26-2
アメリの生気を取り込んだ巨大な魔獣は、人のーーカーラのの声で喋った。これまでとは違う知性ある魔獣だ。
同時に、彼女を取り囲む濃い闇は、呑み込まれると決して逃れられない、そんな邪悪さで満ちていた。
けれど。
「アイリーン。……ここで終わらせましょう」
ルイスは臆することなく、一歩足を踏み出す。その瞳は覚悟に満ちていた。
カーラを倒すことができるのは、きっと精霊の祝福を受けたルイスだけなのだろう。
私は頷いた。
「うん、必ず勝って」
と言いながらルイスの手を取ると、共鳴するように右肩が熱を持つ。そこから手を伝い、触れ合った場所から、熱が彼へと流れ込んでいくのを感じた。
(さっきカイン王子を元に戻すために私の中に入ってきた力が、ルイスに戻っていっているみたい……)
ルイスの体が光に包まれる。ルイスを中心に発生した清浄な空気が、カーラによって汚染された空気を洗い流していく。
そして美しい白い獣の姿が現れた。
いつもより一回り、体が大きいような気がする。そして身に帯びた神聖さも、普段より増しているように思えた。
聖獣ルイスと魔獣カーラが対峙する。
互いに牽制し合い、間合いを詰めることなく、一定の距離を保ちながら円を描くように動く。
均衡を破ったのはカーラの方だった。床を蹴り、一気に距離を詰め、鋭い爪で引き裂こうと試みる。
けれどルイスは予期していたかのように、悠々と避けた。そのまま、今度はルイスが前足を振って攻撃したけれど、魔獣もまた素早く避けた。
そして二人は再び間合いをとって睨み合う。
カーラは近付いては離れ、離れては近付く、といった動作を繰り返す。
何度か爪でルイスに襲い掛かろうとはしたけれど、どこか本気ではないように見えた。
わざと長引かせている、そんな雰囲気だ。
(ルイスの消耗を待ってる……?)
右肩の精霊の愛し子の印に意識を集中すると、ルイスとの接続のようなものが弱まっているような気がした。
(このまま膠着状況に陥るのは、まずいのかも)
それがカーラの狙いだとすれば、この状態を打破しなくては。そう思った私の視界に、それはふと飛び込んできた。
アメリが持っていた短剣が、床に落ちている。この短剣は闇に飲み込まれずに済んだらしい。
私は短剣を拾い上げる。そしてーー。
「カーラ!!」
私は叫び、短剣を投げた。
まさか、戦闘能力皆無の私から攻撃があるとは予想していなかったのだろう。
「この……っ」
と苛立たしげな声を上げ、カーラは短剣を叩き落とした。
けれどーーもう遅い。
カーラの意識が私に向けられたことによる一瞬の隙。そのわずかな隙をついて、白い獣の鋭い牙が、魔獣の喉笛を掻き切った。
「あ、……ああああぁぁ!!」
カーラが絶叫した。
そんな魔獣の心臓に、聖獣ルイスがとどめを刺すよう爪を突き立てた。その爪の先から、浄化の光が魔獣の体に注がれる。
聖獣の光は、魔獣にとっては毒のようなものかもしれない。
「があぁぁぁぁぁぁっ!」
カーラが苦痛に身悶えし、絶叫する。それと同時に、ルイスが与えた傷口からどろりとした闇が湧き出し、カーラを喰らうように包み込む。
「こんな小僧に、この私がやられるなんて……そん、な……」
カーラの体は闇に飲み込まれて、どろどろに溶けていく。彼女は最後の最後まで恨み言を吐きながら消えていった。
溶けた闇は王城の床に黒いシミを作ったけれど、やがてそれも、存在しなかったかのように綺麗さっぱり消えてしまった。
代わりに現れたのはカーラの依代となっていたアメリだ。体に傷はないけれど、ぴくりとも動かない。
アメリの息は、すでに止まっていた。教主に全ての生命力を吸い尽くされてしまったのだろう。
やがてアメリの右手が、無機質な灰色に染まっていく。その色は一気に彼女の全身に侵食し、彼女の体は、まるで石像のように変化した。
そして、ぽろり、と崩れた。それこそ風化した石のように。
その石のような体は、更に細かな灰になっていく。その灰すら、しばらく経つと綺麗に消えてしまった。
アメリという存在は、骨の一欠片、血の一滴も残さず、跡形もなく消滅したのだった。
彼女の傍若無人さには、とても悩まされたけれど、だからといって、こんな結末を望んでいたわけではない。
「アメリは赤ちゃんの時に、精霊の愛し子として仕込まれたのよね」
教主カーラにより、貴女は特別だと、何をしても許される存在だと刷り込まれ続けた結果、形成された人格だったとしたら、と考えると口をついて出てきた。
「もし、そうじゃなかったら、どんな子だったのかな」
普通の家に生まれて、普通に育ったなら、こんなことにはならなかったのではないかって思う。でも。
「それは……考えても仕方のないことです」
いつの間にか人の姿に戻っていたルイスが、私の頭にそっと手を置いた。考えるな、と言っているのだ。アメリも教主カーラによる被害者だったと考えるのは、ただただ辛いだけだ。
「そう、だね……」
きっと、この問いには答えなどない。だけど、そう考えるからこそ、望むことがある。
「でも、もし、この世に魔獣がいなくなれば、精霊の祝福や愛し子はいなくなるのかもしれないね」
聖獣は魔獣に対抗するための存在だ。魔獣さえいなくなれば、やがて役目は終わり、淘汰されるのかもしれない。
特別すぎる生き方は、ひずみを生み出す。
生まれた時から家族の愛情から引き離されたルイスも、母親から駒としてして利用され続けたアメリも、そして精霊の祝福に振り回されたカイン王子も、その被害者だったのだろう。
「そんな世界になるよう、頑張りたいな」
そう言うと、ルイスが柔らかな瞳で私を見つめ、そして、
「そうですね。私とアイリーンなら、それも可能かもしれません」
と答えてくれた。
ルイスとなら、きっとそんな世界を目指すことができると、そう思った。




