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あの日、僕は母と夕飯をとっていた。祖母は具合が悪いと言って隣の部屋で先に休んでいた。今夜は母特製オムライスの日で、僕は最後の一口を口に運び終わったところだった。
玄関のベルが鳴り、扉が何度かとんとんと叩かれる音が聞こえ、ドアの方に目が行く。ソファで体を丸くしていたけいすけが飛び起き、けたたましく吠える。普段滅多に声を上げることのないけいすけの様子に、僕は違和感のようなものを感じた。
母は、こんな時間に誰かしらと玄関へ向かう。僕はけいすけを抱き上げ、カーテンの隙間から外を眺めた。数人の男性が扉の前に立っていた。黒っぽい服装をしていたが、暗くてよく見えない。警察?何かを手に持っている。けいすけは、僕の腕の中でぶるぶると震えている。目を凝らす。それが何か気付いた瞬間、僕は咄嗟に声を張り上げ叫んでいた。
「母さん!開けちゃ駄目だ!銃を持ってる!」
僕の声と銃声が響くのは同時だった。
人が倒れる音がする。きっと母さんが撃たれたんだ。いくつもの足音が聞こえる。僕はけいすけを抱えたまま、隣の部屋で寝ている祖母の元へ走った。
殺される。
強盗だろうか。こんな町はずれの小さな家を狙うなんて、金目のものなんてあるはずはないのに。
部屋へ入ると鍵を閉める。そして左手でそっとドアに触れ、強く念じた。その瞬間、木製であった戸は、一瞬にして鉄製の分厚い扉へと変化する。幸いこの部屋には窓が無く、入口を塞いでしまえば密室になった。
祖母は銃声で目が覚めたのか、ベッドの上で上半身を起こし、こちらを見ていた。鉄の扉を見つめ、まさかそこまで強い力だったとは、と呟き、項垂れた。けいすけが僕の腕から飛び降りる。
「ばあちゃん、強盗だ!母さんが撃たれた。ここから逃げよう!」
反対側の壁を壊せば、裏庭に出られる。そこから逃げて町へ下りて助けを呼ぼう。ドアが大きな音をたてる。開かないぞ!どうなってる!向こう側から男達の声が聞こえる。時間がない。
震える左手でゆっくりと壁に触れる。集中しろ―。額から汗が流れ、首筋をつたう。音も立てずに、そこに人が一人通れるくらいの穴がぽっかりと空き、冷たい外気がひゅうと肌をかすめた。
「ばあちゃん、行こう!」
僕は祖母の手を引く。しかし、祖母は腰が悪いため、なかなか思うように体が動かない。誰に話しているのか、ぶつぶつと空を見つめて呟き続けている。
「お前の父親の力はそこまででは無かった。ただ相手の心を読むぐらいのものだった…」
「ばあちゃん!早く!僕らも殺される!」
家の裏に回られたらもう逃げられない。ドアに何発も銃弾を浴びせる音がこだます。
「ばあちゃん!」
僕は祖母を呼ぶ。10歳の僕には、祖母を背負って走るほどの力は無かった。
裏だ!裏に回れ!鉄の扉を蹴りつけながら、誰かが叫んだ。まずいと振り返った時には、数人の黒づくめの男達が、僕が空けた穴から部屋へ侵入しようとしていた。
全部で5人。黒づくめの男達は、銃を構え、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
僕は祖母を背中に隠し、彼らを睨みつける。恐ろしくて立っているのがやっとだったが、震える足を押さえつけるようにして踏ん張っていた。
ふと疑問が沸いた。先程まで、自分は彼らを強盗だと思っていたが、彼らを目の前にすると、それは違うような気がしてきた。黒いヴェールのようなもので鼻と口を塞いでおり、表情は伺えなかったが、その瞳からは、人を殺すことに対しての戸惑いや迷いは一切感じられなかった。こんな年寄りと子どもに、大の大人が何人もよってたかって銃を向けることへの羞恥心すらないようだった。
彼らはお互い均等に距離をあけ、銃の構え方や腰の落とし方など、全てが統一されていた。まるで何か特別に訓練されているかのようだった。暗闇でよく見えなかったが、皆大柄で、体つきも、町にいるちんぴら達とは全く違っていた。
強盗じゃない-。
ではなぜ母を撃ったのか。なぜ自分達を狙っているのか。訳が分からなかった。
5人は30センチ程の距離まで近付くと、歩みを止めた。真ん中にいた男が、ゆっくりと銃を下ろす。他の4人は構えたまま、動かない。
「我々とともに来てもらおう」
抵抗すれば殺す、と低い声音で言い、僕を見下ろす。
「――嫌だ」
考えるよりも先に声に出してしまっていた。男は眉を寄せ、ゆっくりと首を傾げる。まさかこの状況で自分がこんなことを言うなど思いもよらなかった、とでも言うように。
「―どうせ殺すつもりなんだろ。あんた達の目的はなんだよ。母さんは…」
「お前の母親は死んだ。後ろにいる老人にも死んでもらう」
祖母が背中で息を飲むのが分かった。パンパンと銃声が響くのと、僕が祖母を振り返って抱きかかえるのは同時だった。抱え込んだ祖母の頭部にぬめりを感じ、手のひらを見ると血で真っ赤に濡れていた。こめかみからも血が流れていく。
「ばあちゃん!ばあちゃん!」
叫びながら体を揺する。祖母は魚のように口をぱくぱくさせながら、殆ど吐息のような声で囁いた。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――」
祖母は左手で一瞬空を掴み、そのままこと切れた。祖母は死んだ。
地べたに座り、茫然と祖母を抱きかかえる僕を男は冷たい眼差しで見つめる。いつの間にか、4人の男達はその場から居なくなっていて、僕とその男と祖母だけになっていた。
「我々の目的はお前だ。いや、お前が持っているその力だ」
僕の力―。
その時、いつか言われた、祖母の言葉が頭の中に響いた。
『お前の父親は、その力のせいで殺されたんだ』
体中が冷たくなっていくのを感じて、祖母の血で濡れた左手を強く握りしめる。
自分の父親を殺したのは。こいつらの仲間だろうと確信した。そして母さんも殺された。そして今、祖母も。怒りで体中が震える。
「来い」
男が僕の腕を掴み、立ち上がらせようと強く引っ張った。僕はそれを思い切り振り払い、男を睨み上げる。涙の膜で男の顔ははっきりとは見えなかったが、驚いたように目を見開いていたようだった。その勢いに任せ、男の足を左手で強く掴んだ。
「ぎゃああああああああああああああああああ」
男が叫び声を上げる。手のひらから、男の足が音をたてて粉々に砕かれていくのを感じた。骨が砕ける振動が響く。この時の僕は、今までに感じたことのない怒りと憎しみで目の前が真っ赤に染まっていた。ただこの男を殺してやる、それだけだった。
男が見る影もなく捻りあげられた自分の足を押さえ、ひいひいと暴れながら床に倒れこむ。その拍子に落とした銃を拾い、僕は銃口をそいつに向けた。僕のしようとしていることに気付いた男は、のたうちまわりながらも僕から離れようともがく。見苦しかった。先程まで偉そうに自分を見下ろして命令していた奴とは思えない。立場というのは人を大きく変えるものだと、頭の片隅で冷静に考えている自分がいた。
トリガーを引く直前、どこからか小さく銃声のような音が聞こえ、自分の体に衝撃が走った。
撃たれたのかどうか分からない。
そこから僕の意識は途絶えた。




