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30話 かっこいいヒロイン

「律!」


 廊下を歩いていると、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、遠くから雛がこっちに向かって走ってくるのが目に入った。やがて雛は俺の前に立ち止まり、息切れした。


「はぁ、しんどい」

「だからなんでそんなに急いで走ってくるんだ」

「ゆっくり歩いてたら、あんた見て見ぬ振りして行っちゃうじゃん」

「それは・・・」


 否定できないな。自分でも、雛がゆっくり歩いてきてたら気づかないふりをして教室で戻るか、必要なら雛が来るだろうと思ってそのまま言ったはずだった。


「で、何の用だ」

「別に何もないよ。ただ見かけたから声かけただけ

「じゃもう行ってもいいよね?」

「え? ちょっと、一緒に行こうお」


 雛は慌てて隣に並び、廊下を一緒に歩き出した。


「そういえばさもうすぐ期末テストだね。勉強してる?」

「いや、全然」


 始めるどこか、家で教科書を開いたことすらなかった。


「あんたそのままじゃ赤点取っちゃうわよ」

「大丈夫。今日からやるから」


 正直に言って来週からでも問題ないと思ってるけど、無理矢理約束をさせられた。


「じゃあ今日一緒に勉強しない? 律、数学上手いから、教えてもらいたいんだけど」

「今日は無理。先約がある。一緒に勉強しようって」

「誰と? まさか相澤?!」


 答える代わりに頷いた。

 昨日相澤が勝手に一緒にテスト勉強しようって約束をつりつけたのだ。本当に気が進まないが、逃げたところで解決する問題ではない。俺がこの学校に通う以上、いやでも毎日顔を合わせるし、約束を無視した代償を払わなければならない。


「そっか。じゃ仕方ないね」


 雛の声がどこか元気なかった。


「代わりにテスト終わったら、私たちにもかまってよ」

「いいけど、何する」

「うーむ、久しぶりに映画観る? 前に一緒にみようって言ってたやつ。『君と過ごした時間』」


 あ、あれは・・・。


「ごめん、あれもう観ちゃった」

「えっ!? だ、誰と? まさかこれも相澤と?」

「う、うん」


 答えづらかった。雛は目を丸くして声を上げた。


「あれ、私たちと一緒に観るって約束したじゃん! どうして相澤と観ちゃったのよ!」

「一緒に観ようって言ったから」

「ちゃんと断ればよかったじゃん」


 あんなに期待しているのに断れるか。と言いたい気持ちだったが、余計に煽るだけだ。


「ごめん」


 ただ、その場しのぎではなかった。本気だった。元はと言えば俺が一緒に観ようてって言った尼、自分は別の人と観てしまったんだから。


「でも面白かったよ。聡樹と絶対見てみな」

「そういう話じゃないじゃん!」


 雛は怒鳴った。廊下に人が少なくてよかった。もし多かったら、きっと注目を集めていただろう。


「あんた罰よ。もう一度観なさい」

「はぁ!? それは嫌だ」

「なんで。面白かったんでしょ。ならもう一度見てもいいじゃん」

「知ってるだろ。俺、一度見たものは二回目しない主義なの」


 内容を全部知っているものをもう一度見るのは、なんか時間の無駄使いする気がして好きじゃなかった。同じものを二回目するなら、別のものを見たいタイプだ。


「私とも一緒に観てよ」

「そう言われても」」

「おや、樽井」


 突然、相澤の声が俺と雛の間に割り込んできた。俺と雛は同時に声の方へ顔を向けた。珍しく一人だった。


「ここで何してんの。この子は誰」

「前に話した雛だよ」

「あ、この子が」


 相澤は作り笑いを浮かべ、雛へ視線を向けた。


「あなたが雛ね? かわいいね。私は樽井の彼女、相澤琴音。私たち話すのは初めてだよね?」

「う、うん」


 雛は戸惑ったのか、言葉がぎこちなかった。

 突然、相澤が俺の腕に絡みついてきた。


「相澤っ、何を」

「で、うちのタイルに何の用なの。さっき大声出すの聞いたけど」

「樽井があんたと・・・・・・いや、何でもないよ」


 雛らしくもなく、すぐに尻尾を巻いた。


「それって用事ないってことだよね? じゃ樽井借りていいかな。私、樽井に用事があって」

「ちょ、ちょっと」


 雛が急に俺の手を掴んだ。そのため、相澤の足が止まった。


「まだ用事が残ってるの?」

「そ、その・・・・・・何でもない」


 雛は力なく手を離した。


「じゃ()()()()行くね。雛ちゃん、またね〜」


 相澤は手を振った。その後、俺を引っ張って廊下を歩き出した。しばらく歩き、相澤は曲がり角を曲がって立ち止まった。


「相澤?」

「・・・どうだった? ピンチの時、かっこよく助けてくるヒロイン」

「・・・え?」


 ピンチ? ヒロイン? 何を言ってるんだ。


「さっき困ってたでしょ。ピンチの時、あたしがかっこよく登場して助けてあげたじゃん。どうだった? かっこよかった? 惚れた?」

「別に」

「は? その答え気に入らないんだけど」


 そう言われても。


「別に困ったわけでもないし、がっこよくもなかったんだ」

「は? 素直に認めなよ。かっこよかったって、惚れたって」

「さすがに嘘は」

「樽井!」


 相澤は声を上げた。周りに誰もいなくてよかった。いや、わざと人がいないところに来たのか。


「助けて損した。無視すればよかったのに」


 マジで。無視しても構わなかったが。別に困ってなかったし。いつものやり取りなんだから。


「はぁもーいい。それより、覚えてるよね?」

「何を」

「今日一緒に勉強するって約束」

「覚えてはいるけど、別に一緒にーー」


 勉強しなくてもいいじゃないか、と言いかけた瞬間、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「あ、チャイムだ。教室戻ろ」


 タイミング悪すぎ。

 なぜか相澤と話すと、こういうことが多かった。まさかこれも計算して・・・そんなわけないか。


 相澤は先に教室へ向かって歩き出した。俺は大きくため息をつき、その後をついていった。

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