2話 嫌な予感
やがて先輩の姿が完全に見えなくなった。
「ありがとう、樽井くん。助かった」
相澤さんの声が聞こえたが、頭の中に入ってこなかった。
これ一体どういう状況なんだ。
嵐のように過ぎ去って今の状況がまったく理解できなかった。
「実はあの先輩には何度も告白されててさ。どんなに断っても諦めてくれなくて困ってたの。ちょうどここに樽井くんがいて助かったわ」
つまり、彼氏がいるフリをして先輩を諦めさえたってことか。その彼氏役として使われたのが俺で。
ようやく状況が理解できた。
「じゃもう用事は済んだよね。俺教室に帰る」
これ以上相澤さんと関わったら面倒臭いことになりそうだった。俺は急いで教室に戻ろうと歩き出した。
「ちょっと待って、お願いがあるの」
二歩進まないうちに、相澤さんに腕を掴まれた。
「樽井くん、あたしと付き合って」
「・・・は?!」
驚きすぎて、一瞬聞き間違いではないかと、自分の耳を疑った。
「今付き合ってって」
「うん、付き合って」
突然なんだ。付き合ってって。
相澤さんは目をしっかり開けて俺の目を凝視していた。冗談には見えなかった。
相澤さん、朝か俺のこと好きだったんか。いや、そりゃ絶対ないな。
相澤さんみたいな人気者が、俺なんかを好きなはずがなかった。だからこそ、この状況が理解できなかった。
「あ、もちろん本当に付き合うってわけじゃないよ」
これはまたどういうことだ。本当に付き合うわけじゃないって。
「樽井くんは名前だけ貸してくれればいい。相澤琴音の彼氏の席に」
にっこりと笑いながら訳わからないことを言う相澤さん。
「ちょっと詳しく言ってくれる? 全然理解できなくて」
俺のお願いに、相澤さんは手を離した。そして一歩下がってこう言った。
「樽井くんも知ってると思うけど、あたしって結構可愛いじゃん。だからモテモテなのよ」
まあ知ってはいた。知ってはいたけど、本人があれを言うから、なんかうざい。
「で、ほぼ毎日告白されてるのよ。これが本当面倒臭いんだよ。あ、樽井くんにはわからないかな」
煽りか。まあわからないけど・・・。
「誰だか知らない人に告白されて、断るのが本当に煩わしいのよ。断っても諦めず何度も告白し続けるやつもいるし、キレるやつもいるし、断れた腹いせに陰で悪口言うやつもいるし、変な噂を流すやつもいる」
「それは大変だね」
確かに面倒臭さそうだ。俺だったらとっくに登校拒否したかもしれない。
「そこで琴音は思いついたんです。彼氏ができたらもう告白されないんじゃないかって」
相澤さんは突然指を立て、先生のような口調で話した。
確かに一理あると思った。いくら相澤さんが人気者でも、まともな考えを持っている人なら彼氏がいる人に告白はしないから。
でも、彼氏さんはたくさんの男子生徒たちにヤキモチ妬かれるだろう。
「そこで選ばれたのが、あなた。樽井律です。パチパチパチ」
まるで賞を受けた人を祝うかのように、相澤さんは拍手を打った。
「・・・え、俺だって?」
「うん。おめでとう。樽井くんはこの琴音の彼氏役に任命されたのよ。当然あたしの彼氏になってくれるよね?」
「いや」
俺は迷わず即答した。相澤さんは驚いたのか戸惑ったのか、「え」と声を漏らした。
「な、なんで。なんでだよ。なんとこの相澤琴音の彼氏だよ。みんなが欲しがる席なのに」
相澤さんはどうしても納得できない顔をしていた。俺が断るとは思っていなかったようだ。
「一体どうして。どうして断るの」
「だって、俺は君のこと好きじゃないから」
「あたし嫌い?」
「嫌いっていうか。異性として好きじゃない。そして何より」
これが本当の理由だった。
「相澤さんと付き合ったら面倒臭くなりそうだから、嫌だ」
相澤さんと付き合ったら、学校中の注目が俺に向かうに違いない。俺が知らないところで俺の話が出て、いろんな人が本当に付き合ってるのかって聞きにくるのは目に浮かんだ。そうなると、俺はいちいち答えなきゃいけし、ああ、考えるだけで反吐が出る。
面倒臭いことは大嫌い。だから相澤さんとは、付き合いたくなかった。
「だから君の彼氏にはなれなあっ、ああっ」
断ろうとした瞬間、相澤さんが突然俺の足を強く踏んだ。しかもさっき踏まれたのと全く同じところで、痛みは二倍だった。
「なんだよ。いきなり」
「付き合ったら面倒くさいって?! お前マジ最低。死ねぇっ!」
「ちょ、ちょっと」
相澤さんが飛びかかってきた。俺は手を上げて攻撃を防いだ。やげて相澤さんは疲れたのか、荒い息を吐きながら睨みつけた。
「いいから、あたしと付き合え」
「嫌だ」
「あたしと付き合え。これから樽井くんはあたしの彼氏なんだ」
「俺の話聞いてんのか。嫌だってば」
「あああ、聞こえない聞こえない」
相澤さんは自分の耳を塞いで私の声を無視した。その間に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。俺の声は聞こえないくせに、チャイムの音はよく聞こえるのか、相澤さんは耳から手を離した。
「チャイム鳴った。とにかく私たち今日から恋人ってことなんだから」
「いや、俺の話を」
「じゃあ先に戻るね」
「相澤さん! ちょっと待って!」
俺は相澤さんを呼んだが、聞こえてないのかそんなフリをするのか、相澤さんは振り向かずに校舎の方へ向かっていってしまった。終えrは呆然と、遠ざかる相澤さんの後ろ姿を見つめた。
なんだこれ。結局昼寝もできず、しかもなんかものすごく面倒臭いことに巻き込まれたような予感がする。
そしてその予感が当たりだって教えてくれたのは、翌日の出来事だった。
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