1話 俺が彼氏だって?
五月二十三日。この日、俺樽井律の穏やかな日常が崩れてしまった。
事件の発端は学校の昼休み。ちょっと昼寝をしようと思ったがクラスがうるさすぎて外に出たのが全ての元凶だった。地面を熱くような日差しを避けて、体育館の裏の陰に入った時だった。
「ここは静かでいいね」
昼寝にぴったりだった。じっと座っているだけでうとうとしてしまいそうな心地よい風と、学校から聞こえてくるざわめきが静かに耳に届き、ホワイトノイズのように感じられた。昼寝するには完璧なこの場所で、俺はゆったりと横になれる場所を探して歩き回った。土埃がなく、横になっても誰にも見られない場所を探している途中、一つの声が聞こえてきた。
「・・・・・・付き合ってくれ」
付き合ってくれって、ここで告白でもしてるのか。
声のした方へ顔を向けると、一人の男子生徒の背中が見えた。顔を首を傾げながら近づいていった。
近ついてみると、男子に隠れてさっきまで見えなかった一人の女の子生徒が見えた。
腰まで伸びた長い金髪。影の中にいるはずなのに、まるで光ってるかのような白い肌。大きな瞳に、すっと通った鼻筋。顔立ちの整った女の子だった。
見慣れた顔っていうか、知ってる子だった。同じクラスの相澤琴音。
多分この学校で彼女を知らない人は一人もいないだろう。
あの可愛い見た目と優しい性格で、校内ではアイドルのように扱われている存在だった。
相澤さんとは別に仲がいいわけではないが、何度か話したことはあった。相澤さんと関われたら面倒臭いことになるに決まってるので、なるべく胸裏を置きたかった。
それにしても、告白か。モテモテなのは知っていたが・・・。
これ以上ここにいたら、厄介ごとに巻き込まれそうな気がした。早くここから離れる方が・・・あ、やべー。目が合っちゃった。
相澤さんは俺を見てニヤリと笑った。可愛い笑顔だったが、俺はヒヤッとした。
「ごめんなさい。先輩の告白、受けられません」
告白を断る相澤さんの姿に、得体の知れない不安が胸の奥から込み上げてきた。
早くここから逃げないとーー
「実は、私彼氏いるんで」
「彼氏がいるって?」
「はい。あそこに」
相澤さんは俺の方を指さした。同時に、告白した男子の視線がこちらへ向いた。
「・・・俺?」
まさか。そんなわけないだろ。と思って周りを見回したが、周囲には誰もいなかった。
あ、そうだ。ここ、人がいないから来たわけだった。っつか、今それどころじゃないだろ。俺が彼氏だと?!
「ちょ、相澤さん・・・何言ってるんですか。俺が彼氏だなんて」
俺の声に、相澤さんは答える代わりにこちらへ駆け寄ってきて、俺の腕にギュッと腕を絡めてきた。
「あ、相澤さん一体なにを」
「律、もうそろそろ明かそよ。私たちの関係」
いや、だからその「関係」ってなんなんだよ!
頭がまったく追いつかない。いきなり彼氏だなんて言われて、関係を明かすって・・・。
混乱の中、突然どこかで殺意を感じた。殺意の主人はさっき告白してた男子生徒だった。
一年の廊下で見かけたことがない顔だった。おそらく先輩だろう。背も高く、がっしりした体、圧がすごかった。
「おい、お前本当に相澤の彼氏か」
「もちろん、ちがあっああああっ」
違うって否定しようとした瞬間だった。いきなり左足の甲に激痛が走り、思わず悲鳴が上がってしまった。今、俺の足を踏める人は一人しかいなかった。
相澤さん、お前・・・
俺は相澤さんを睨みつけた。相技さんはにこにこと笑いながら、先輩に聞こえないよう小声で囁いた。
「付き合ってるって言え」
顔は笑っているが、こめかみに青筋を立てているのが目に見えた。さっきの先輩の威圧感も相当だったが、隣にいる相澤さんの圧の方がよほどきつかった。
どうすればいいだ、俺は。
すごく困った状況に違いなかった。相澤さんと先輩の間に挟まれて途方に暮れた。
彼氏だと言ったらあの先輩に殴られそうだし、否定したら隣の相澤さんがに何をされるかわからなくて怖い。
詰んだ・・・っ、痛っ。
相澤さんは俺の腕をつねった。
「は・や・く」
相澤さんの眉がぴくりと動いていた。怒りを必死に押し殺しているような顔だった。それに比例してつねる力がどんどん強くなっていった。
「ああ、わかった。わかったって」
耐えきれない痛みに、結局俺は白旗を上げた。相澤さんは腕を離してくれた。
やっぱり逃げるべきだった。
さっき逃げなかった自分を呪いたくなった。
この悲惨な状況に、俺は深くため息をつきながら先輩に向かって言った。
「・・・はい、彼氏です」
結局、言ってしまった。これからどうなるんだ。
「マ、マジカ」
「?」
なんか俺が思った反応と違った。顔をあげてみると、先輩は目を丸くしてこちを見ていた。
「そっか・・・彼氏いたんだな」
なんだこの反応。怒ってない? 殴らない?
ときょとんとしている中、急に先輩は頭を下げた。
「わりい。彼氏がいるとは知らなかった。相澤、さっきのは忘れてくれ」
「はい」
そう言って先輩は校舎の方へ歩いていった。隣では相澤さんがにこにこと手を振っていた。
え、これで終わりか。
なんだか、やられた気がした。
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