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hands  作者: 綾人
3年後
14/15

2

 

 物心ついた頃から、自分が周りと違うことには気が付いていた。それを誰にも気づかれてはいけないことも、幼いながらに感じていた。だからずっと隠していたんだ。誰にも言わず、勿論母親にも言わなかった。僕には父親が居なかったけれど、母も祖母も居たから寂しくはなかった。愛犬のけいすけも。でも祖母は自分の力に気付いていたようだった。

 

 あれは僕が10歳の頃。祖母は母の言いつけで庭で薪割をしている僕の傍へやって来て、こう言った。

「その力のことは、誰にも知られてはいけないよ。」

 背筋を伸ばし、皺だらけの皮膚の下に隠された大きな瞳を見開いて、僕を見つめる。

 僕は驚いた。その時まで僕は祖母にもこの力のことは気付かれてはいないと思っていたから。祖母は普段殆ど口を開くことはなく、一日中窓際にあるお気に入りのチェアに揺られながらうたたねをしていた。祖母の前で力を使ったことなど無かったし、そんな素振りを見せたことすらなかった。どこで気付いたんだろう。

 いつの間にか、薪を割る手が止まっていた。僕の傍らにはけいすけがちょこんとおすわりをして、僕をじっと見つめている。祖母にどう答えていいか分からなかった。


「どうして…」

 やっとその一言だけ口から出すことができた。一瞬ごまかそうかとも考えたが、祖母には通用しないだろうと感じた。祖母は怖い人では無かったけれど、その瞳の色は強く、全てを見抜く藍色をしていたから。

 僕の言葉を聞くと、祖母はやっと僕の目から目を離し、両手を腰にまわして背をかがめた。腰が悪い祖母は、普段はいつもその姿勢でいた。

 祖母は小さくため息をつくと、沈みかける夕陽を眩しそうに眺めた。


「あんたの父親も、その力を持っていた。その力のせいで、殺されたんだ。」


 父親の話を聞くのは初めてだった。そしてそれが最後になった。

 そのひと月後、母と祖母は殺され、僕はhandとして捕らわれた。

 けいすけはどうなったか分からない。元気にしているだろうか。

 

 

 時々真夜中に目が覚めると思い出す。

 あの強い藍色の瞳を。



 

 

「今日はお前一人か」

 不機嫌そうな上司に、頭をかきながら反論する。

「いや、俺も誘ったんすけどね、今日は大した案件じゃないから俺一人で大丈夫でしょーって」

「誘うとかの問題ではない。遊びに誘うのとは訳が違うんだ。お前は報告係ではなく結鶴の警護にあたっている立場だということを忘れたのか」

 上官への報告も仕事のうちだと伝えておけ。そう言い放つと、夏目は席を立ち部屋を出て行った。

「そんなん自分で言やあいいでしょうがよ」

 主の居なくなった部屋で孔雀は口を尖らせる。akaneを出た後、結局結鶴は一人でふらふらとどこかへ行ってしまった。あの様子では、本当に公園で日向ぼっこでもするつもりだろう。


「自分で言えないから孔雀にあたってるんでしょ」

 振り返ると、遠矢が書類を抱えて部屋に入ってきていた。

「あの人ゆづちゃんに激甘だからねー本人には何にも言えないのよ」

 孔雀のせいでまた大佐どっか行っちゃったじゃん、この大量の決済書どうしてくれんだよ、と文句を言いながら、机に書類を積み上げている。

「そんな上司でいいのかよ」

「ゆづちゃんの直接の上司は大元帥だし。大佐は保護者件監視役みたいなもんだから、いいんじゃない」


 大元帥―。上層部の人間も、殆どその姿を見た者はいないという。結鶴はhandとして、大元帥の指示により動いている。今日行った『儀式』もそのひとつだ。

 

 結鶴の仕事は、自分と同じhandの力を持つ人間を探し出し、報告すること。handであるかどうかは、瞳の色で判断がつくらしい。藍色の瞳を持つ者は、少なからずなんらかの力を持っている可能性が高い。その強さは瞳の色の濃さに現れ、色が濃い程強い力を持つと言われてる。だがこの識別方法は簡易的なものであり、本当に力を持っているのかどうか、その力の強さを調べるには、やはり同じhandでなければ分からないらしい。その為、handである結鶴がその役目を担っている。

 結鶴の瞳の色は深く濃い藍色をしており、handの中でもけた外れに強い力を持っている、らしい。実際は孔雀自身も結鶴の力を殆ど見たことが無いため、強い力というのがどれほどのものを言うのかよく分かっていない。むしろhandが本当にこの国に存在していたという事自体、結鶴と知り合った3ヶ月前に知ったばかりなのだ。

 

 この国、オーブには、古くから言い伝えがあり、神に選ばれた左手を持つhandという人間が存在すると言われてきた。その力は強大であり、handの力によって、他国との戦争でも沢山の人々の命が救われたという。しかしそれはただの言い伝えに過ぎず、孔雀自身、結鶴に自分がhandであると聞かされた時も、一瞬何の事を言っているのかすぐには理解できなかった。こんな少年一人によってたかって軍のお偉いさんが何をやってるんだと半ばうんざりしていて、結鶴に対しても、警護というよりは御守りをさせられている気分だった。見た目に反してかなり気が強い所は気に入ってはいたが。

 しかし、結鶴と行動を共にし始めてから1週間程経った頃。孔雀は結鶴のhandの力を見せつけられることになった。

 

 町を歩いていた孔雀達は、偶然にも強盗犯と出くわした。奴らは3人組で宝石店を狙い、主人に拳銃を突きつけて、店にあった宝飾品を洗いざらい奪って逃走している最中で、運悪く仕事中の孔雀と結鶴に体当たりしてしまったのだ。孔雀はバランスを崩した結鶴を支え、「大丈夫か」と声をかけた。結鶴は無言のまま、走り去った3人組を視線で追う。

「ど、泥棒だー!誰か、誰か来てくれー!」

 遠くから叫ぶ声が聞こえる。

「は、泥棒?」

 軍服を着た孔雀と結鶴を見た3人は顔色を変え、慌てて傍に停車していたワゴン車に乗り込み、運転手を脅して逃げようとする。早く出せ!と運転手の頭を銃で小突いている。どうやら相当間抜けな強盗であるのが見てとれた。だがこういう奴らが焦って発砲したり、逃げる最中に歩行者を巻き添えにしたりして負傷者を出してしまう可能性は充分にある。孔雀は一瞬迷ったが、タイヤを狙い、銃を構える。

「待って」

 隣にいた結鶴が、孔雀の構えた銃口を押さえた。発進してゆく車を目で追いながら、ゆっくりと首を横に振る。

「おいゆづる!なにす――」

「見てて」

 結鶴の制止により、強盗を乗せたワゴン車は、スピードをあげどんどん小さくなってゆく。

 次の瞬間。ブレーキの音が鳴り響き、車は急停車する。

 運転席のドアが勢いよく開き、中から運転手らしき男性が転がりながら出てきた。孔雀は駆け出し、震えて自力で立ちあがることのできない彼を引きずり、車から遠ざける。車内からは物音一つせず、窓にはスモークがかかっており、中の様子は覗えない。孔雀はもう一度拳銃を構え、ゆっくりと車に近付く。


「もう大丈夫だよ」

 その声に振り返ると、結鶴が立っており、車のドアを勢いよく開けた。中からの反応はない。

 中を覗くと、男達は3人とも口から泡を吹き、白目をむき出しにして仰向けに重なるように倒れていた。

「こ、こいつら、い、いきなり苦しみだして!振り向いたら、泡吹いて倒れてたんだっ…」

 頭を抱え、真っ青に怯えながら、運転手の男は言う。

 サイレンの音とともに、警官がぞくぞくとやってきて、男達の身柄を押さえる。

 孔雀は茫然と、その場に立ち尽くしていた。

 

 何が起こった?何が起こったんだ―

 頭が混乱して整理できない。自分は確かに、あの3人が車に乗り込み、運転手を脅して走り去るのをこの目で見た。それが次の瞬間には、男達はみんな変わり果てた姿で車内で死んでいた。車内で一体何があった―。

 頭を抱え、前髪を掻く。動揺している自分を余所に、何事も無かったかのように現場検証へ立ち会っている結鶴の姿が目に映る。車が走り出す直前の、彼の一言が脳裏に響いた。


 見てて――


 孔雀の視線に気付いたのか、結鶴はこちらへ向かってくる。彼の藍色の瞳が濃度を増し、射るような強さに背筋が凍るのを感じた。その瞬間に、疑問が確信へと変わっていた。3人を殺したのは、handだと―。


 18のクソガキにびびってんのか?冗談じゃねえ。

 苦笑いをしながら、胸ポケットにあるはずの煙草を探る。禁煙中だが、今は無性に吸いたい気分だった。だが生憎切らしており、孔雀は舌打ちをすると、目の前に立つ少年を見る。

 

 自分の目の前まで来ても、結鶴は無言のままだった。だがその瞳は、孔雀の思いを全て理解しているような、冷めた色をしていた。


「結鶴、お前、あいつらに何した」

 できるだけ冷静に、平常心を保とうとする。


「藤間さん、貴方には知る必要があった。貴方はこれから、僕と一緒に行動してもらわなくてはいけないから」

「質問の答えになってねえ。あいつらに何したって聞いてる!」

 人目も気にせず声を張り上げる。元々気は短い方だ。殴りかからないだけましだと思って欲しい。

 こちらの様子を気にも留めず、結鶴は淡々と話し始める。

「分かってると思うけど、僕はhandだ。この左手で相手と接触できれば、例えその瞬間でなくとも少しであれば力を加えることができる。内側からでも、外側からでも…。僕は彼らと直前に接触していた。だから力を使うことができた」

「接触って…。あいつらとぶつかった時のことか」

 結鶴はゆっくりと頷く。

 

 孔雀は口元を押さえ、必死に頭の中を整理しようとする。脳裏に死んだ3人の姿が浮かぶ。

  

 神から与えられた左手。

 そんな綺麗なもんじゃない。これじゃあ、これじゃあただの……

 

 そう思った途端、ハッと我に返り、結鶴を見る。

 彼は孔雀を見ていた。じっと。自分の身体が透き通り、全てを見透かされているような気がした。彼は、動揺している孔雀の姿だけでなく、心の底までも見抜いているように感じた。


「そうだよ、藤間さん」

 結鶴は悲しそうに微笑む。


「僕は人殺しだ」

 そのことを、貴方には知っておいて欲しかったー


 


「まあ、無理もないよね」

 書類を整理しながら、遠矢は同情するように呟いた。

「ゆづちゃんの力は僕達しか知らないから、人が多くいる時間帯にあまり管内をうろうろしたくないんだと思うよ。年寄りは噂好きだから」

「あー…」

 そうかもしれない。ただでさえ一時期夏目との関係を噂されていたのだ。噂の相手が誰かは特定できなくとも、結鶴のあの容姿を見れば、誰だって噂の相手は結鶴だと判断するだろう。そういう周りの視線をなるべく避けようとするのは当たり前のことだ。

 今度からもう少し気を利かせてやろう、と反省する。報告の時間帯を就業時間以降にしたり、簡単な物は文書での報告で完了させたり。明日にでも夏目に相談してみなければ。考えていると、隣で遠矢が盛大な溜息をつき、呆れ顔で孔雀を見た。

「孔雀、まさか大佐とゆづちゃんが噂されると、ゆづちゃんが可哀想だから、今度からもっと気をつけてあげようとか反省してるんじゃないよね?」

「は?」

「だからダメなんだよ!鈍感すぎ。確かに大佐とゆづちゃんは色々言われてるけど、今一番噂されてんのは、孔雀!自分だよ?」


 俺ー?孔雀は首を傾げる。確かに、任務の為結鶴とは四六時中行動を共にはしているが…。

 驚きで声も出ない俺を、下から覗き込むように睨みあげると、遠矢はこれだからにぶちんは…、と片手をひらひらと振って執務室を出ようとする。その手を思い切り引っ張り、反動で倒れこんできた遠矢を抱きしめる。

「…ごめん」

 遠矢のつむじに顎を乗せ、抱く手を強める。胸の中でふっと笑う声が聞こえる。

「何?そんなの僕が気にすると思ってるの?」

 孔雀とゆづちゃんとかあるわけないし!遠矢は不敵な笑みを浮かべ、孔雀の腕の中に納まったまま、猫のような意地悪い瞳を細めて孔雀を見上げた。

「俺が気にする」

 不貞腐れたように言うと、遠矢はうわ、と破顔する。気性の荒い恋人は、二人きりの時だけ、普段の刺々しさは成りを潜め、寛いだ猫のように身を委ねてくる。孔雀の背中に腕を回すと、宥めるようにぽんぽんと軽く叩いてきた。

「もし本当に孔雀とゆづちゃんになんかあったら、僕より大佐が黙ってないでしょ」


「…なんで?」

 途端に遠矢の顔が引き攣り、わざとらしく盛大な溜息をつかれる。


「もうーーっ!ほんっとうに鈍っ感!」

 胸に力強い猫パンチを食らわされ、思い切りせき込む。

 遠矢の言動は謎だらけだ。

 


 

 


 

 

 



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