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2週間間隔で更新したいんです。。。
これまでの行いを口にすれば、誰もが自分を罵倒し蔑むだろう。それ程のことをしてきた自覚はある。 「国のため」を言い訳にして、多くの命を奪ってきた。表向きは戦場で隊を率いる少佐の地位に属しながら、裏では政府の密偵として情報を掴み、対象となる人物をこの手にかける。あの頃は二足の草鞋を履いていた。寧ろ裏の顔の方が主だったと言える。その為に人を騙し、陥れることなど日常茶飯事だった。Cが言うように、対象の人物に近づく為、こちらに好意を抱く女を利用することも多々あった。
周りから整い過ぎだと言われるこの容姿は本当に役に立った。自分では、きつい眼をした暗い陰気な面にしか思えなかったが。必要最低限にしか鏡を見ることもせず、身なりに気を使うタイプでもなかった為、なぜ周囲の視線をこれ程までに感じるのか不思議で仕方なかった。しかし役立つのは女相手のみで、同僚や上司からの評判は最悪だった。その殆どが妬みや嫉妬からくるものだったが、おべっかを使う気は更々なかった。人付き合いが昔から得意ではなかったのもあったが、彼らの言っていることもあながち間違いではなく、自分の歪んだ性格に問題があるという自覚もあったからだ。
多くの女性と関係していく中で、女は惚れた相手の為ならばどんな事でもするということを学んだ。殺し屋だと知っても、最期まで自分を信じ、命を投げ出した女もいた。対象者には恨みも何も無かったが、ただ流れ作業のように与えられた仕事をこなしていた。敵も味方も関係ない。対象となった人間は必ず仕留める。失敗は許されない。頭の奥底で、警告の鐘が鳴り響いているのを無視して、耳を塞いだ。瞳の奥深くから、血の海が押し寄せてくるのを見て見ぬ振りをした。
その任務から解かれ、大佐の地位を与えられ日々せわしなく働いている今でも、影のようについて回る己の過去に襲われそうになる時がある。自分の影が大きく伸び、暗闇に包み込まれて抜け出せなくなる。夢なのか現実なのか、生々しく甦る死の感触に、叫び出しそうになるのを必死でこらえる。あの頃のことは何故か曖昧で断片的にしか思いだすことができず、所々記憶が飛んでいて、ゆらゆらと揺れる陽炎のようにはっきりしない。しかし殺した相手の顔だけははっきりと思い出すことができた。
いつだったか。次生まれてくるときは軍人ではなく、普通の人生を歩みたいと願ったことがあった。愛する人を作って幸せに暮らしたいと。
今思えばあり得ない夢だが、昔自分の為に死んでいった女達も、同じようなことを言っていたような気がする。貧しくても何もなくとも、愛する人に愛し愛されて。その為に人は生まれてきたのだから。自分以上に守りたい人がいる。抱きしめたい存在がある。例え引き裂かれる運命であっても、出会ってはいけない運命だったとしても、愛することは尊いものだと。
それを言えば、人の愛し方すら知らない自分は人間失格ではないか。
腹の底で笑いながら、腕の中の女を強く抱きしめた。
もしもこの先、誰かを愛することがあっても、決して想いを伝えることはないだろう。
血にまみれたこの両手で抱きしめて、汚したくはなかった。
ただどんな手を使ってでも、愛するものだけは守ってみせる。おそらく自分はそういう愛し方しかできない、愚かな人間だ。
しかしそれもただの妄想にすぎない。
自分以外の人間に心を奪われることなど、あるはずはないのだから。
雲雀は小さく笑うと、目の前に座る少年を見つめた。
その視線に気付くと、結鶴の胸は早鐘のように高鳴る。動揺を隠すように平静を装い、ゆっくりと目を逸らした。伏せられた長い睫毛が小刻みに震え、引き結ばれた薄い唇が強く噛んでいるせいか、うっすらと赤みを帯びる。
その様子に、雲雀の意識の中に忘れていた記憶が甦る。しかしその記憶は手繰り寄せようとする前に一瞬にして跡形もなく消え去る。
残ったのは僅かな喪失感。
雲雀はこめかみを押さえ、微かに残るその感情を受け流した。
雲雀と結鶴は、雲雀の執務室のソファに向かい合って座り、遠矢の入れた紅茶を飲んでいた。Cは結鶴の軍服姿を散々褒め称え、後は宜しくと雲雀にウィンクをしてその場を後にした。遠矢も結鶴を見るなり「王子様だ!」と騒ぎ立て、目をらんらんと輝かせていたが、雲雀の無言の圧力に押され、すごすごと退出していった。
「お久しぶりです。暫く顔を見せず、すいませんでした」
結鶴は特に悪びれた風もなく、淡々と謝罪の言葉を口にする。今日はこの間とは違い、会話をする気があるように見えた。相変わらず表情を殆ど崩すことはなく、挑発的な強い目をしていると思う。
「いや、かまわない。それよりその格好はどうした」
結鶴はこれまで、黒を基調とした地味な服装をしていた。本人は控えめな装いのつもりだったのだろうが、頭からつま先まで真っ黒な鴉のようないでたちが、逆に彼の肌の白さと瞳の強さを強調させていた。まるでこの世のものではない、神の使いが舞い降りたような姿は町中でも人目を引いていた。それが今は雲雀や遠矢と同じ紺の軍服に身を包んでいる。
「軍部内ではこの服装の方が色々と便利が良くて。マドンナに頼んだんです」
「マドンナ?」
雲雀の怪訝な顔に、結鶴は「ああ、Cのことです」とさらりと返す。
「なんて呼んで欲しいか聞いたら、大昔外国で有名だった女性の名前だとかって」
「あの女は大元帥の第三秘書だ。妙なあだ名をつける必要はない。ましてや行動を共にするなど言語道断だ」
第三秘書は陰の存在であり、第一秘書や第二秘書とは位が全く異なり、使い捨ての道具のような役割しか担っていない。むしろその存在は通常伏せられており、他の秘書官に何かあった場合以外、第三秘書が表に現れることはない。結鶴の着替えを手伝うためだけにあの女を使うなどあり得ない。他の秘書に何か緊急の事態が発生したのか――――
雲雀の言葉に、結鶴は一瞬顔を顰め、非難するような眼を向ける。
「彼女も一人の人間です。僕は個人として認めてあげたい」
その台詞に、雲雀は子どもの綺麗事に付き合ってられないという様子で笑う。
「…僕は、これまでずっとhandと呼ばれていました」
結鶴はそう言い立ち上がると、窓から部隊の訓練の様子を眺めた。
「ここへ来て、貴方や遠矢さんから名前で呼ばれて、生き返ったような気がしました」
「君が気を悪くしたなら謝ろう。…ただ彼女には気をつけた方がいい」
結鶴は振り返り、目を伏せ小さく首を縦に振った。
「さっき、何か考え事でもしていたんですか」
数秒ほどの沈黙の後、結鶴は口を開いた。
突然話が変わり、雲雀は何のことかと考え、先程のことを思い出す。
「ああ、一瞬記憶が戻ったのかと思ったんだが、また掴めなかったんだよ」
その言葉に結鶴は分からないというように首を傾げた。その様子に、雲雀は「実は私自身もよくわからないんだ」と笑う。
「私は5年前より先の記憶が曖昧で、所々抜け落ちている箇所がいくつもあるんだ」
5年前、病室で目覚めた時、雲雀は完全な記憶喪失に陥っており、自分の名前すら答えることができない状態だった。しかし優秀な医師の力もあり、程なくしてほぼ全ての記憶を取り戻し、現在では仕事や普段の生活にも全く支障のない状態まで回復した。全てと言っても、記憶を無くす以前の記憶がどれだけのものか把握出来ない為、何パーセント記憶が回復しているのかは分からなかった。その上なぜ記憶を失ってしまったのか、直前まで何をしていたかということは、5年経った今でも分からないままだった。医者からは焦ることはない、日々の生活をしていく中でゆっくり引きだされる記憶もあると言われ、ここ最近は月に一度の定期検査を受診するのみで、雲雀自身、失ったものを無理に取り戻そうと焦る気持ちも、年月と共に薄れて行った。
しかし時折、失った記憶の欠片がばらばらに散らばったピースのように頭の片隅をよぎることがある。その瞬間はピースを捕らえようと必死になるのだが、霞みがかった記憶は捕らえることはできず、過ぎ去った後はそんなことを考えていた意識さえも曖昧な状態になり、何を捕まえようとしていたのかさえも忘れてしまう始末だった。
「失くした記憶があるまま毎日を生きるのは、怖くないですか」
結鶴の問いに、雲雀はそうだな、と宙を仰ぐ。
「私のしている事は現在も過去もろくなものじゃない。むしろ戻らない記憶は、自分自身が思いだすことを拒否しているのかもしれない。昔は何か大切なことを忘れているのではないかと不安に駆られることもあったが、思い出さなくてもよい記憶もあるんだと今は考えるようになった。
…まあ、頭の中に靄がかかったようで良い気分ではないが」
なるべく重い話題にしないようにと軽い調子で話したつもりだったが、結鶴は複雑そうな表情を浮かべていた。その様子に、「気の毒がってくれる者もいるが、私自身は気にしていないんだ。あまり暗い話にとらえないでくれ」と雲雀が苦笑すると、結鶴は無言でソファに座る雲雀の前に立った。雲雀はどうした、と顔を上げ、結鶴を見つめる。
結鶴はそのままゆっくりと左手を上げ、雲雀の頬に触れた。
「…僕なら、その記憶を取り戻すことができるかもしれません」




