おまけ短編⑥ ないしょの逢瀬
学習の予定のないある日の午後、第三王子ユリアンは第一王子ディートハルトと侍女のミアを探して王城の庭園を走り回っていた。暇だったので騎士団の詰所へ行ったらば、二人仲良く休憩を取りに庭園へ行ったとのことだった。
(いないなあ)
きょろきょろと見回すが、王城の庭園はなかなかに広い。
夏の盛りで暑いためか、なんだかくらくらしてきた。ユリアンは大樹の木陰に座り込んだ。
(うーん。夏バテかな)
近ごろなんとなく調子が悪い。
兄とミアは騎士団訓練所の近くにはいないようだから、王家の私的な庭のほうへ行ってみよう。そう思っていたら、頭上から「ん……」と小さな声がした。
見上げてみても、重なり合って繁る枝葉に隠れて人影は見えない。
(ミアか? でもあにうえと一緒のはずなのに話し声がしないなあ)
不思議に思ったユリアンは、大樹に登ろうとしてふと思い直した。
あれはミアと初めて会った日のことだ。追いかけてくるミアを逃れて木に登ったら、隣の木からミアの声が聞こえてめちゃくちゃびっくりしたっけ……。
(ふははは。しかえしだっ)
もしミアなら驚かせてやろうと思い、ユリアンは大樹の隣の木に登り始めた。
そして隣の木からユリアンが目にした光景とは。
幹を背にして枝にまたがる兄王子ディートハルトと、彼に背を預けるようにもたれかかるミアだった。
ミアは横を向き、ディートハルトは後ろから回り込むようにミアの顔をのぞきこんで――――。
「ちゅーしてる!」
ユリアンは十歳男児らしい素直な驚きで、見たままを大声で叫んだ。
「みーちゃったみーちゃった。ミアの兄貴に言いつけてやろ!」
「てめこらふざけんなよユリアン!」
ユリアンが登った位置は大した高さではなかったため、そのまま飛び降りて走り出した。その後を兄王子がすごい形相で追いかけてくる。
ユリアンは知っていた。ミアの義兄の魔剣技術者アウレールが、ディートハルトに節度節度とうるさく言っているのを。せつどってなんだ?と思っていたが、直感的にちゅーはアウトだと感じた。
「頼むからやめろユリアン!」
「あははは! やーだね!」
婚約者だからってディートハルトはミアを独占しすぎる。
ミアは自分の侍女でもあるのに、気軽にほいほい連れ出して、おまけにちゅーまで。
ちょっと、いやかなりすごくムカつく。
おもいっきり怒られればいいのだ、あにうえなんて。
ユリアンは高笑いしながら走った。どうせすぐ捕まるだろうが、捕まったところで口を縫い付けられるわけではない……。
(あれ?)
突然、視界がぐらついた。
次の瞬間には目の前が真っ暗になって。
地面に倒れる寸前のところを兄に抱えられた感触があったが、ユリアンが意識を保てたのはそこまでだった。
*****
「ミアよ。これから木登りは禁止だ」
王妃の執務室に呼ばれたミアは、いきなり王妃からこう告げられた。
「は、はいっ」
ミアは真っ赤になってうつむいた。
ディートハルトとの樹上の逢瀬が王妃にまで伝わっているなんて、恥ずかしくていたたまれなかったからである。
王宮内はどこも人目があるし、密室でディートハルトと二人きりになるのはドロテアとアウレールにきつく禁じられている。婚約者なのになんでそこまで厳しいんだと思うし、シシィが見ても彼らは厳しすぎるらしいのだが、バレたら叱られるので一応従っている。
枝葉で隠れる木の上が逢瀬にいいと気付いたのはディートハルトだ。
ミアだって恋する乙女である。好きな人に誘われればまあ、木の上くらいついていってしまうわけで。
「すみませんでした……」
「なぜミアがあやまる?」
王妃はきょとんとしている。
「え?」
「ユリアンの話だが。どうやら魔力発現の予兆が現れたらしい。いつガクッと気を失うかわからないから、当分木登りは禁止だ」
「あ……。そ、そうですか。ユリアン殿下が。ユリアン殿下が魔力を発現。そうですね、そうですよね、もう殿下も十歳になられましたもんね。おめでとうございます!」
「王子に侍女をつけるのは魔力発現までがならわしだから、ミアももうすぐ侍女は退職だ」
「そう思うとさみしいです」
来る前は嫌だったものの、今ふりかえるとユリアンとの日々は楽しかった。
いろいろなことがありすぎて、ふりかえるのが大変だが。
「さみしい? 魔力発現後のユリアンの逃亡は騎士が防ぐことになろうが、そなた騎士団に仮所属中だろう。なに、やることは同じだ」
「なんと」
あの悪ガキから解放される日はまだ先らしい――。
思ったことが顔に出たのだろう。王妃が苦笑している。
「なに、今までどおり遠慮なくシバいてくれればいい。それとな、ミア」
「はい」
「息子の奴といちゃいちゃするくらい、私は何も言わん」
王妃はそう言うと、はははははと楽しそうに笑った。
今度こそミアは顔を真っ赤にして、返す言葉が何も思いつかなかった。




