24-2
アイリーンがアメリを傷つけた罪で王の前に引き立てられるらしい、という話をユーグから聞いたカインは、玉座の間の物陰から、身を潜めて一部始終を見ていた。
カインは、アイリーンが人を傷つけるような存在ではないことを、これまでの交流で確信していた。同時に、アメリが異母姉であるアイリーンを目の敵にしていることも。だからアイリーンはアメリに嵌められたのだろう。
婚約者の過ちは自分の過ちでもあり、自分が正さなければならない。
ゆえに必要であれば、自分がアイリーンを助けなければと使命感を抱いた。
しかし、ルイスが聖獣に化身する様を見て、改めて現実を知った。精霊の祝福を受ける者は、ただ一人。ゆえに自らが精霊の祝福を授かることは、決してないのだと。
そして彼女を守るのは自分ではなく、彼だということを。
アメリの逃走により騒がしくなった玉座の間。その混乱に乗じて、カインはそっと踵を返す。最早、精霊の祝福を受けし者ではないことが確定したカインの動向を気にする者など、いないだろう。
しかしカインは、心のどこかで、こうなることを予測していたような気がする。いつか必ず自分に印が現れると周囲から言われ続けても、その兆しすら見えなかった日々。
ただ……。
(あの娘が愛し子、か……)
舞を披露した時の彼女の神秘的な姿が、脳裏に強く焼きついて離れない。けれどルイスと彼女の強い絆の間には、誰も割り込むことはできないだろう。ーー心がちくりと痛んだ。
あまり人に会いたい気分ではなかったため、人目を避けながら廊下を歩いていると、ふと前方に違和感を感じた。
(何だ……?)
目を凝らして違和感の元を探る。
柱の影に、あまりにも不自然な闇が凝っていた。不穏な気配にカインは足を止め、剣の柄に手をかける。息を詰めて様子を窺っていると、闇の中から人影が現れた。
豊満な体に、露出の高い黒いドレスを身に纏った美しい女が蠱惑的に微笑んだ。
「ごきげんよう、王子様」
アメリの母。
精霊の愛し子を騙った娘の母。
「カーラ……」
アメリが「精霊の愛し子」であることが喧伝されたのは、まだアメリが赤子の時だ。まだ自我も芽生えていないアメリに騙りの意思などなかったはずだ。
では誰が、と考えれば、答えは明白だった。
「ねえ、祝福を受けていない方の王子様」
踵の高い靴が床を鳴らす音。甘い蜜のように、同時に蜘蛛の糸のように絡みつくような、その声。
全身が危険を告げているにもかかわらず、何故か足は地面に張り付いたように動かせない。その間にもカーラはカインに近づいてくる。
「貴方は精霊の祝福が欲しくないの?」
人の暗い部分。欲望や渇望、嫉妬。そんな感情を呼び覚ます響き。
「あのルイス王子に負けて、悔しくないの?」
伸びてきた細い指が、カインの顎に絡みつく。
「あの子が……欲しくないの……?」
その言葉が引き金だった。カインの脳裏にアイリーンの姿が浮かぶ。自分だけに笑いかけてくれる、あり得ない幻だ。
そうあってほしいと、ほんの少しだけ、考えてしまった。それが……悪夢の始まり。絡みつく声が、カインを捉えた瞬間だった。
「さあ、私の獣になってくださいな」
カーラの指がカインの額に触れると、その場所に禍々しい印が刻み込まれる。ーールラ教団教主の目が赤く光った。
「さあ、ルイス王子を葬り、愛し子を手に入れなさい。欲望の赴くままに」
額の印から湧き出した闇が、カインの体を包み込む。
押さえ込んでいた負の感情が溢れ出る。どす黒い思考が理性を葬り去った時、カインの姿は黒い獣に変化していた。
抑え切れない本能に突き動かされ、駆けて行った魔獣カインの背中を見送るカーラは、つまらなそうに呟いた。
「本当に……あんな小娘のどこがいいのかしら?」




