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35話 勝負

「澪これわかんないよ」


 もう八回目か。

 成り行きで相澤の友達と一緒に勉強を始めてから一時間が経っていた。今回も山田さんが白井さんに分からない問題を聞いている。一時間で八回。つまり約七分に一回は分からない問題があるってことだった。要するに、自分で解ける問題は一つもないってことだ。


「どれどれ、ふーむ、この問題はわたくしも分からない。琴音ちゃんはわかる?」

「どの問題?」


 白井さんは参考書を相澤に見せた。相澤はしばらくじっと見つめ、やがて首を横に振った。



「私も分からない」

「困ったわね。琴音ちゃんも分からないなら、わたくしたちの中にわかる人いないはずなのに」


 白井さんが心配そうな口調で言った。


「あ、樽井なら解けるかも」

「お、俺?」


 いきなりなんで俺なんだ。


「樽井くん、勉強できるの?」

「できるよ。この前も分からないこと聞いたことあるけど、すぐ教えてくれた」

「へぇ、意外だね。じゃ樽井くんお願いするね」


 白井さんが俺に参考書を手渡した。

 なんで俺が・・・数学以外はあんまり分からないんだけど。あ、数学の問題か。不幸中の幸いだな。


「で、どの問題?」

「そこ、チャックしたやつ」


 チャック? ああ、これか。

 問題の下の余白に小さくチャックが付いているのが見えた。


 この問題は・・・因数分解をしてxの値を出せば解けそう。

 やることを失っていたペンを手に取り、問題を解いてみた。


「解けた」

「え、本当に!?」


 白井さんが驚いて目を丸くした。白井さんだけじゃなく、田中さんや山田さん、さらには紫さんまで驚いた顔をしていた。


「どうやって? どうやって解いたの」

「まず因数分解して・・・・・・」


 説明というより、自分が解いた手順をそのまま並べて言った。みんなの視線が集まって少し緊張してしまい、ちゃんと理解しているのか周囲の様子を伺う余裕はなかった。


「なるほど。だって、由依ちゃん」

「うーむ、ちょっとよく分からないな。一応やってみる」


 山田さんは参考書を持っていき、熱心に書き込みながら問題を解いた。しばらくして、山田さんは手からペンをコトンと落ちた。


「解けた・・・!」


 自分で解けたことが信じられないのか、山田さんの手がわずかに震えていた。そしてゆっくりと俺の方に顔を向けた。


「樽井、すごいじゃん」


 目をキラキラさせて、尊敬の眼差しでこっちを向けていた。

 重い・・・。

 山田さんだけじゃなかった。他の子達も俺を褒めてくれた。


「数学上手いんだね。意外」

「ほんと。樽井くんにあんな才能があるとは夢にも思わなかった」

「彼氏くん、やるじゃん」


 だから、重いんだってば。

 褒め言葉が続いて、少し気恥ずかしくなった。


 ・・・っつか、なんで君も笑ってるんだ。

 向かいに座っている相澤がニヤニヤしている。俺のこと褒めているのに、なんであんな顔してるんだ。

 まさかバカにしてるのか。


「由依ちゃん、もし分からないことがあったら樽井に聞いてね。樽井、すごくだるそうだから」


 ちょっと、何を勝手に。


「いいの?」

「もちろん。樽井さっきから勉強してるふりしてたし」


 うっ、バレてたのか。

 実は相澤の友達と一緒に勉強を始めてからずっと勉強しているふりをしていた。ベンを持ってノートに書いているフリをしていた。誰も見てないと思ってたのに、相澤にはバレていたんだ。


「いいよね? 樽井」


 そう聞かれると。


「数学だけなら」

「だって、由依ちゃん」

「わあ、ありがとう!」


 断れる雰囲気でもないし、山田さんが期待に満ちた目で見てくるので仕方なかった。

 まあいい。どうせ暇だったし。


「樽井くん、ありがとう」


 白井さんが俺に感謝した。

 ん? なんで。なんで俺に感謝するのか分からなかったが、その理由を知るのにあんまり時間はかからなかった。


 それから俺は山田さんの専属教師になった。


「樽井、これどうやるの」

「これは?」

「この問題は?」


 ほぼ五分に一回のペースで聞いてきた。幸いそこまで難しい問題ではなかったので、説明に困ることはなかった。


「樽井、この問題はーー」

「由依ちゃん、ちょっと聞きすぎじゃない?」


 ・・・天使?

 山田さんの質問を止めてくれた白井さんの背中に、一瞬光る白い羽が見えた気がした。


「まあいいじゃない? 頑張ってるじゃん」


 山田さんが頬枕をつきながら言った。山田さんの言葉に同意するように紫さんも頷いた。


「中間テストの時と違う」

「確かに。なんか理由でもあるの?」

「実はね。勝負することになっちゃって」

「「「勝負?」」」


 俺を除いてみんなが首を傾げた。山田さんは頷き、話を続けた。


「雄太知ってるよね?」


 誰だそれ。

 しかしみんなは知ってるかのように頷いた。


「あいつがさ、『今回も赤点取るんか』ってバカにしてた。だからめっちゃムカついてたよ」

「うん。それで?」

「今回は赤点取らないって言ったら、『絶対無理だろ』って笑ったよ。お前がいい点取れるわけないって」


 正直、その雄太ってやつの言葉に同意した。五分に一回も分からない問題が出てくるレベルで赤点回避は無理だと思う。


「それでイラッとして、「絶対赤点回避する』って言ったら、あいつが笑いながら『もし全科目赤点回避したら願い一つ聞いてやる』って言ってたよ」

「マジで?」

「めっちゃ得じゃん」

「でも、もし今回も赤点取ったら、あいつの願いを一つ聞くってことになってるの。だからこの勝敗、絶対勝ちたくて頑張ってるのよ」


 なるほど、そういうことか。 赤点回避だけなら、楽勝だと思うけど、山田さんのレベルなら・・・。


 そう考えながら前を見た。向かいに座っている相澤が目に入った。


 ん? 相澤? なんでそんなに笑ってるの? 

 どこか意味ありげな笑みを浮かべているのが見えた。背中に嫌な予感が走った。

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