25-1
玉座の間から離れた私とルイスは、一旦、人の目を避けるために物陰に隠れ、息を潜めて王城の様子を窺っていた。
アメリを捜索する慌ただしい気配の中に、空気の澱みを感じる。ルイスの持つ「精霊の祝福を受ける者」としての鋭敏な感覚の一部が、私にも流れ込んでいるのかもしれない。
私はルイスの手を引いた。
「ルイス。カーラが来ているのよね?」
確認すると、緊張した面持ちでルイスは頷いて、こう答えた。
「あの親子の偽りを公に暴きましたからね。向こうも、もう後には引けないはず」
彼女たちは自分たちを精霊の愛し子と偽り、その地位をもって他者を蹂躙し続けてきた。中には彼女たちに異を唱えて、姿が見えなくなった人たちもいるらしい。
彼女たちが何をしてきたのか。一瞬、不穏な考えが頭に浮かび、私は身を震わせた。そんな私を見て、ルイスはもう一度、頷いた。
「私は魔獣には絶対に負けることはありません。私の持つ祝福とはそういうものです。ですがアイリーンは違う。アイリーンは精霊の愛し子だけど、愛し子に戦う力はない。そんな貴女を必ず彼らは狙ってきます」
祝福を受けたルイスを直接、亡き者にするより、愛し子を害する方が容易だ。そうすれば彼らは、愛し子を失った祝福の者が精神を安定させることができず、自滅するのを待つだけで良い。
「私とアイリーンは精霊の絆で繋がっていて、貴女の危機を感じ取ることもできますが、絶対はない。ーーアイリーンが襲われて私が間に合わないことを想像しただけで、気が狂いそうな気持ちになるんです」
ルイスは苦しげに告白し、「だから」と続けて私の目をひたと見つめた。
「カーラは、王城の混乱に乗じて確実に私たちを狙ってくる。だから迎え撃ち、ここで全てを終わらせます。アイリーンも覚悟はーーいいですよね?」
私が精霊の愛し子だと認められれば、私は王城に保護される。そうなると警護が固くなるため、ルラ教団側からすれば襲撃が難しくなる。
一方で私たちも、ここで彼らを逃し潜伏を許すと、長期に渡って襲撃の可能性に気を張らなければならなくなる。
だから両者にとって、今日が絶好の機会なのだ。
「もちろん」
私は頷いた。
このために、敢えてアメリに捕らえられ、王の前に引き出されたのだ。
私の揺るぎない決意を受け取ったルイスは、安堵したように一度大きく息をつくと、
「なるべく広い場所で対峙したいので、訓練場を目指しましょう」
と私の手を取って歩き出した。
訓練場は兵士たちが日々の鍛錬を行う施設で、王城の外ーー別棟にあるらしい。兵士たちは今、アメリを探すため動員されているので、恐らく無人だろう。
ルイスに案内されながら王城の外へ出たところで、背後から獣の唸り声が聞こえて私たちは振り返る。一匹の魔獣が、こちらを目掛けて駆けてきた。
その獣は一直線に私たちに向かってきて、体当たりしようとする。
「……っ!」
ルイスが私の手を引いて飛び退り、私を庇うように前に立った。
「……アイリーン、下がっていてください」
硬い声でそう言ったルイスの姿が揺らめく。柔らかな光が彼の体を包み込む。その中で人の姿が溶けて形を変える。
そして純白の獣が現れた。
魔獣に遭遇したら即座に臨戦体制に移るのは、恐らく聖獣の本能だろう、ルイスはすぐに唸りを上げて魔獣に対峙した。
ーーけれど。
その魔獣は、戦い方など知らないかのよう、がむしゃらに飛びかかってくるだけだった。
全てを噛みちぎる鋭い牙と、何をも引き裂く爪を持っているというのに、ひたすら突進して体当たりを試みる。
その戦い方は、今まで出会った魔獣とは違って、稚拙とも言える戦い方だった。ーーそう、殺戮を前提としないような。
何か、おかしい。
ルイスも違和感を抱いているのだろう。
多分、ルイスは今まで「自分から仕掛けた」ことがないのだと思う。爪と牙による明確な殺意を持った攻撃に反撃をすることがルイスの戦い方だから、この状況では戦いにくいのだろう。
けれど、こうしていては埒があかないと考えたのだろうか、聖獣の前脚から鋭い爪が伸びてくる。
そうしてルイスが今にも魔獣に襲い掛かろうとしたその時、私は違和感の正体に気付いた。




