28話 話聞いてなかったでしょ
冷え切った空気の中、誰一人として先に口を開くことができなかった。下手に口を出したら、自分に矢が飛んでくるような気がしたからだ。そのせいで誰も先につご気出せない状況の中、白井さんが相澤の方に手を置いた。
「琴音ちゃん、許してあげてよ。由依ちゃんだってそんなつもりで言ったんじゃないんだから」
「ふーむ」
相澤は山田さんをじっと見つめていた。やがてニヤリと口角を上げた。そして笑い声を上げながら、山田さんの肩を軽くポンポンと叩いて言った。
「冗談だよ。ちょっと嫉妬したけど、怒ってないから」
「本当に?」
「うん。本当に」
相澤が頷いて答えた。それでようやく、みんなが安心したように息を吐き、表情が緩んだ。
なんだ、やっぱりいつも通りの冗談だったのか。無駄にビビったな。
山田さんが安堵のため息を吐きながら言った。
「本当にびっくりした。相澤が冗談するなんて」
「そうそう」
「相澤だからもっと驚いたわ」
なんだろう。あの反応は。まるで相澤があんな冗談をするような人間ではないと言わんばかりの口調だった。
相澤は友達にはあまりに冗談を言わないのか。俺にはしょっちゅう冗談を言うんだが?
相澤が友達の前で猫被っているのは知っているが、まさかともあちに冗談も言わないいい人のふりをしてるのか。そこまでしなくてもいいと思うが。
「そんなことより」
突然山田さんがパンっと手を叩いて注目を集めた。みんなが自分を見つめると、山田さんが言葉を継いだ。
「デートはどうだった。何した。超気になる!」
「別に特別なことはなかったよ」
相澤が答えた。
「普通に映画観て、ご飯食べて、写真撮っただけ」
相澤が手の写真を振って見せた。
「おもろそう! 何の映画観てた?」
「君と過ごした時間っていう・・・」
相澤が友達にデートの話をした。俺は途中からぼんやりしていたので、ほとんど聞いていなかった。もう知っている内容だし、あまり聞きたくなかったからだった。
それで、じっと座ってぼんやりとしながら相澤を見つめていた。別に好きで見つめていたわけではなかった。よそ目をしていて「話聞いてなかったでしょ」と言われたら返す言葉がなかったから。だから目は相澤に向けつつも、耳は誰の声も出入りを禁止してぼんやりと静かにすることにした。
しばらくそうやってじっとしていると、一つの疑問が湧いてきた。
この子達、なんで俺の席で騒いでるんだろう。
この会話に俺は別に必要ないと思った。話に相槌を打つわけでもないし、話を引っ張っていく立場でもない。俺がいなくても会話は十分に成り立っているのだ。
だから、そろそろ俺の席から他のところへ行って欲しいんだけど。
「樽井くんはどう思う?」
え、なにを。
一人で別のことを考えている中、突然田中さんが俺の意見を求めてきた。話を全く聞いていなかったから、今何の話をしていたのかわからなかった。だからきょとんとした顔をしていると、田中さんが目を細めた。
「樽井くん、話聞いてなかったでしょ」
「いや、聞いてた」
嘘をついてしまった。君の話を全く聞いてなかったと素直に言ったら、「ひどい」や「なんで話聞いてなかった」って言われるすごく面倒な状況になりそうな気がしたからだ。
「じゃあ今週、時間大丈夫なんだよね?」
特に予定はないけど、なんでそんなこと聞くんだ。
「もしダメな日が日があったら今言ってね。その日は避けるから」
避けるって何のために? ダメだ。今からでも聞いてなかったと素直に言おう。
「あの、山田さん実は」
「みんなはどう?」
わざとだよね? 今の。
俺は話しかけようとした途端、山田さんは自分の友達の方へ顔を向けてしまった。タイミングが絶妙だったのか、それともざわとそうしたのかはわからなかった。
いや、今大事なのはそこじゃない。
早く田中さんが俺にそんなことを言った真意を突き止めなければ。なんで突然俺に予定を聞いたんだろう。
「樽井」
「ひぃっ、相澤」
いきなり相澤が耳元で囁いたので、驚いて変な声が出てしまった。相澤はくすくす笑い、彼女たちに聞こえないように小さく囁いた。
「あたしたちの話、全然聞いてなかったでしょ?」
俺は黙って頷いた。すると、相澤は「やっぱり」と小さく呟いた。
「だと思った。あたしたちの話を聞いてたら、樽井がそんなこと言うわけないもんね」
一体何の話をしていたんだ。
「実はデートの話を聞いて梨花が樽井って面白い人みたいって一度一緒にちゃんと話したいって言ったんだ。だから今約束を取り付けようとしてるんだよ」
ようやく全てのパズルがかみ合い始めた。だから俺に予定を聞いたり、時間が大丈夫か尋ねたりしてたのか。
それがわかってたら最初から断っ・・・ちょっと、俺さっきなんて答えたっけ。約束を取り付ける流れで話が進んでいた気がするが。
全身に不安が走った。先週デートしたばかりなのに、今週も約束だなんて。絶対無理だった。相澤と二人で会うのはまだマシだが、親しくもないほとんど知らない複数人との約束なんてガチで嫌だった。
早く今週は忙しくて無理だと言わないと。
「わたくしはいいよ」
「あたしも」
「よし、じゃ決まり!」
しかし向こうではすでに話が終わっているようだった。なぜか今更いけないと言い出しにくい雰囲気だった。
俺は相澤に目を向けた。今のこの状況をどうにかしてくれ、と。しかし相澤も、これは無理だと言わんばかりに困った顔をするだけだった。
このままだと望まない約束がまたできてしまう。と絶望している瞬間。
「私、ダメ」
一つの救いの声が聞こえてきた。声の主は紫さんだった。
「ええーゆっちゃん、どうして」
「もうすぐ期末テストだから」
「「「「「・・・あ」」」」」
紫さんの一言に、その場にいた全員が嘆きに似た声を漏らした。




