第三十五話 余弦国と妖精
私はすぐに、アレクシス王子にその事をご報告した。
アレクシス王子は難しそうな顔をしていた。ローズ第三王妃が手痛いしっぺ返しを食らったことよりも、またひとに裏切られたと感じているのかもしれない。
その日、ローズ第三王妃がアレクシス王子の部屋に駆け込んできた。
『アレクシス殿下! 妖精をこちらに寄越してください!』
ローズ第三王妃は血走った目をして、アレクシス王子に赤いマニキュアを塗った手を伸ばしてきた。けれども、アレクシス王子は冷静にそれを払った。
『何のことだか、さっぱり分からないが……』
『でないと、余弦国が……!』
『何だって……?』
『お願いですから……! 妖精を……!』
ローズ第三王妃は泣き崩れた。
『策を講じてしくじったのはそちらの都合。私には関係ないことだ』
アレクシス王子の青い眼は冷めていた。ローズ第三王妃を追い返すと、部屋を見渡していた。金銀で装飾された部屋は氷の輝きのように冷え冷えとしていた。
私は姉の部屋で手を組んで唸っていた。アレクシス王子が心配事で胃を痛めているのを画面から見ている。
『これは、困ったね、蜜柑ちゃん……!』
「そうなったら、アレクシス様も……」
アレクシス王子が凶刃に倒れるところをうっかり想像してしまい、私と偽王子君は震えた。
「嫌だ……!」
『それは嫌だよ……!』
「よしっ!」
私は一大決心をして、膝を叩いた。偽王子君が吃驚したように異空間の画面を震わせた。
『ど、どうしたの? 蜜柑ちゃん……』
「余弦国に話を付けに行ってくる!」
『ええっ!? 危険だよ!』
「私と偽王子君が居れば、なんとかなるよ!」
『う、うん、がんばるよ!』
偽王子君が興奮したように、異空間をぐるんぐるんさせた。
『お~!』
「お~!」
それに私も同調するのだった。
アレクシス王子は、まだ自分の部屋を見渡していた。絨毯を踏んで辺りを見回している。
私と偽王子君がいるのかどうかを探っているに違いない。
勿論、一部始終は見せてもらったが――。
『蜜柑、偽王子。聴いていると思うが、危険だから余弦国には行くな。分かったな?』
アレクシス王子は心配そうに虚空を見て呟いた。
宝玉国に危険が迫っているのに、私たちを売らなかったアレクシス王子は情が深い。その上に心配までしてくれている。
その事が私たちの士気を高めていることに気づいているのだろうか。
「大丈夫だよ! ちょっと行ってくるだけだからね!」
私は姉の部屋からこっそりと返事をした。無論、アレクシス王子には届いていないが。
『バベルさんが余弦国に帰ってからの方が、話が進むかもね』
「じゃあ、バベルさんが余弦国に帰ったら、話つけに行こう!」
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その数日後。私と偽王子君は有言実行することにした。
「余弦国に飛べ!」
私が異空間を操って画面を余弦国に移動させると、夕日に染まった余弦城がそこにあった。空に染まるような真っ青な城は、真っ赤な夕日で紫に輝いている。私は余弦城の中に侵入した。そして、異空間から半トリップした。すると、衛兵たちと目があった。
「えへへ、どうも~! 宝玉国のアレクシス王子の代理で来ました~!」
『こんにちは~』
衛兵たちは「ぎゃああああああ!」と、悲鳴を上げた。辺りは騒然となってしまった。
「妖精だ~!」
「妖精が現れたぞ~!」
捕り物劇のように、一斉に、槍を手に襲い掛かってきた。私は異空間から顔を引っ込めると、するりと、異空間を移動させた。
「ええと……バベルさんは~……」
姉の部屋から異空間をバベルのいる場所に飛ばした。
そして、私は異空間から顔を出した。
青を基調とした煌びやかな銀で細工した部屋。天井も高いし、広い。だから、暖炉には火があるが、熱が隅々まで届いていない。
バベルは身なりの良い男の傍に控えていた。
「バベルさん!」
私が呼ぶと、バベルは私たちに気づいた。
傍にいた身なりの良い男も驚いている。
「宝玉国からお願いにきました!」
『どうか、宝玉国を滅ぼす事だけは止めてください』
バベルは部屋にこだまするような大声で大笑いしてから、衛兵たちに指示を出した。
「現れたな、妖精! 捕らえよ!」
衛兵たちが槍をもってなだれ込んできた。
追い詰められた私は、天井近くに移動せざるを得なかった。
「は、話を聴け!」
「話を聞いてほしければ、捕まることだ!」
バベルは最初から話を聞く気などない。
そんな簡単な奴ではないことは、最初から分かっていたはずだった。
「く、くっそ~!」
仕方なしに、私は次の策を練るのだった。




