井と話すときの声でもない。
相澤は腹が立っていた。学校で優しい人を演じることを忘れるほどだった。
「それとも、雛も樽井のこと好きなの?」
「それは・・・・・・」
「好きなら、正直に好きって言え」
雛は言葉を失い、ぎゅっと唇を噛んだ。
「好きじゃないなら、口出しすんな。わかった?」
「・・・・・・」
雛はなんとも答えられなかった。しかし最初から返事なんていらなかった。
相澤は雛から背を向け、悠々と立ち去っていった。




