第三章 その9 忍び寄る絶望
結論から言うと、洞窟へと入ったジェン達とオウルベアとの戦闘は行なわれる事はなかった。
洞窟内へと踏み入った三人が先に進んでいくとオウルベアの姿を見つけたのは間違いない。
問題なのはそのオウルベアが全て死んでいた事だ。
成獣が雌雄二頭に子供も二頭。合わせて四頭分の死体があった。
そしてそれをやったと思わしき魔獣の姿はどこにもなかったのである。
「どういうことだ?」
あまりにも凄惨な光景に、ジェンは思わず呟いた。
この場所でいったい何が起こったというのだろうか? それが全く理解できないのだ。
「オウルベアよりも大型の魔獣の仕業かしらぁ」
気が付くとパプルが死体の状況を調べ始めている。
一部の肉片などから何かを推測し出したようだ。
「大型って、確かにこの洞窟はあっちの埋まった場所よりは広いけど……」
「ですが死臭に混じって微かに別の獣の臭いはします。それが何かまでは分かりませんが……」
「この荒らされた痕を見ると嘴だと思うのよねぇ。だとすると例の新種のオウルベアかしらぁ?」
「羽の生えた空を飛ぶって奴だな」
平均的なオウルベアの大きさは大体二メートル半程。
それを上回る大きさの魔獣がこの洞窟に潜んでいる可能性があるのだ。
「それより気になる事があるわ」
「何だ姐さん?」
「これ熱傷……かしら? そんな傷がオウルベアにあるのよぉ」
「熱傷だって? 〈熱波〉を受けた様な感じのか?」
自らの使う技に例えてジェンが尋ねると、パプルは少し首を捻りながら見解を述べる。
「確かに内部も焼けてるけど、ほとんどは外部からだわぁ。詳しくは謎だけど、とにかく熱系の攻撃だと思うわねぇ」
「そんな事が出来るのって、災害級の魔獣じゃないのか?」
「そうねえ。この魔獣は最悪Aランクの可能性があるかもぉ」
パプルの見解にジェンも苦い顔になった。
もしも本当にAランクの魔獣が存在した場合は確実に戦力が足りないからである。
だがここで足を止めても事態が好転するわけでもない。
ジェンは気を取り直すと二人に声をかける。
「とにかく状況が悪いのが理解できた。急ごう姐さん、ボノアさん」
「えぇ、そうねぇ」
「ですな」
先に進めば進むほど悪くなる状況に、冷や汗を滲ませながらジェン達は前進を選択する。
調達班を無事に救い、目的である鉱石の調達を済ませる事が仕事なのだから簡単に後退は出来ない。
三人はより慎重に洞窟の奥へと向かって進んでいったのである。
◇◇◇
フィズが目を覚ました時、彼女の周囲は闇の中に包まれていた。
少し記憶が曖昧な箇所があり、フィズは改めて自身に起こった出来事を思い返す。
洞窟内の鉱石の採取場所に着いて、しばらく採取を行なっていた最中に突如鳴り響いた轟音。
音のした場所に戻った調達班のメンバーはそこで出口が塞がれた事を知ったのだ。
どうにか塞がれた土砂をどけられないかと相談したが、洞窟のあちこちが今にも崩れ落ちそうな為、その場を掘って脱出する事を断念した。
そこで調達班の一人が地図を広げ、奥から別の場所へと続く道があると教えられたのである。
すぐに全員で洞窟からの脱出を目指す事になった。
細く暗い通路を順番に通り抜けて、やがて大きな空洞の部屋へと全員が到着する。
もうこの先は細い道もない比較的広い場所ばかりだと知った彼らは少し安心し、そのまま出口を目指して歩くことになった。
そうして順調に先へと進んでいた矢先である。
最初にその存在に気が付いたのはフィズだ。
前方に何かの気配を察知して全員に知らせたのである。
そこで一度全員のランタンを消し、シューマが先行して様子を窺う事にした。
シューマが闇に紛れた直後、何かが激しく光り洞窟内が眩く照らしだされ轟音が鳴った。
さらに光っただけではなく、痺れをもたらす衝撃がフィズの身体の中を通り抜けていったのである。
そうしてフィズは意識を失ってしまった。
いったいそれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
中々自由に動かせない身体を半ば無理やりに動かすと、暗闇に慣れた自分の目に映ったすぐ傍の地面に転がっているランタンへと手を伸ばす。
腰に付けていた革製のポーチから火打ち石を取りだして、ランタンに灯をともした。
ぼんやりと明るくなった周辺、フィズの前方五メートルほど離れたところに誰かが倒れている。
まだちょっと痺れの残る身体を何とか動かし、ゆっくりと起き上がる。
少しずつ倒れている人物の傍に近づくとはっきりとその姿が確認できた。
倒れていたのはシューマだった。
彼は未だ意識を失っているのかピクリとも動かない。
さらにゆっくりと彼に近づいていくと妙な事に気が付く。
元々黒っぽい外套を纏う彼だから変に思わなかった。
それに最初はその臭いが彼から漂ってきているのだと考えもしなかったのだ。
フィズが近づいてようやく気が付く。
倒れているシューマから何かが焦げた様な臭いがしているという事に。
それが彼の身体の焼け焦げた臭いだと認識するのに対して時間はかからなかった。
シューマは全身を焼かれ既に絶命していたのである。
「ひっ……」
思わず大声を上げようとしたフィズは、大きな何かの気配を感じ取り両手で口を塞ぐ。
ランタンの光が届かぬ場所に間違いなく存在している。
気配のする方に耳を澄ましてみると、ゴツゴツと硬い何かが柔らかい何がを叩く様な、そんな聞き馴染みのない音が聞こえてきている。
フィズの本能は絶対にそれを見てはいけないと思った。
だけどそれを確認しないともっと不味いのだと、何がいるのかを確かめろと、心が警鐘を鳴らしてくるのだ。
見るか見ないか、せめぎ合う心を奮い立たせて何とか恐怖を抑え込んだフィズはゆっくりとランタンを音のする方へと掲げる。
弱い光が静かに伸びたその先、映し出された場所にその魔獣がいた。
魔獣は鋭い嘴で一心不乱に何かを啄んでいる。
その何かとは人間だった。
更に言うと洞窟に一緒に入った調達班の男たちのうちの一人だったのである。
フィズは最初、魔獣はランタンの光など意に介す事なく黙々と食事をしているのだとそう思った。
しかし、それは彼女の考え違いだったのだ。
その魔獣は男を食べていたのではなかった。
ただ死体を啄んで破壊していただけだったのである。
何が楽しいのか、それとも何の感情もなくただ暇を潰す為にその行為に及んでいたのかは分からない。
分かった事はただ一つだけ。
間違いなく魔獣の目が、自分へとランタンの光を向けるその影を捉えている事だけである。
それに気が付いてフィズは思わず息を吞んだ。
こちらを見ている魔獣と目が合い、その瞳が次の獲物はお前だと雄弁に語っているのが理解できたから。
闇に照らされた光の中で鋭く輝く鷲の目が、フィズを捉えて離さない。
前足の先には鋭い鉤爪があり、大きな翼を生やした身体の途中からは獅子の身体と後ろ足に尻尾。
魔獣グリフォン――討伐ランクAの災害級の怪物が洞窟からの脱出を目指す調達班の前に立ちはだかったのである。




