最終話 偽王子君の事情
目の前にいたのは、異空間の偽王子君ではなかった。
そこにいたのは、スーツを着込んだ、ごく普通のお兄さんだった。
年の頃なら、二十歳ぐらい。可もなければ不可もない容姿。そして、オールバックの黒髪を持っていた。
そして、彼は、黒い瞳で私の方を見て、耳にはスマホをくっつけて話していた。典型的な日本人だった。
彼は、スマホの通話を切ってポケットにしまい、こちらを見て微笑んだ。
「蜜柑ちゃん。会いに来たよ」
目の前にいる彼が異空間ではないので、私は面食らった。
私は急いでスマホを切って、着信履歴を確かめた。
確かに、着信履歴は『偽王子君』になっていた。
私は、あの時、偽王子君の電話番号をスマホの電話帳に登録していたのだ。
だから、まぎれもなく目の前にいるのは『偽王子君』ということになる。
「偽王子君!? ええええええ!」
私の大声に驚いた人型の偽王子君は、私を慌ててコンビニの外に連れ出した。
買ったジュースを二人で飲みながらコンビニの駐車場で話す。
「偽王子っていうのは、俺のあだ名なんだ。」
「あ、あだ名……?」
「俺、駐車場で自動車止めて仮眠を取っていたんだ。そうしたら、トラックが突っ込んできたらしくて。気がついたときには、記憶を無くして異空間の中に居たんだよ」
そ、そんなことってあるのだろうか。
確か、異空間の偽王子君は、目が覚めたら異空間の中に閉じ込められたと言っていた。
確かに、言っていることのつじつまは合う。
「それで、異空間に閉じ込められてからは、あだ名の偽王子って名前しかわからなくなって」
「ええええっ!?」
「それで、蜜柑ちゃんから告白されたときオーバーヒートして、気がついたら病院のベッドに居たんだ」
「ふ、ふーん」
「そうしたら、スマホの着信履歴に気づいて。蜜柑ちゃんの事は夢だと思っていたけど、調べてもらったら、蜜柑と言う人が本当にいることが分かったんだ」
そんなことって本当にあるのだろうか。
偽王子君は、優しい笑みを浮かべて私に微笑みかけた。
「だから会いに来ました!」
偽王子君は、隠し持っていた赤い薔薇の花束を私にくれた。
私の目から涙がこぼれ出る。
「約束していたプレゼントだよ、蜜柑ちゃん」
「わぁ、ありがとう……!」
「本当は千本の薔薇をあげたかったんだけど」
「千本……? 偽王子君、なんで……?」
「鈍いのは相変わらずだね、蜜柑ちゃん。それに俺は偽王子じゃないんだ」
「ええっ!? 偽王子君は偽王子君じゃないの?」
「それは、あだ名だからね~」
「そ、そっか」
「本当の名前は『祇王寺 琉歌』っていうんだ」
確かに、『偽王子』は『偽王子』とも読める。
変わった名前だと思っていたけど、そんなオチだったのか。
「でも! 偽王子君は偽王子君だよ! 偽王子君、また会えるかな!」
「うん、毎日会えるよ?」
えっ、毎日……!?
偽王子君はしたり顔で微笑んでいる。
「えっ? どういうこと?」
「最近、蜜柑ちゃんの部屋の隣室が埋まったでしょ?」
「う、うん……? ま、まさか……!?」
偽王子君は、笑っている。
「鈍い蜜柑ちゃんも成長したんだね。その通り。蜜柑ちゃんの隣室に引っ越してきたのは、俺だよ~」
「な、なんだって~!?」
「……やっぱり、迷惑かな?」
「ううん! そんなことないよ! また、異世界に一緒に行こうよ!」
「また、蜜柑ちゃんと冒険しようね? 大好きだよ、蜜柑ちゃん!」
やった! また偽王子君と一緒に居れる! 寂しくなくなる!
私の灰色だった世界が鮮明に色づいた。
偽王子君は、手を差し出してきた。私はその手を掴む。
そして、二人は夕日に向かって歩き出したのだった。
<完>
くれぐれも、さぎにはご注意ください。




