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hands  作者: 綾人
再会
11/15

6

遅くなりました。

夏休みでした。


やっと話が動いたような気がします。えっ

 

 いつかこうなるだろうということは分かっていた。ただそれが少し早かっただけのこと。この男の目をごまかせるはずなどないと、自分が一番理解していたはずだった。

 それでも、どこかで期待していたらしい。軽蔑の眼差しを向けられると、胸が締め付けられるように痛んだ。

 



「先日ある男の死体が発見された。死因は心臓発作。自宅のベッドで仰向けに倒れているのを使用人が見つけた。彼は私の昔の上司でもあってね。軍に入りたての頃はかなり厳しく鍛えられたよ。人の弱みにつけこんで、自分の昇進のことばかり考える、いやらしい男だった。」

 雲雀は淡々と続ける。

「彼は軍の上層部のある人間の秘密を知り、密かに情報を集めていたらしい。酒に酔った勢いで、うっかり周囲の人間に自慢げに話していたそうだ。それが突然死んでしまった。彼はいつも黒く古びた手帳を持っていてね。それが死後どこを探しても見つからないそうなんだ。――――確か彼が亡くなったのは、君がC(ツェー)と一緒に居た日だったんだが―結鶴、それに何か心当たりは?」

 口調は軽いが、その目は鋭く結鶴を突き刺すように見つめていた。


 結鶴は黙ったまま、左手を握る力を強めた。

 

 彼は、全て分かった上で話をしている。結鶴が男を殺したことも、手帳を奪ったことも全て把握した上で、自分に何を言わせたいというのか。

 結鶴が何も答える気が無いことを察すると、雲雀は溜息をついて結鶴から目を逸らした。張り詰めた空気を少し弱めると、鬱陶しそうに乱れた前髪をかき上げる。


「…君の目的はなんだ?」

「……?」

「大元帥の目的ではない。結鶴、君自身は、何がしたい。何を考えて、その力を使っている?」

 

 突然の質問に、結鶴は瞳を揺らした。殺した男のことを聞かれた時より、自分が酷く動揺していることを胸の鼓動の速さで感じる。

 何故そんなことを問うのか。

 

 答えなど決まっている。目の前にいる彼にもう一度会いたかった、それだけだ。あの時雲雀に会わなければ、自分は5年前に死んでいた。

 そう言えば、彼はどんな顔をするだろうか。5年前に一度会っただけの人間に会いたいがために、大元帥の言いなりになり、何人もの人間を殺してきた自分を軽蔑することだろう。しかしそれが真実だった。全てを失ったあの時、雲雀に出会ったことで、生きる理由を与えられたような気がしたのだ。


「今まで何をしていた。君は一人で出歩くのを禁止されているようだが、そんな君がこんな時間まで一人で書庫に居るなど有り得ない。また何か企んでいることは分かっている。私が君に付けた監視が今頃書庫を確認しているはずだ」

 結鶴はかすかに目を見開くと、雲雀を睨みつけた。

「君は一体何がしたい」

 雲雀は静かに、けれど強い口調で問いかける。その様子から、結鶴に対する不信感、そして微かな憐れみの情が垣間見えた。そこで結鶴は、納得したような気がした。彼は、常に己の信念のもとに行動し、目の前の事柄から目を逸らさない。保護者という立場上、目の前に立つ少年を理解しようとしているのだ。handという強い力を持ちながら、何故その力を人を殺めるために使うのか。彼には決して理解できないだろう。結鶴は悲しみと怒りを織り交ぜた、説明のできない感情に眉を寄せた。心の底が、急速に冷えて氷のように硬くなっていくような気がした。

 自嘲するように顔を歪め力なく笑うと、雲雀が不審げに首を傾げる。


「目的などありません。僕の目的は斑鳩(いかる)に言われたとおりに動くことだけです。あの男の手帳は今頃斑鳩の手に渡っているでしょう。貴方の言うとおり、あの男は本当に最低な男でした」

「なに…」

「貴方もご存じの通り、僕の力は対象に触れることで力を発揮します。でも相手の記憶を読んだり、感情を操作するのは、それだけでは不充分なんです」

 結鶴は雲雀に詰め寄ると、下から見上げるようにして彼を見る。そして彼の目の前に左手を翳して冷たく笑った。

「心の中を読まれないように身構えられたり、緊張していると僕も力をうまく使えない。だから僕を信用し、リラックスした状態でいてもらうことが必要なんです。当然、あの男にも僕の素性は隠して近付きました」

「彼の心を読んだのか」

「簡単でした。少し気のある素振りを見せたら向こうから触れてこようとしてきましたから。心臓を止めたのはついでです」

 まるで蠅でも殺したかのような軽い口調でそう話す結鶴に、雲雀は眉を潜め不快感を露わにする。顔色一つ変えず淡々と話す結鶴を、奇異なものでも見るかのように見つめ、互いの距離を空けようと後ずさった。


「監視をつけられていたのは気付いていました。まさかこんな明け方まで尾行されているとは思いませんでしたが」

 

 突如、室内に電話のベルが鳴り響いた。雲雀は結鶴から目を離さず、ゆっくりと受話器に耳をあて応答する。電話口から興奮したような男の声が漏れ聞こえる。雲雀は男の話を聞くなり顔色を変え、「分かった」とだけ答えると電話を切った。結鶴に向けられたままの瞳が、静かな怒りに色を染める。


「……結鶴」

「書庫の死体もC(ツェー)が始末する予定でいたんです。予定外に貴方がたの動きが早くて予定が狂ってしまいました」

 無表情にそう告げ、部屋を出ようと雲雀に背を向けた結鶴の腕を、雲雀が掴み引き寄せる。その勢いで振り返り、強い力に痛みで顔を歪めた結鶴の鼻先に顔を近づけ、雲雀は無言のまま結鶴を睨んだ。その瞳の色の濃さに、結鶴は体が強張り、顔を逸らすことができない。彼が自分に怒りを覚えていることは一目瞭然であり、自分自身がわざと彼を怒らせるような言い方をした自覚もあった。

 こんな風に怒らせたくはなかった。しかし彼とまともに会話をすれば、自分の心の内を読まれてしまうような気がした。押さえきれず叫び出してしまいそうな自分がいた。この間は失敗した。思わず本音を口にしてしまっていた。

 どう思われようとも、少しでも彼の近くにいたい。この想いを知られずにいる為なら、人殺しだと思われても構わない。


「――っはなしてくださいっ」

 震えそうになる体を奮い立たせるように、声を荒げて腕を振りほどこうとするが、掴まれたままの腕はびくともしない。

「先程までの話を聞いていなかったのですか。私に不用意に触れると、たとえ貴方でも容赦しません」

 結鶴はもう片方の腕―左腕を翳し、雲雀を見る。力を使えば、この場で雲雀の命を奪うことなど造作もないことだ。

 雲雀はそんな結鶴の脅しにひるむこと無く、結鶴の左腕をも掴み、両手を結鶴の顔の前で押さえ付けると、苦い笑いで結鶴を覗き込んだ。


「できるならやってみたまえ。かわりにこの両腕をへし折ってやろう」

「――――――――――っ」

 一気に血の気が引いていくのを感じた。きっと自分の顔は今紙のように真っ白になっていることだろう。

 腕を折られることが怖いのではない。彼に、雲雀に軽蔑されることが恐ろしいのだ。全て自分が蒔いた種だというのに、この期に及んでどこまで甘い考えなのだと心の中で己を罵倒する。

 

 彼を傷つけることなどできるはずがない。


 雲雀の顔を見ていられず、結鶴は項垂れるように下を向く。酷い顔をしているであろうこの顔を見られたくはなかった。掴まれた腕はそのままで、痛みで既に感覚を失っていた。


 ふと、急に視界が暗くなる。顔を上げると、彼がかかんで影を作ったのだと知る。目の前に彼の漆黒の瞳があり、その奥に自らの瞳を見る。そのままゆっくりと吸い込まれていき、無意識に目を閉じた。唇が重なり、反射的に後退しようとする身体をやわらかく押さえこまれる。先程まで両腕を押さえ付けられていたはずが、いつの間にか身体を抱き寄せられ、彼の腕の中にすっぽりと納まっている状態だった。

 遠のく理性を振り絞り、彼の胸を押し返そうとするが、子どもをあやすように優しく頭を撫でられ、髪を梳かれると、その力も弱々しくなり意味をなさなくなる。

 口づけが深くなると、もう何も考えられない。

 どうしてこんなことになっているのかとか、息が苦しくて眩暈を起こしそうだとか、なんとかしてこの状況から逃れなければとか、頭の中をぐるぐるとかけ回る意識も、すぐにどこかへ行ってしまった。

 ただ優しく宥めるような彼の口づけに、泣きたくなるような衝動を堪えるのに必死だった。

 自分に対する彼の感情がなだれ込んでくるような錯覚を覚え、結鶴は微かな恐怖すら感じた。


 雲雀は悲しかったのだろうか。

 

 意識が、重なる互いの唇に集中し、それ以外の感覚を全て失ってしまったかのようにもう何も聞こえない。

 こんな口づけは、初めてだった。


 

 

 

 


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