29話 一人の方が気楽だ
期末テスト。その場にいる全員がため息をつくのに十分な単語だった。
「そういえば、もうすぐ期末テストだったわね」
白井さんが苦笑いを浮かべながら言った。
もうそんな時期か。
期末テストが六月末だから、まだだいぶ先だと思ってすっかり忘れていた。けれど気づけば、あと二週間で期末テストだった。
紫さんが静かな声で言った。
「期末テストの勉強しないといけないから」
「仕方ないね。じゃ今度にしようか。うちも勉強しないとだし」
田中さん、勉強するんだ。意外だね。全然勉強しなさそうなイメージなのに。これかだから人は見た目で判断しちゃいけないって言うんだ。
勉強・・・。俺も勉強しなきゃ。でも、勉強したくないな。
「あーあ、勉強したくないな」
俺の心でも読んだのか、山田さんが同時に同じことを言った。それを聞いた白井さんが子供を叱る母親みたいに言った。
「ダメだよ。また赤点取っちゃうよ」
「それだけは勘弁してよ」
山田さんが頭を抱えて苦しそうに顔を顰めた。
赤点か。それでもうちの学校の赤点の基準はわりと甘い方だと思うが。百点満点中五十点以上取れば合格なんだから、かなりハードルは低い。
しかもこの前の中間テスト難易度低かった。高校に入って初めての中間テストだからかわからないけど、余裕だった。全然勉強しなくても八十点は取れたし。でも、今回は期末テストだから、難易度がどうなるかわからない。そのため、最低限の勉強はしなければならなかった。
「澪、お願い。勉強教えて! 今度も赤点取ったら、あたしの夏休みが補習で最悪の夏休みになっちゃうよ」
山田さん、勉強できないんだな。
話の流れからして、前のテストでも赤点を取ったらしい。前のテストかなり難易度低かったと思うけど。
「わかった。放課後、一緒に勉強しよう」
「ありがとう」
山田さんが嬉しそうに白井さんを見上げた。その姿がなんか子供と母親のようだった。それをじっと見ながら、心の中で思った。
そろそろ行ってほしいんだが。
さっきのデートの話は俺にも関係あるからここで話すのが理解できた。しかし、テスト勉強の話は、俺がいなくても関係ないだろ。
もう疲れたし、一人で静かに休みたかった。漏れ出そうなあくびを堪えていると、田中さんが手を叩いて注目させた。
「あ! じゃあ、これはどうだ」
みんなの視線が田中さんに集まった。
「みんなで勉強しよう」
「それは前もやってたじゃん」
田中さんの声に、山田さんが反論するように言った。田中さんは屈せずに言葉を継いだ。
「今回は違うよ。彼氏くんも一緒にやるんだから」
彼氏? まさか俺のことじゃないよな。いや、まさか・・・。
「樽井くん、どう?一緒に勉強しようよ」
・・・なんでいつも悪い予感だけはあたるんだろう。
「どう?」
一緒に勉強か。悩むまでもない。
「いやだ」
「うっ、即答」
田中さんが矢に当たった人みたいに胸を押さえた。その隣に立っていた白井さんが尋ねた。
「どうして? 一緒に勉強しようよ」
「一人でやる方が集中できる」
嘘ではなかった。たまに雛や聡樹と一緒に勉強したことが何度かあるけど、名前だけの勉強会で勉強はほとんど勉強はできなかった。誰かが口を開いたら会話が途切れることなく続いてしまい、とても勉強どころではなかったのだ。
何より、一人で勉強する方がずっと気楽だし。
「そっか。嫌なら仕方ないな」
「無理矢理は良くないから。残念だけどしょうがない」
あら、あっさり諦めてくれるんだ。相澤だったら、こんな理由では絶対諦めてくれないはずなのに。
「その代わりにテスト終わったら、うちと遊ぼうよ。約束〜」
田中さんが小指を差し出してきた。予想と違う反応に戸惑った俺は、つい頷いてしまった。
「よし、じゃまたね」
成り行きで約束をしてしまった。
あのあと、彼女たちは話し合いながら自分たちの席へ戻っていった。
やっと一人になれる、と思ったのも束の間、まだ席に戻っていない人が一人いることに気づいた。
「相澤? 席に戻らないの?」
「これ、まだ渡してないから」
相澤は写真を差し出した。テストの話でうっかり忘れていた。
「忘れてた。ありがとう」
俺は写真をすぐ鞄にしまった。
これで用事も済んだから、やっと一人にーー
「相澤? なんでここにじっと立って」
「ちょっとイライラしてて」
イライラするようなことあったっけ。
「梨花のやつに、先を越されちゃってうざい」
相澤は誰にも聞こえないように小さく呟いたが、俺の席には聞こえた。
先を越されたって、一体どういう意味なのかわからなかった。
「樽井、一緒に勉強しよう」
「え、なんて」
聞き間違えたかと思った。だってその質問には、さっき答えたばかなんだから。
「あたしと一緒にテスト勉強しようって」
ああ、聞き間違いじゃなかったんだ。同じことを言わせる気か。
「さっきも言ったけど、俺は一人で勉強する方が」
「今日はあいつらと一緒に勉強するみたいだから、明日一緒に勉強しようね」
「いや、俺の話を聞けよ」
「じゃ、明日の放課後、一緒に勉強することに決まり」
「相澤!」
俺の声は聞こえてないのか、相澤は目もくれずに自分の席へ戻っていってしまった。




