第三章 その10 災害級の魔獣
魔獣グリフォンの鷲の目は確実にフィズの姿を捉えていた。
普通の鷲ならば夜目が効かずにこの様な洞窟内では何も見えないかもしれない。
だが、グリフォンはその体内に獅子の因子も持っており、それ故に闇夜でも難なく全てを見通せるという。
フィズは決して目を逸らす事なく少しずつ後退していく。
じりじりと決して焦らずにゆっくりと動くフィズの背後に何者かの気配があった。
その気配を記憶を頼りに探り、自分の知っている人物と一致する。
「(俺だ、静かにしてろよ)」
後ろからそう声をかけてきたのはイーガーだった。
声の聞こえてきた位置が低い事から大柄な彼は身を屈めながらフィズに話しかけているらしかった。
「(アイツはヤバすぎるぞ? どうするんだぞ?)」
「(戻っても道がないからな。何とか突破するしかないが、他の奴らは?)」
「(ガルテオは近くにいないぞ、シューマはもう……)」
「(そうか……)」
イーガーはフィズの言葉が途切れた事で全てを察した様だった。
それでも未だこの場は死地のど真ん中であり、自分たちもいつシューマと同じ様になるか分からない。
今は悲しみを飲み込み、状況の打開に努めなくてはならないのである。
それが理解できているイーガーはゆっくりと立ち上がり、フィズは彼の意識が切り替わったのを感じ取った。
「(残りの奴らの居場所は感じれるか?)」
「(近くに一人だけ、多分まだ生きてるぞ)」
「(誰だか分かるか?)」
「(わかんないぞ。ガルテオかもしれないし、違うかも……)」
「(とりあえず今は奴の事は置いておけ。それよりも自分の命を優先しろよ?)」
グリフォンが簡単に逃げ切れる相手ではないのは間違いない。
それでもフィズは未だ姿を確認していない誰かと共にこの場から逃げのびれる事を願うのみだった。
「(奴の注意は俺が引く、お前は近くの生きてる奴を連れて逃げろ)」
「(そんなの無理だぞ! ウチも一緒に……)」
「(俺の事は気にすんな、お前の方が俺より強いのは知ってるが、二人がかりでもコイツにゃ勝てん。だから生きるために逃げろ)」
フィズの頭にイーガーの大きな手が置かれ、そのまま優しく撫でられる。
「い、嫌だぞ……絶対に!」
グリフォンの事を忘れ、フィズは大声を上げて後ろを振り返った。
こちらを観察していたグリフォンがその隙を見逃すはずもなく、一瞬にして臨戦態勢となる。
フィズは完全に後ろを向く前にイーガーに突き飛ばされた。
すると彼女のいた場所へ体長が五メートル近い巨大な黒い塊が跳びかかってきたのだ。
突き飛ばされた時にランタンが宙に浮き、そのまま地面へと落ちて割れた音が鳴った。
グリフォンは狙っていた獲物を仕留められず、苛立った雰囲気を纏わせ闇の中で金色に光る眼をフィズに向ける。
明るさに慣れていた目が暗闇に覆われた事で、周囲の状況が分からなくなった。
しかし、そこでイーガーの大声が洞窟内に響いたのだ。
「俺がコイツの相手をしてる間に、動ける奴はここから逃げろ!」
直後、打撃音が周囲に響いた。
それがイーガーが使っている大木槌の音だとフィズはすぐに気が付く。
彼を助けに動こうとしたフィズのすぐ近くに人の気配がした。
「た、助けてくれぇ、頼むっ、まだ死にたくないんだっ!」
それは調達班のメンバーの一人の声だった。
フィズの方へと近づこうとしている様だが、暗闇になった所為で彼女を見失ってしまったらしい。
今自分が為すべき事が何か、極限の状況の中でフィズは決断する。
イーガーを置いて、この場から男を連れて逃げる事を。
暗闇の中で男の気配を探り、近づいて手を取った。
「ひいっ!」
怯えた声を上げた男に対して声をかける。
「大丈夫だぞ、今のうちに逃げるんだぞ」
「は、はひっ」
急に手を掴まれてパニックになりかかっていた男はその相手がフィズだと気付き少し冷静さを取り戻す。
それを確認したフィズは男の手を引きながら動き始める。
どうやらまだイーガーはグリフォンへ攻撃を続けているらしく、彼の使う木槌の音が聞こえていた。
後ろ髪を引かれる思いだが、それでもフィズはイーガーの意思を胸に前へと足を進めたのである。
◇◇◇
一方その頃、ジェン達はパプルを先頭にして洞窟内を奥へと向かって歩いていた。
下手に急ぎ過ぎて不意に魔獣に襲われないとも限らない。
それにジェンは洞窟探索自体が未経験なのだ。
パプルはなるべく慎重に周囲に気を配りながら進んでいく。
「前方は私がカバーするから、ジェンは左右後方からこちらに向かってくる魔獣の感知をお願い」
「わかった」
ボノアを挟み込む形で三人は進んでいく。
そうしているとボノアがパプルに声をかけた。
「ちょっと待っていただけますか」
「なんですかぁ、ボノアさん?」
「どうやらこの辺りは少し地形が入り組んでいる様なので、目印を置いておこうかと思いまして」
「目印?」
ボノアは自身で背負っていた背嚢から直径十センチくらいの大きさの球状の物体を取り出した。
パプルがその見た事もない道具を見て興味深そうに彼に尋ねる。
「それはいったい何ですぅ?」
「光球と言いまして火を使わず自発的に光る道具です。これを目印に置いておきましょう」
「はぁ……」
「今はまだ高価で一般的ではありませんが、今後ランプなどに代わって灯りの主力となるのを期待されている物ですな」
「えっとぉ、そんな貴重な物をここで使うんですかぁ?」
「はい。と言いますか、これはまだ試作品らしくて使い方を模索中なのですよ。火は使わないですが、それでもずっと手に持っていると流石に熱いらしく、それならこういった場所に置いて使うのが良いかと思いまして」
ボノアが光球を触ると本当にぼんやりと灯りが点いた。
そこまで明るい物ではないがそれでも暗闇の中では周囲数メートル程度を照らすくらいはできそうだ。
それを確認してボノアは洞窟の壁の窪みにその光球を置く。
「因みにその球はどれくらいの時間光っているんですかぁ?」
パプルはボノアに対し率直に思ったことを口にした。
すると即座にボノアが返答する。
「聞いている話ですと凡そ三時間程度との事ですな。この先からはこれを要所要所に配置して脱出の時の為の目安にしましょう」
「そうですねぇ。その道具はあといくつくらい持ってきてるのかしらぁ?」
「一応、私が残り三つの光球を持っております。ここに来る前にお二人にお渡しした袋にそれぞれ四つずつです」
「あぁ、あれがこの光る球だったんですかぁ」
パプルとジェンは出発前にボノアから袋を預かっていた。
確かに中を確認した時に色々な道具と共に入ってるのを見た覚えがある。
それが異彩を放つものだったのは間違いないが、あまり時間もなかったのでそのまま持ってきたのだ。
「パプル姐さん先を急ごう。何だか嫌な予感が収まらない」
「わかったわぁ、そうしましょう」
再び三人は洞窟の奥へ向けて動き出す。
少し離れた場所で息を潜めていた者の存在に気付く事が無いまま。




