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37話 勝ったら

 いきなりなにを言ってるんだ。

 点数が高い人の願いを聞く勝負をしようって、いきなりすぎてちょっと理解できなかった。


「さっき由依の話を聞いて思いついたんだ。普通にテスト受けるより、勝負があった方が緊張感あるし、モチベーションも上がると思って」


 あ、だからさっきあんな意味ありげな笑みを浮かんべてたのか。

 さっき図書室での怪しい笑顔のわけがやっとわかった。

 これを企んでたんだ。思ったより大したことじゃないね。安心した。


「どう? 勝負に乗る?」

「もちろん、やだ」

「樽井ってさ、あたしの言うことに「いいよ」って言ったことないね。たまには乗り気になってみなよ」

「だって君、いつも俺が嫌がることばっか言ってくるからだろ」

「今回は嫌がる要素はないと思うんだけど。勝負だって公平だし」

「いや、俺の負けが決まってるだろ」


 俺は赤点回避のために勉強するし、それ以上の目標を持ってやるわけじゃない。それに対して相澤はやりすぎだと思うくらい勉強する。これは勝負する必要もなく、結果が丸見えじゃないか。

 この勝負は、相澤が自分の願いを叶えさせるための口実みたいなもんだ。


「樽井が勝てばいいじゃん。ちゃんと勉強しなよ」

「いやだってば」


 勉強、面白くないから。これ以上したくない。


「なんでだよ。このあたしになんでも一つ願いを叶えてもらえるチャンスだよ。ちょっとだけ頑張れば」

「別に相澤にしてほしいことなんてない」


 相澤に叶えてほしい願いなんて特にないし、やってほしいこともない。だから、わざわざリスクを背負ってまでこの勝負に乗る理由が俺にはなかった。


「へえ、あたしにしてほしいことがあないなんて言う人は樽井が初めてかも」


 確かにそうかも。


「逆に相澤は俺にしてほしいこととかある?」

「あるよ」


 え、あるんだ。

 予想してなかった返事にちょっと驚いた。


「なんだ」

「ふーむ・・・・・・内緒だよ」


 なんでだ。隠す必要ないと思うんだが。


「もしあたしが勝ったら教えてあげるね」

「どうせ君の勝ちなんだから、今言ってよ」

「それじゃつまんないでしょ。何お願いするかは勝ってからのお楽しみ。期待しててね」


 全く期待できないんだが。少し気にはなった。

 俺にどんな願いをさせるつもりで、こんな提案してるんだ。


「とにかく、勝負成立ってことで。またね」

「え、ちょっと・・・・行っちゃった」


 相澤は俺の話を聞かず、そのままさっさと行ってしまった。


「乗るって一言も言ってないんだが・・・」


 まあいいか。

 願いって言っても、どうせ大したことじゃないだろう。まさか付き合う以上のことを頼むわけない。

 付き合う以上のお願いなんて想像もつかない。どうせ大したことじゃないはずだし、気にしなくていいだろ。


 と思いながら俺は家へと足を向けた。


******


 玄関のドアが開き、相澤が帰ってきた。


「ただいま」


 靴を脱いで中に入ると、真っ先に相澤を迎えてくれたのは、居間のソファに寝転がっている彼女の兄の相澤武だった。自分の兄を見た相澤は、思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。


「なんで家にいんの」

「そりゃ俺もこの家に住んでるから。それよりお前最近帰りが遅くない? まさか彼氏でもできたんか?」

「六時なら普通でしょ。それにあたしに彼氏ができたって関係ないじゃん」

「え、お前彼氏できた?」

「そういう話じゃないじゃん!」


 マジでうざい、と相澤は心の中で思った。


「じゃあ何してたんだ」

「テスト期間だから勉強してただけ」

「勉強?! お前が?」


 武は驚いたように飛び起きた。そして相澤を見てゲラゲラ笑い始めた。


 あのクソが。

 相手を無視するような兄の笑い声にイライラする相澤だった。


「お前が勉強するんだって? 嘘つくな。ありえないことを言うんじゃねぇよ」

「前から普通にやっているんですけど。このアホ」

「嘘。お前勉強できないだろ」

「妹に無関心すぎるね。お兄ちゃんの妹、前のテストで学年二十位以内だったんだよ」

「俺は十位だった」


 嘘じゃなかった。武は怠けているくせに頭が良くて、いつも成績がいい。それが余計に相澤を腹立たせた。努力してる自分より、何もしてなさそうお兄ちゃんがいつもいい点数を取ってくるのがうざかった。


「マジでムカつく」

「そんな言い方すると彼氏できねぇぞ。みんなに避けられちゃう」

「気にすんなあ!」


 相澤はイラついた声で言い返し、自分の部屋へ向かった。

 相澤の部屋はごく普通だった。ベッドと机、色とりどりの服が詰まったクローゼット。どこにでもある女子高校生の部屋だ。


 相澤は鞄を机に置き、椅子に仰向けでぐったりと座った。


「はあ・・・結局勝負しちまった」


 後悔なのか、スッキリしたのか、自分でもわからない声だった。相澤は姿勢を正して座り直し、鞄から教科書とノートを取り出した。


「勝つためには、勉強しなきゃ」


 相澤は教科書とノートを机に広げ、すぐにペンを握った。そして小さく呟いた。


「勝ったら、その願いで今度こそ樽井にガチで・・・・・・」


 相澤はペンを動かして再び勉強に集中し始めた。

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