23-2
「……ルイス」
私は何もない宙に向けて、そっと呼びかけた。
空間が歪む。蜃気楼のように揺らめく景色。その空間のひずみから現れ出たものに、その場にいる全員が息を呑む。
汚れを知らないかのような真っ白な毛並み。神々しい光をまとう純白の獣……聖獣が現れた。
私の大切なもふもふ。
私のーー大切な人。
いつでも私を守ってくれた存在。
私はあの日ーー街中に魔獣が現れた日に、もふもふがルイスであり、聖獣であることを理解した。
ルイスともふもふが同時に存在していたことがあったのは、精霊の祝福の能力の中に、自らがもふもふに化身する力と共に、分身を具現化させるものがあるのだろうと思う。
そしてもう一つ、今ようやく確信したことがある。
ルイスは王家の人間の中で唯一、精霊の祝福を受けた存在であるのなら、私が精霊の愛し子のなのだ、と。
聖獣をその身に宿した人を、人の世界に繋ぎ止めるための存在。
そしていかなる状況でも、聖獣と同じ空間にいることができる。つまりーー聖獣をどんな場所にでも呼ぶことができる。
それが愛し子の力であり、逆に言えば、それくらいしか、できることはない。
けれど偽りを糺すために、私は今ここで、自分が愛し子であることを証明する必要がーー聖獣を呼び出す必要があった。
突然、現れ出た聖獣に、居並ぶ重臣や衛兵たちがざわめく。
「聖獣だ……」
「祝福を受けた方だ!」
ここは聖獣を祀る中心地だ。この純白の獣が聖獣であることに、誰も疑いを持たないだろう。
もふもふ……いや、ルイスは私を守るように、私と王の間に割って入る。そしてアメリに向けて牙を剥いて唸る。とても殺気立っていた。
「ルイス、私は大丈夫」
殺気を放つ聖獣ルイスの頭を、そっと撫でる。王の御前だ。いくらルイスが王子とはいえ、この場で誰かを負傷させたりするわけにはいかない。落ち着いてもらわないと。
ゆっくり撫で続けると、次第に唸り声が小さくなって行き、やがて気持ち良さそうに目を細めた。
聖獣ルイスは殺気を収めると、ぶるりと身を震わせた。それと同時に彼の内側から光が溢れ始める。
眩いほどの光は周囲を白く染め上げ、やがて静かに引いていった。そして聖獣がいた場所に立っていたのはルイスだった。
…‥どういう原理か、ちゃんと服は着ていた。実は聖獣から人の姿に戻った時に、一糸纏わぬ姿だったらどうしようと、こっそり心配していたけれど、その必要はなかったようだ。
「アイリーン……私を信じて呼んでくれて、ありがとう」
人の姿に戻ったルイスは、まず私安心させるように微笑みかけてくれた。
「ルイス……」
私は何一つとして疑ってはいなかった。名を呼べば、どんな時でも私の元に駆けつけると約束してくれたのだから。
ルイスは私を背に庇い、王に対峙した。
「その人は私の命の恩人です。今すぐ、その得体のしれない兵たちを引かせてくださいーー父上」
ルイスは王のことを父と、そう呼んだ。けれど王は怯えたような目でルイスを見つめるだけで、何も答えようとしない。
「私は、彼女が私の命の恩人だと、そう言ったのですよ」
強い語調で繰り返す。
精霊の祝福を受けた者の言葉に、その場の誰もが口を挟むことはできなかった。やがて王はか細い声で告げた。
「……引くがよい」
王の言葉に、兵たちは渋々といった様子で引き下がる。それを確認したルイスは、今度はアメリに向き直った。
「アメリ」
しんと静まり返った空間に、冷え冷えとしたルイスの声が響き渡る。アメリがびくりと身を震わせた。
「君は私をアイリーンから引き離すために、手下を使って私を拘束しようと試みましたね。ーー私の護衛がアイリーンに付いて、隙ができたとでも考えたんでしょうね」
「それは……!」
何か言い募ろうとするアメリに、しかしルイスは決して付け入る隙を与えない。彼女の次なる言葉を制するように、話を続けた。
「君は、精霊の祝福を受けた者を害そうとしたわけだ」
「ちが……っ」
ルイスは腕を組む。その瞳は、厳しく断罪の意思を宿していた。
「危険分子は処刑に値すると、君は言いましたが」
どこから聞いていたのだろう、ルイスは先ほどアメリが放った言葉をそのまま返す。
「君に処罰を受ける覚悟はあるのかな?」
処罰という単語を聞いたアメリが、おののきながら一歩後ずさる。けれどルイスは追求の手を緩めない。
「自分は精霊の愛し子だという言い訳は、もう通用しませんよ。君と私の間には何の絆もない。ーーアイリーンこそ、私の精霊の愛し子です」
「違うわ!」
否定する声は悲鳴のようだった。そんなアメリに、ルイスは噛んで含めるように言い聞かせる。
「君が否定しても、アイリーンは一度、力を示しています。街で私と共に魔獣を追い払った。目撃した者も多数だ」
誰も反論しないことを確認したルイスは、私の腰に手を回し、歩き出すよう促した。
「行きましょう、アイリーン。とんだ茶番劇に付き合わせてしまいましたね」
誰もがルイスのために通り道を開ける。王ですら、咎めることはなかった。
ただアメリが一人だけ、納得していなかった。いや、できるはずがない。精霊の愛し子を偽った事実は、彼女の進退に関わることだから。
「そんなこと……」
アメリの悲壮な声が私の背を追ってくる。
「そんなこと、あるはずがないわ!」




