36話 勝負しよう
もはやトラウマになってしまった相澤の笑顔に、背筋がぞくっとした。
いきなりなんであんな顔を・・・。
「絶対勝とう!」
突然、山田さんが机をバンと叩いて叫んだ。
「由依ちゃん絶対に勝って、あいつの鼻をへし折ってやろう」
「当たり前じゃん!」
すごい熱気。
目に火をつけて意気投合するあの二人を見ているだけで、その熱が伝わってくるようだった。これがいい刺激になったのか、田中さんはさらに熱心に勉強に取り組んだ。さっきまで五分に一回だった質問が、今では一ぶんに一度のペースになってしまった。説明するのはなかなか大変だったけど、じっといるよりは時間が早くすぎて悪くはなかった。
俺が田中さんに説明している間、彼女たちはそれぞれの勉強に集中していた。特に相澤と白井さんが熱心だった。顔を上げず、ノートと教科書から目を離さない。
なんであんなに必死なんだ。適当にやってもいいのに・・・。
そうして時間は経ち、やがて図書室の閉館時間になった。俺と相澤、そして彼女の友達は図書室を出て、学校を出た。校門の前で山田さんが言った。
「もうすぐ夕食だし、一緒に食べない?」
「あたしはいいよ」
「わたくしも」
「俺は帰る」
金もないし、家で食べればいいから。
「じゃあ私も帰ろっか」
君はなんで。
俺が断ると、続いて相澤も断った。山田さんは意地悪な笑みを浮かべた。
「なに、なに。二人で何するつもり」
「これはこれは。すごく怪しいですね」
隣の田中さんまでノリに乗った。
「そういうんじゃないんだから。勉強で疲れて休みたいだけだもん」
「「ほんとぉにぃ?」」
田中さんと山田さんが声を揃えた。
「二人とも、やめてね」
後ろから白井さんが現れて山田さんと田中さんの肩に手を置きあの二人を止めた。。助けてくれたのかと思ったら、白井さんはイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「カップルなんだから、二人っきりでいたいんだろう。ここではわたくしたちが気遣ってあげよう」
「だから、そういうんじゃないってば」
「はいはい。じゃあ、わたくしたちはこっちだから、先に帰るね」
「またね」
「琴音ちゃん、頑張ってね」
相澤の友達は手を振り、反対方向へ歩いていった。相澤は彼女たちに手を振って見送った。やがて彼女たちが曲がり角を曲がって姿が見えなくなった。相澤は手を下ろして言った。
「あたしたちも帰ろ」
「いいの? みんなとご飯行きたかったんじゃなかった?」
「いいの。いいの。今度一緒に行けばいいから」
俺に気遣って行かなかったんじゃないかと思ったが、相澤は別に気にしてない様子だった。
「何より樽井に言いたいこともあるしね」
言いたいこと? 俺に・・・!
一瞬、さっきの勉強会で見たあの笑顔が頭をよぎった。
いや、まさか。違うだろう。あの笑顔とは関係ないだろう。きっと大した話じゃない。
そう自分に言い聞かせながら、相澤と並んで歩き出した。
横断歩道を渡り、書店街を抜け、住宅街を歩いた。まだ日が完全に落ち切っておらず、空はオレンジ色に染まっていた。
「それでね、すごくおもろかった」
相澤は俺に言いたいことが言ったけど、ずっとくらだらない話ばかりしていた。昨日見たドラマが面白かったとか、パーマをかけてみたいとか、友達との出来事とか。どれも正直あまり興味のない話ばかりで、俺は「へぇそうなんだ」「おもろそう」「似合いそう」みたいに適当に相槌を打っていた。これだけでも会話は十分続いていった。
で、結局何が言いたいんだ。
さすがにドラマとかパーマとか本題はあれじゃないと思う。
もう直接聞いてみよう。
「あ、そういえば一昨日さ梨花ちゃんがーー」
「相澤」
「ん? なに」
「言いたいことってなに」
「・・・・・・」
相澤は口を閉じて、ぼんやりと俺を見つめた。
一体何を言おうとしてるんだ。まさかついに別れ話を・・・いや、そんなわけないか。この前、相澤に少なくとも卒業までは別れるつもりは絶対にないから、夢にも思うなって言われたから。
「樽井、あたしたち一緒に勉強するの、今日で終わりにしない?」
「ん?」
予想外すぎて、少し戸惑った。
「急になんで」
「なによ、その反応。あたしと勉強できないと思うと寂しい?」
「いや、別にそういうわけではないけど」
むしろ、一人になりたかった。
「樽井どうせもう勉強しないでしょ。今日だって由依ちゃんに教えてばかりだったし」
それは否定できない。十分勉強したし、今日山田さんに教えながら数学はほぼマスターしちゃった。そのため、赤点回避には自信があった。だから、これ以上勉強するつもりはなかった。
「なのに、あたしのせいで時間無駄にさせるのも悪いし、一緒に勉強するのは今日までにしよ」
それはいいけど・・・・・・今更?
普段は俺の意見なんて全然聞いてくれなかったくせに、今更気遣ってくれるのが納得いかないっていうか、妙に引っかかった。
「その代わり、勝負しよう?」
「勝負? いきなり?」
相澤は足を止め、まっすぐに俺と目を合わせて口を開いた。
「テスト点数が高い人の願いを一つだけ聞くことにしよう」




