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目を覚ますと、真っ白な天井と、ちかちかと瞬く電球が見えた。どうやらどこかの部屋に寝かされているらしい。天井との距離からして、ベッドの上にいるのだろう。消毒液のような匂いがシーツから漂ってくる。頭を動かすと、大きな窓から真っ青な空が見えた。随分高い位置から見る景色に、ここは何階なのだろうとぼんやり思う。体を起こそうとすると、酷い頭痛がしてもう一度横になった。
痛みにこめかみを押さえようとすると、左腕にブレスのようなものが付けられているのに気がついた。それは銀色で、近くで見なければ着けていることに気付かないほど細いものだった。軽くて、着けている感覚すらない。右手でそっと触れてみる。何かの金属のようだが、材質は分からない。明りに照らすときらきらと光を反射して綺麗だった。
「やあ。目が覚めたようだ」
扉が開く音と同時に、親しげな声がして、その方向へ顔を向ける。
二人の男が目の前に立っていた。
一人は大柄で、黒いスーツの上下にサングラスをかけ、足を大きく開き両手を後ろに回している。顎を少し上げた状態で、入口を塞ぐように立って静止していた。もう一人は小柄で細く、かなり年がいっているように見えた。多分祖母と同じくらいか。白く長い顎鬚に手を掛け、それをゆっくりと上から下へ撫でつけている。目尻が釣り上がり、狐の面を思い起こさせた。張り付いたような笑顔が、逆に恐怖を感じさせる。
僕はゆっくりと身体を起こし、老人を見つめる。頭痛が酷くなっているような気がする。
「君のご家族の事は申し訳なかった」
老人は人を二人も殺したことを何でもない事のように軽く謝罪すると、何か飲み物でも用意させようと言う。その言葉に、扉の前に立つ男が、一礼をして部屋を出る。
「気分はどうかね?いきなりあれ程の力を使えば、身体への負担も大きいはずだ」
この頭痛は力のせいなのか。頭を左右に振って痛みを飛ばそうとするが、酷くなるばかりだった。
「…あなた達は誰だ。なぜ母さんとばあちゃんを殺したんだ」
僕の言葉に、老人はああ、と思い出したかのように自己紹介を始めた。
「私の名は斑鳩。周りからは大元帥と言われている」
大元帥という単語に 首を傾げた自分を見て、要は隠居老人という意味だよ、と老人は笑む。
「斑鳩と呼んでくれてかまわない。ここは軍が所有する郊外の屋敷の中だ。この屋敷の存在は、私とさっきドアの前にいた男以外知らないのだが。ああ、彼には名前が無くてね、私は鳰と呼んでいる。君もそう呼んでやってくれ」
斑鳩という男はそこで一呼吸おくと、またゆっくりと顎髭に触れる。そこへ鳰がトレーにグラスを載せて戻ってきた。
「レモン水でございます。よろしければ、鎮痛剤もお飲み下さい」
そう言ってグラスを渡される。薬が入っているらしい白い紙袋は、サイドテーブルに置かれた。僕は薬には手をつけず、レモン水を飲む。微かにレモンの香りがし、酸味のある液体は喉に染み渡った。一口飲むと急に喉の渇きを覚え、一気に飲み干してしまった。空になったグラスを受け取ると、鳰はまた入口の前に立ち静止した。
「君のお母様は、君の力には気付いていなかったようだね」
斑鳩は続きを話し始めた。
「…だがお祖母様はご存知だったようだ」
僕は驚いて斑鳩を見た。斑鳩は微笑んだまま、話を続ける。
「我々は、君の力をこの国に役立てようと考えている。その為に、君に関わる人々は排除する必要があった」
斑鳩はベッドサイドまで歩み寄ると、茫然とする僕の左手首を掴み、親指の腹でブレスに触れた。
「これは君を監視する為のものだ。もし君が力を使った時にも、我々はそれを感知することができるようになっている。
――――君の力は、我々が思っていた以上に強かったようだからね」
不思議そうに斑鳩を見上げると、彼は白く太い眉を片方だけ動かし、彼の足は原型を留めていなかったそうだね、と笑った。あの任務を与えた時点で彼らには死んでもらうつもりでいたんだ。君の存在をあまり沢山の人間に知られてはまずいから、と。
彼らは殺されたのか。
「君達のような力を持つ人間は、handと呼ばれている。オーブに古くから言い伝えられてきた力だ。だが今までhand達は、その力を悪用しようとする者達から逃れるために、表には現れず、その力をひた隠しにして生きてきた。君の父親のように…―――しかし私なら、君のその力を有効に使うことができる」
『君に考える猶予を与えよう』
僕はその後も、黙って斑鳩の話を聞いていた。斑鳩は物腰はとても穏やかで優しげだが、その奥底から隠しきれない威圧感や、鋭さを放っていた。その笑顔は張り付いた狐の面そのものであり、その下に隠された本当の表情を想像するだけでも恐ろしかった。
斑鳩はこの国の為にその力を使うよう諭してきた。斑鳩は政府の人間で、僕のような力を持つ者は、handと言われているらしい。僕を捕まえに来た奴らは斑鳩の命を受けた軍人だったそうだ。もし斑鳩に協力するのであれば、これから僕はこの塔で生活をしながら、handとして自分の力を操れるよう訓練し、斑鳩の指示のもと、力を使わなければいけない。どのように使うのか尋ねれば、「君があの男にしようとしたのと同じことだ」と告げられた。ようはこの力を使って人を殺せということだ。
『もしそれができないのであれば、君には死んでもらうしかない』
僕の両親や祖母を殺しておいて、言うことを聞かなければお前も殺すなど、なんて身勝手な男だと思ったが、今の自分には怒りも悲しみも沸いてはこなかった。子どもの自分が足掻いたところで何もできないのは分かりきっていたし、この世に自分はひとりきりになってしまったのだから。つい先ほどまでの幸せな生活は、もう二度と戻らない。優しい母や、僕の力のことを最後まで心配してくれた祖母は、もうこの世にはいない。僕の力のせいで、みんな死んでしまった。
斑鳩は、1日だけ僕に猶予を与えるという。それまでに生きるか死ぬか、どちらかを選択しろと突きつけられた。その間、塔の中から出なければ、行動は制限されることはないという。だがもし、僕が左手を使って逃げようとでもすれば、このブレスが反応して自動的に僕の左手を切断するように設定されているらしい。handの力を以てしても破壊できない特殊な素材なのだと斑鳩は得意そうに話していた。
あの後一人部屋に残され、暫くはベッドに横たわり天井を眺めていた。何もかもが現実味を帯びず、未だに夢の中の話のようだった。
母の最期を看取れなかったのが心残りだ。二人の亡骸はどうなったのだろう。誰か町の人が見つけて、弔ってくれただろうか。けいすけはうまく逃げられたのか。あいつは昔からいたずらをしても逃げ足だけは速かったから、きっと無事なはず。
斑鳩は一日で考えろと言っていたが、どう考えたって、あの男の言いなりになって人殺しの手伝いをするなんて、僕にはできないことだと思った。生きていても人殺しとしての人生しか残されていないのなら、いっそ母や祖母の元へ早く連れて行ってほしい。きっとそこには父親もいるはずだ。
斑鳩と話している間、僕は斑鳩を恐ろしい男だと思っていたが、自分も斑鳩と大して変わらないのではないかと思えてきた。あの時、祖母を殺したあの男を殺すために力を使い、苦しむ男を見ても何の感情も湧かなかったのだから。あそこで意識を失わなければ、僕は迷うことなくあいつを撃ち殺していただろう。一番恐ろしい存在なのは自分自身なのではないか。
そう思ったら、一刻も早く時間が過ぎ、この命を終りにして欲しいと感じる。
なぜこんな力を持って生まれてきてしまったのか。この力さえ無ければ、今も僕達はあの丘の上の小さな家で、ありふれた毎日を送っているはずだったのに。母さんは夕飯の支度をして、婆ちゃんはチェアでうたた寝。僕は庭でけいすけと追いかけっこ。そんな日々が、ずっとずっと続いていくはずだったのに。
僕のせいでみんな死んでしまった。
心の中で、二人に何度も何度も謝り続けた。そしてすぐに追いかけるから待っていてと呟いた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしく、目を覚ますと頭痛も治まっていた。少し肌寒く、窓に目を向けると夕焼けに赤く染まっていた。あれからどれくらいの時が経ったのか。
ベッドから下り、窓際まで行き窓を開ける。それは半分程しか開かない作りになっており、ここから飛び降りることもできないのかと自嘲する。涼しい風が入ってきて、まだ自分は生きているのだと嫌でも実感させられる。
町の中心部にある教会が遠くの方に見えて、ここは町からかなり離れた場所にあるのだと分かる。周りは全て高い塀に囲まれており、数メートル置きに見張りらしき憲兵が立っていた。その向こうは木々が生い茂って、森につながっており、簡単には出入りすることはできない作りになっているようだった。
雲がゆっくりと流れ、夕陽が沈んでゆくのをただ眺める。心の中はからっぽで、何も考えられなかった。ただ、左手首につけられたブレスを見るたび、現実を突きつけられるようで苦しくなった。
ふと、窓のすぐ真下に目をやった。何か人影のようなものが通り過ぎたのが見えた。目を凝らしたが、もう夕陽が沈む直前でよく見えなかった。だが確かに誰かが塔に入って行くのが見えた。すると憲兵達がばたばたと慌ただしく人影が通った場所に集まり、何事かを叫んでいる。リーダーらしき男があちこちを指さし、周りに指示を出している。
――――侵入者?
子どもというのはどんな時でも好奇心旺盛らしい。後少しで自分が死ぬというのに、僕の足は人影がした場所へ向かっていた。




