第三章 その11 死を呼ぶ閃光
フィズの背後から迫ってくる死の気配はほとんど遠ざかってはいない。
出口を目指して洞窟を走るフィズと調達班の男。
周囲に漂う何かの生物の強烈な死臭が二人の恐怖を一層と煽る。
グリフォンから逃げ出して凡そ十分。
後方から聞こえていた戦いの音はフィズたちが逃亡して一分も経たないうちに途絶えた。
討伐ランク最高の魔獣を相手にたった一人残ったイーガーがどうなったのか。
そんな事は想像するまでもない。
まず間違いなく彼の生存は絶望的だろう。
フィズは悔しさと悲しみを必死に飲み込んで前へと進む。
すぐ後ろには調達班の男が息を切らしながらついてきている。
イーガーから託された調達班の生き残りを護るという使命。
それだけが今の彼女を突き動かしている。
フィズの気配探知はグリフォンの存在を知覚していた。
何故かあの魔獣は一定の距離を保ちながら、二人を追跡してきているのだ。
まるで野生の獣とは思えないグリフォンの奇妙な行動パターンにフィズは不気味さを覚える。
たった二人の逃亡者などあの魔獣が本気を出せばすぐにでも狩り殺せるはずなのに。
まるで命を弄ぶが如く背後から凶悪なプレッシャーを浴びせるのみ。
何か狙いがあるのか、それとも本当に弱者を甚振りたいだけなのだろうか?
極限まで追い込まれたフィズは、その事が気になり逃走に集中できない。
だから気が付くのが遅れたのである。
彼女の進行方向がぼんやりと明るく光っている事に。
さらにその光が揺らめきながら自分たちの方へと徐々に近づいて来ているという事に。
救助が来たのだとフィズは思った。
これで助かったのではとそう安堵して、そこでようやくフィズはグリフォンの狙いに気が付いたのである。
現在、フィズたちが逃げている洞窟の通路は広さはあるが脇道などは全くないほぼ一直線で平坦な一本の道。
そしてあの魔獣は、恐らく誰かが向かって来ている事に気が付いていたのではないかと。
だから二人を襲ってこなかったのだ。
やって来ている何者かと合流した奴らを一網打尽にすべくその瞬間を狙う為に。
フィズは咄嗟に後ろを走っていた男の腕を掴み壁際近くに無理やり移動させた。
「えっ!? 何を!」
不安そうな声を上げる男に向かってフィズは強引に言い聞かせる。
「なるべく屈んで小さくなってるんだぞ!」
丁度すぐ近くの岩場の窪みがあり、男をそこに押し込んだ。
同時に彼女はこちらへと向かってくる連中に大声で呼びかける。
「来たらダメだ! 狙われるんだぞ!」
フィズが声を発し終えた直後、洞窟の奥から強烈な光が迸った。
ほぼ同時に轟音が周囲に響き渡る。
フィズはその発光の衝撃に壁際まで弾き飛ばされた。
何とか直撃は免れたが、やはり今回も痺れが身体を襲う。
「ぐぅ……」
今の一撃はまるで天から落ちる雷の様だった。
それが真横から真っすぐに洞窟の通路内を走り抜けていったのである。
シューマの命を奪った絶望的な一撃。
それが洞窟の外から救助にやって来たと思われる連中を光ごと飲み込んでいった。
「あ、ぁ……」
フィズはこちらへとやって来ていた光のあった方へと顔を向ける。
暗闇に慣れた目で見る先には、光など何処にもなく自分の周りと同じ様な闇が広がるのみ。
その光景を見て今度こそフィズの心が折れた。
もうどうやってもあの魔獣からは逃げられないと観念してしまったのだ。
だからこそ彼女はその後に起こった出来事がすぐに理解できなかった。
「今のはかなり危なかった。教えてくれてありがとうな、フィズ!」
自分のいる場所とは反対側の岩陰からジェンの気配を感じ、さらに彼が礼を言ったという事が。
◇◇◇
ジェン達がフィズと合流する少し前の話。
岩壁に光球を設置していたジェンがいきなり声を上げた。
「ちょっと思いついたんだが、これ宙に浮かべて前を照らせば楽じゃないかな?」
突然素っ頓狂な事を言い出したジェンの言葉を聞いたパプルが少し首を捻る。
「そうねぇ、ランタンを手に持って進むよりは前の方を照らせるから、それは確かに便利よねぇ」
ジェンの発想に否定を返さず、肯定的な意見を述べるパプルを見てボノアは驚きを隠せない。
「いやしかし、宙に浮かべるとは一体どうやるつもりですかな?」
「うーん、昔、物体を浮かす実験した事はあるんだよな」
「そ、そうなんですか? それで結果は?」
「力の調整を間違えて暴発して、その後に隊長にメチャクチャ怒られた」
「あったわねぇ。あの時のジェンはまだ未熟だったからねぇ」
「うん。今ならできると思うんだよな」
ジェンは手に持った光球を見つめながら感想をこぼす。そんな彼に対しパプルが優しく話しかけた。
「だったら試してみたらぁ?」
「良いのか、姐さん?」
「そんなに時間のかかる事でもないでしょう?」
「ああ」
ジェンは二人から少し離れると、しゃがみ込んで地面に手を当て〈熱波〉を使用した。
微妙に力を調節しながら地面を暖めていると、突如つむじ風が巻き起こったのである。
「よし後は風の調整だ」
ジェンはつむじ風に近づき手をかざすと何かを目をつぶって集中し始めた。
その姿をランタンで照らしながら見ていたボノアは驚きの声を上げる。
「ここまで能力を使いこなすとは素晴らしい才能ですな」
「……ボノアさんは私達の事、怖くはないですかぁ?」
パプルがボノアに問いかけた。
ボノアはチラリと隣のパプルに目を向けるとすぐに前を向き直しおもむろに口を開く。
「混血は迫害の対象。私も過去には混血の方々を恐れていた時期がありました。ですが、そんな考えを変える出来事があったのです」「へえ、興味深いですねぇ。いったいどんな出来事が?」
「昔の話です。魔獣に襲われ死にかけた私を救ってくれたのが混血の方だったのです」
「それって魔獣狩りをされていた頃の話ですかぁ?」
パプルの問いにボノアは小さく首を横に振る。
「いいえ、それより過去の事ですな。私は幼い頃に混血の魔獣狩りの方に命を救われ、その縁から自らも魔獣狩りを目指すようになったのです」
「そうなんですねぇ」
「はい。もう三十年以上も昔の話ですな」
そんな事を言っているとジェンが二人の方へと振り返った。
「準備できた。俺が前を行くから姐さんは隊列を交代してくれ」
ジェンから一メートル程離れた所で光球が宙に浮いていた。
つむじ風を作り出しその力をコントロールして光球を浮かせているのである。
「わかったわぁ、でも貴方は洞窟が不慣れなんだから無理しちゃダメよぉ?」
「大丈夫、油断しないさ」
「それでは行きましょう。ここから先は大きな通路の一本道になっておりますから左右からの奇襲はあまり考えなくて良いと思います」
全員で頷き一斉に動き出す。
光球を先行させ自分たちは闇に紛れながらジェン達は洞窟内を道なりに進んでいった。
◇◇◇
そして数分後、先頭で洞窟を進むジェンは前方から何者かがやって来ている事に気が付いた。
人数は二人でそのうちの一人は確実に覚えのある気配、フィズのものであるとも。
刹那、フィズから絶叫にも似た警告がありジェンとパプルはボノアを庇う様にして洞窟の岩壁に跳びのいた。
その直後、ジェン達のいた場所を激しい光と轟音が通り過ぎていったのである。
「パプル姐さん。ひょっとしたら今のが?」
「多分そうねぇ、あのオウルベアの傷の原因はそうだと思うわぁ」
ジェンがパプルに問いかける。
パプルは自らの見解を述べると、今度はボノアが口を開いた。
「いやしかし、こんな事が出来るというのは……」
「恐らく災害級の魔獣だと思うわ。それが近くにいるわねぇ」
パプルが困ったという様な声色で言うと、続けてため息を吐く。
もし本当に災害級の魔獣が相手なら戦力が不足どころの騒ぎではない。
「とりあえずあそこの二人を回収して撤退で良いかな?」
「そうねぇ、簡単ではないけど、それが現実的な対処よねぇ」
楽観的な様子でジェンがパプルに声をかけ、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ俺が二人の所に行くから、バックアップを頼めるか姐さん?」
「任せてちょうだい、ただし、くれぐれも無茶はしないようにねぇ?」
「了解」
パプルは荷物入れから小さな弓と矢を取り出した。
それを足元に置くと、残っていた光球も同時に取り出しておく。
何とか生き残った調達班の二人と合流したジェン達救助隊の撤退戦が始まろうとしていた。




