33話 本当の彼女でもないだろ
予定していた時間よりも長く勉強してしまい、外は薄暗くなっていた。
俺と相澤は住宅街を歩いていた。
勉強会、思っていたより悪くなかった。
本当に真面目に勉強したし、かなり進んだ。そのため、約束していた時間が過ぎていたのも気づけなかったし、時間が過ぎたけどあまり腹も立たなかった。
そういや、こんなに早くからテスト勉強を始めたの、初めてだね。
元々の俺はかなり怠け者で、テスト勉強もいつもギリギリになってからやっていた。早くてもテスト前週の水曜日からで、ひどい時は後回しにし続けてテスト前日に一夜漬けしがちだった。だからこんなにふうに早くから勉強できたのは相澤のおかげ・・・いや、だからといって明日も勉強する気はしないな。
「何をそんなに考えてるの」
「ん? 別に何も」
俺の返事に、相澤は不満そうに頬を膨らませた。
「もう一回聞くよ。何考えてた」
「大したことじゃないってば」
「その「大したことじゃない」が知りたいのよ」
なんでそんなに知りたがるんだ。
「こんなに早くテスト勉強するのは初めてだな、と思ってた」
「なんだ、ガチで大したことじゃないな。がっかり」
「最初からああ言ってたが」
言わせて置いてその反応は一体なんだ。
「てっきり「こんなかわいい子と一緒に勉強できてマジ嬉しい。もう死んでも悔いはない」とか思ってるのかと思った」
「そんなわけあるかい!」
俺もわず大袈裟に反応すると、相澤は面白そうにくすくす笑った。
「あーウケるね」
一体何が。
「でもさ、早くって言うにはちょっと遅くない? テスト二週間後だよ?」
「俺いつも一夜漬けする」
「え、マジで?」
相澤が驚いた顔をした。
「マジで」
前の中間テストも一夜漬けだったしな。
「そっか。じゃあたしのおかげだね」
「まあ、そうかも。明日もやるかはわかんないけど」
「ん? どういうこと」
相澤がきょとんとした顔をした。
「明日は勉強しない気がするってこと。多分来週からまたやると思う」
「いや、そうじゃなくて。明日も一緒に勉強するのよ」
「・・・え?」
明日も一緒に勉強するんだって。一体・・・いつそんな約束した?
「樽井、まさか今日で終わりだと思ってた? 今日はスタートに過ぎないよ」
スタートに過ぎないってことはーー
「テストまで毎日一緒に勉強するよ。だから逃げようなんて思わないで。逃げたら殺すから」
相澤の脅迫に、俺は答えた。
「わかった。わかった」
「あれ? 意外とあっさり諦めるんだね」
少し意外そうな声だった。
「今日の勉強会悪くなかったみたいだね」
「まあな」
静かで無駄話もなくて、集中できたから。
それに、どうせ嫌だと言っても聞いてくれないだろうしな。だから諦めただけなんだが・・・
「なにそのにやけた顔」
「べぇっつにぃ? なんでもないよ」
どう見てもなんでもない顔じゃないだろ。
「一応言っとくけど、君だからじゃなく、ただ集中できたから良かったって言ったわけだから」
「チッ」
相澤が舌打ちした。
「あたしと一緒に勉強するのが好きって言ってよ」
「今なんて言った?」
あまりにも小さくつぶやいたため、聞き取れなかった。
「別に。樽井、意外と真面目に勉強するんだなって言っただけ」
「俺が? 全然違うけど」
「今日めっちゃ集中してたじゃん」
「そりゃ赤点取りたくないから」
赤点を取れば放課後補習に再試験。しかも今回は夏休み中に補習があるらしい。それだけは絶対避けたい。だから、いやでも無理やりに勉強してるわけだった。
「じゃ赤点回避できればそれでいい?」
「うん。それくらいでいい」
赤点を避ける程度にやるのがいい。それ以上頑張っていい点数を取るより、ゲームしたりベッドでゴロゴロしてる方がずっと好きだった。これを見て人々はバカだ、愚かだと思われるかもしれないけど、それが好きな怠け者なので仕方ない。
「もうちょっと頑張っていい点とった方がいいじゃない? いい大学行けるかもしれないし」
「大学か・・・今のところ進学するつもりはないんだが」
大学に進学してまで学びたいことがあるうわけでもないし、意味ないと思う。
「じゃ卒業したら何するの」
「さあな。考えたことない」
まだ高一だし、卒業まで二年もある。今から考える必要なんてないと思って考えたことない。
「それじゃダメだよ。ちゃんと将来のこと考えないと」
「母さんかよ。そんな小言言って」
「母さんではないけど、彼女じゃん。彼女なんだからこれくらい言えるでしょ」
「どうせ本当の彼女でもないだろ」
この関係に恋愛感情なんて一滴もない。お互いの利益のためのただの偽装恋愛・・・
「あれ、相澤?」
隣で歩いていたはずの相澤の姿が急に消えていた。慌てて見回すと、後ろから声がした。
「・・・・・・る」
「相澤?」
何を言ってるのかよく聞こえなかった。
「樽井」
「うん」
「私、こっち行くから。お前はあっちへ行け」
「は?」
いきなりなに言ってーー
「また明日」
それだけ言い残して、相澤は路地へと入っていった。
「なんだよ、いきなり」
どうしてかわからなかった。暗くて表情も見えなかった。そのため、怒っていたのか、それとも何か用事を思い出したのか見分けできなかった。
ただ一つ確かなのは、相澤の声がいつもと違っていたこと。取り繕った声でも、普通に俺に向ける声でもない。ただ底ない冷たい声だった。その声に、空気すら冷たくなった。
「一体なんだろう」
わけもわからないまま、相澤との勉強会は終わった。




