おまけ短編⑦ ユリアン北領へ行く
ガウは少年時代、所属していた冒険者パーティーの仲間から「おまえみたいな狂犬じみた奴、若くして死ぬに決まってる」と言われた。
その見立ては見事にはずれ、老境の今となってもピンピンしている。
自分のような奴についてくる女は不幸だろうから、妻も子も持たなかった。孤独のうちに野垂れ死ぬと思っていたが、どうやらそれもはずれそうだ。
家族を村ごと失ったエリンとクリンを拾ったときから、運命がおかしな方向に転がり出した。次から次へと息子みたいなのや娘みたいなのや孫みたいなのが湧き出てくる。
「ガウさんといると、死んだ親父を思い出します。親父は民間魔物討伐隊を率いていまして――」
そう言って自分と父親を重ねて見る男は、エリート揃いの王立魔物討伐隊の、二番隊隊長である。王都を守るのが一番隊、二番隊は危険の大きい地方へも赴くため、二番隊が実力的にはトップとなる。
「おまえさん民間出身の叩き上げか」
「そうなります」
二番隊隊長パウレは照れたように頭を掻いた。
「第三王子の護衛とは、出世したもんだな」
ガウはそう言いながら、孫みたいなのの一人であるミアも第一王子の護衛をやっていたなと思い出した。ミアは護衛どころか、今では第一王子の妃である。婚約式からちょうど二年経った今年の四月に、国を挙げての盛大な結婚式が執り行われ、一ヶ月あまりが経つ。
その式に出席した際、ガウは王と王妃に謁見し、直々におかしな依頼を受けた。
キュプカ村で第三王子ユリアンを鍛えてやってほしい、と。
そしてユリアンはパウレを伴い、本当にガウのアジトへやってきた。
アジトの居間の大窓から、ガウとパウレは前庭を見た。
十二歳の第三王子ユリアンが風魔法を放ち、エリンの長男を吹き飛ばそうとしている。エリンの長男は地魔法の重力操作を用いて、強風に耐えている。そして魔法の風が外に漏れないよう、クリンの長男が防御結界を張って防いでいる。
エリンの長男エッドはユリアンと同じ十二歳、父親の力を継いだ地属性の魔法使いだ。十歳で覚醒、魔力は父親よりはるかに強く、王族であるユリアンと張り合えるほどだ。
クリンの長男クルトは一つ下の十一歳、父親の地魔法は継いでおらず、無属性の防御魔法の使い手だ。十歳で覚醒、ユリアンの魔法を囲い込めるほどの結界をつくれる。
エッドとクルトになぜこれほどの強い力が宿ったのか。魔法理論家であるアウレールによると、三年前キュプカ村付近に数多くの特級魔獣がいたことと無関係ではないらしい。特級魔獣は周囲の魔物に影響を与える。魔力の増幅も代表的な影響の一つだ。
覚醒前のエッドとクルトは、特級魔獣の影響下で、身体に宿る魔力を萌芽のうちに大きく増幅させたのではないか――。
「あんたたち、あたしの薔薇を散らしたら全員まとめて魔力封じてやるからね!」
魔力勝負をする少年たちに、薔薇の生垣の前からモニカが言い放つ。
「黙れババア気が散る!」
「男の勝負の邪魔すんじゃねえ!」
「なあんですってえええええ!」
「ていうか、そろそろ時間じゃないかな」
座って見ていたクルトが足元の砂時計を見る。
「はははは俺の勝ちだな! 大したことねえなあ、おぼっちゃま!」
「なんだとおおおおお!?」
「エッド、挑発しないの。ユリウス様、お時間ですよ」
「俺の勝ちだぜユリアン!」
「『ユリウス』様だよ……。首刎ねられてもしらないよ」
ユリアンは表向き豪商の息子ということになっているが、ディーが王子だった前例のためか、目端の利くエッドとクルトにあっけなく身分がバレてしまっていた。かと言って、二人に王族に対する礼儀などない。子犬がじゃれ合うように、毎日三人でわちゃわちゃ元気に過ごしている。
「ちょっと信じがたいですよ。あの二人の魔力は」
パウレがエッドとクルトを交互に眺めた。
「そうだな。ローに相談して、ローの援助で王立魔術学院へ入れることも考えてる。二人が望めばだが」
「なんと。陛下も、ユリアン殿下の魔術学院ご入学をお考えのようです」
「そうなったらあいつら王都でご学友か……」
魔力勝負がついたユリアンとエッドが、今度は別のことで張り合っている。狩った魔物の種類だとか、登った木の高さだとか。
ユリアンは十二歳にして、形式的な演習ではない本格的な魔物狩りをパウレについて学んでいる。座学は嫌いなユリアンだが、魔物狩りに関しては乾いた土に水が染み込むように吸収する。エッドとクルトは冒険者として、もう実地の狩りに出ている。
身分は違っても、三人には魔物狩りを介して通じ合うものがあるのだ。
「陛下は将来的に、ユリアン殿下を王立魔物討伐隊総隊長にとお考えのようです」
「ほう」
「身分だけの戦えない総隊長はもううんざりですから私は歓迎ですが、責任重大ですよ」
「あれを総隊長に育てるのか。そりゃあ骨が折れる」
わーぎゃーわめいている第三王子をガウも見やる。
「是非ガウさんにも、末永くお力を貸していただきたいと思います。ディートハルト殿下の師であるガウさんになら、ユリアン殿下も素直に学ばれますし」
パウレに頭を下げられ、ガウは当分死ねない理由がまた現れたと思い、孫みたいなのがまた増えたとも思った。だいぶ手のかかりそうな第三王子だが、自分の子供時代にくらべればマシな気はする。
「まあいいけどよ」
「ありがとうございます!」
これも精霊の采配ってやつかと、ガウは思った。
ハルツェンバインを守護する精霊が本当にいるならば、自分は知らず知らずのうちに重要な役を課されていたのだ。第一王子を乗せた魔物がこの地へたどり着いたときからか、ゲートルドから逃亡した古代の聖女がアジトに居着いたときからか、それはわからないが。
ガウは窓から、薔薇の生垣の前で何やら作業をしているモニカを見た。
「聖女モニカは何をなさっているのです?」
パウレもしゃがみ込むモニカを見た。
「薔薇の挿し木だとよ」
「薔薇の挿し木? 聖女モニカは園芸がご趣味で?」
「まあそうなんじゃねぇか。ローのとこの領主館の庭に植えるんだとよ。わざわざここの薔薇の枝持っていかんでも、薔薇の苗くらいいくらでも買えるだろうに」
「カレンベルク元公爵の夫人ですからね」
「その言い方すると怒るがな」
「なぜですか?」
「照れてんだろ」
ローと結婚したときだって、モニカは「正式に結婚しないとミアの結婚式に出させてやらないって王様が言うんだもん」と言い訳していた。
「聖女モニカにとってはここはご実家のようなものですから、こちらの薔薇に思い入れがおありなのでしょう」
パウレがしみじみとそう言うので、ガウは「そうかもな」とだけ返した。
モニカの不在とモニカの復活とモニカの巣立ちを知る薔薇たちだ。これから先も彼女を見守ってやってくれと切に願う。
「よしもう一勝負だ! エッド、おまえを薙ぎ倒す!」
前庭ではユリアンが熱り立っている。
「何度やっても負けねえ!」
「おれちょっとつかれたんだけど。結界張るほうの身にもなってよ」
「勝負ならよそでやんなさいよ! あたしの薔薇が! ひやひやするわ」
「うるせえババア!」
「封じるわよ!」
「なんとも賑やかですね」
外の喧騒にパウレが苦笑する。
「ディーがいたころも賑やかだったぜ。ディーとミアが毎日剣の打ち合いしててな。毎回ディーが勝ってたが」
「なんと。ディートハルト殿下と聖女ミアの剣術勝負はそのころからなのですね」
「あいつらまだやってるのか」
「王宮名物ですよ。王太子夫妻の手合わせは」
そんな話を聞くと、ますますアジトと王宮が隣同士のように感じてしまう。現に今、庭に第三王子がいるのだ。距離感がおかしくなる。
(まあ、地方と王都が分断するよりいいが)
もしディーがいなかったら。ディーが仲間を引き連れて国境地帯の窮地を救いに来なかったら。ハルツェンバインは分断の危機だったかもしれない。辺境の魔物被害を見捨てたとして、地方の民衆は王と宮廷に悪感情を持ち、平穏な王都を憎み、反旗をひるがえしたかもしれない。
反乱を起こすことができるのだ。エッドとクルトのように、特級魔獣の影響で貴族並みに魔力を持った子供たちが、魔物被害に遭った地に次々現れるはずだから……。
だがディートハルトが次期国王ならば、反乱は起こらないだろう。第一王子ディートハルトは辺境の民を魔物から救った英雄だ。彼の地方での活躍を知らぬ者はない。彼の活躍は大衆小説化され広く行き渡り、さらに作者の手によって戯曲化もされ旅芸人の人気演目になり、文字が読めない層にまで届いている。
そしてその作者もこのアジトにいたことを思うと、ガウはますます不思議な気持ちになるわけだが。
(精霊は本当にいるのかもしれん)
大地の精霊など人々のよすがに過ぎないと思っていたが、そろそろ信じてもいい気がした。
そしてそう遠くない未来、自分は課されたすべての役目を終え、精霊に導かれて大地に帰っていくのだろう。
「じいちゃーん!」
窓の外からエッドがガウを呼ぶ。
エッドもクルトも、物心ついたときからガウのことを「じいちゃん」と呼ぶ。エリンとクリンの父親みたいなものだと思っているから、彼らにとって当然なのだろう。
「なんだ」
「ユリアンいつ魔物狩りにつれてくの」
「『ユリウス』様だよ、エッド」
「ガウ、はやくおれもつれてけよ」
「あんたね、ガウは師匠でしょ。もっとましな口ききなさいよ」
「うるせえババ――いでででで!」
「縫い付けるわよこの口!」
こんな騒々しい老後は予想していなかったが、まあそう悪くはない。
「さて、未来の総隊長にどんな魔物を狩らせる?」と、ガウは新しい弟子となったパウレと二人、ユリアンのための計画を練った。




