20話 あんな顔で笑うのは初めて見る。
手を取った瞬間、相澤は驚いた顔をした。
「樽井? いきなり何を」
「はぐれたらめんどうくさいから」
俺の言葉に、相澤はぽかんとこっちを見つめた。やがて、納得したのかぼんやりと頷いた。
俺は相澤の手をぎゅっと握って人混みをかき分けて売店に向かった。
これ、思ったより楽だな。
こうしていれば、ちゃんと後ろについてきているか確認する必要もなく前だけ見て歩けばいいので、とても楽だった。
今度また人が多いところに行く時、また使えるかもな。
やがて、俺たちは無事に人混みを抜けて売店の前にたどり着けた。
「相澤、何味にする」
「私は・・・キャラメル」
キャラメルか。雛と同じだな。
女子って全部キャラメルが好きなのか。
俺は売店の券売機の画面を押した。
Aセット二つでいいだろう。
Aセットはミディアムサイズのポップコーンとソフトドリンクのセットだ。これ二つで頼んだらいいと思った。
相澤はキャラメル、俺は塩味で
味を選んで、支払いのためにカードを取り出した。差し込もうとした瞬間、突然後ろから相澤が俺の手を掴んだ。
「待って」
「うわっ、びっくりした。なに」
「なんでAセットを二つも頼むの」
相澤が戸惑ったように尋ねた。
「相澤のと俺の、二つだろ」
「そうじゃなくて、Bセットにすればいいじゃん。ラージサイズでドリンクも二つだし」
「でも相澤はキャメルで俺は塩味だから」
「じゃハーフにすればいいじゃん。セットBがもっと安いし」
相澤はAセットの隣にあるBセットを指さした。
言われてみれば、AよりBがコスパがいい。味もハーフ&ハーフにできる上に、値段もAより安かった。だがーー
「俺あんまりキャラメル好きじゃないんだ」
「だから、ハーフにすればいいじゃん」
「ハーフにしても混ざってしまうだろ。あと、一つを一緒に食べるより、それぞれ一つずつ持って食べる方が楽だろ」
別々なら味が混ざることもないし、その方がずっといいと思った。
相澤も同意するのか、それ以上何も言わなかった。
相澤の無言を肯定だと受け入れて売店の券売機に手を伸ばした。さっき選んだ通りに、Aセットを二つ注文した。そして相澤と受け取り口の前で待った。
普段ならもう出てくるはずなのに、今日は人が多いせいか、なかなか呼ばれないな。
「はあ、なんで呼ばれないんだ。映画始まっちゃうのに」
隣で相澤が不安そうに足を揺らしながら不満を漏らしていた。
「まだ十五分ほどあるから、まだ余裕あるよ」
「でも、せめて十分前には座って待ちたいんだよ」
どれだけこの映画を楽しみにしてたんだよ。
「あと三分で呼ばれないなら店員にーー」
「あ、出た」
相澤の忍耐力が限界に達しかけた瞬間、幸いにも俺たちの番号が呼ばれた。俺は急いでポップコーンとドリンクカップを受け取った。
「ほら、キャラメル」
「ありがとう」
相澤はキャラメルポップコーンを手に取り、一つつまんで口に入れた。美味しいのか、さっきまで眉間に皺を寄せていた相澤は頬が緩みすぐニヤニヤ笑った。
よかった。
「十分前に入るなら早くドリンク取って行こう」
「うん」
相澤の声がさっきよりずっと明るくなった。
今度は両手にポップコーンとカップを持っているため、ては繋がずにドリンクコーナーへ向かった。
俺はいつも通りコーラを選んだ。ドリンクも取ったし、あとは劇場に入るだけ。上映開始まであと十三分だから、今すぐ行けば十分前には着けるはずだった。が、予想外の問題があった。
「何飲もうかな」
相澤はドリンクバーの前で真剣な顔で悩んでいた。
「あの、相澤。早く決めてよ。遅れる」
「わかってる。あ、悩むなー」
適当でいいと思うが。なんでそんなに悩むんだ。
「メロンソーダ? いや、甘い。普通にコーラにしようか。あ、でもなんか違うの飲みたいんだよね」
相澤は独り言を呟きながら「うーん」と眉を顰めて悩み続けた。
「樽井は何がいいと思う?」
結局、俺に聞くのかよ。
俺はドリンクバーへ目を向けた。
「コーラにしろよ」
「理由は?」
理由、適当に選んだだけだけど。
「君のポップコーンキャラメルだからメロンソーダみたいな甘い飲み物よりコーラがいいと思って」
「へぇ」
まあ、コーラも甘い飲み物だけど。
「樽井、意外とセンスあるね。よし、じゃコーラにしようか。ちょっとこれ持ってて」
相澤は自分のポップコーンを俺に預け、ドリンクを取りに行った。しばらくして、相澤は俺のおすすめ通りにコラーを持ってきた。俺は相澤のポップコーンを手渡した。
「ありがとう。持っててくれた」
相澤はもう片方の手で自分のポップコーンを受け取った。
「じゃ入ろ。めっちゃ楽しみ」
相澤はにっこりと笑った。その笑顔に、俺は一瞬うっとりと見惚れてしまった。
あんな顔で笑うのは初めて見た。
猫被りではなかった。そもそも俺の前では猫かぶってないから。だからといって演じてるわけでもなかった。相澤琴音という人の純粋な笑顔だった。
「樽井、そこで何してんの。早くこっちきな」
いつの間にか、相澤はエスカレーターの前に立って俺を呼んでいた。人混みの中でもはっきり見えるあのかわいい笑顔に、俺は何かに取り憑かれたかのようにゆっくり一歩ずつ歩み寄った。




