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第三章 その4 混血の少女フィズ

 気配を察知した存在の正体を確認すべく行動したジェンは、そこでお花を摘んでいる最中の可愛らしい少女と出会った。


「へっ?」

「ふぇ?」


 少女の時間がチョロっとだけ止まる。

 だがそれは本当にチョロっとだけであった。

 すぐに時が動き出し、少女は開き直って花摘みを続けていく。


 一方、ジェンは顔を背けたまま全くその場から動くことができなかった。

 自分はどうすべきか思考だけを巡らせている状態だったのである。


 少しして、花摘みを済ませて、皺の寄ってしまった衣服を綺麗に整えた少女はゆっくりと立ち上がった。


「おいお前、何か言い残す事はあるか?」


 歳は十四、五歳くらいの可愛らしいの見た目……なのだがその言葉は辛らつなモノだった。


 髪と同じ色の瞳には怒りの色が宿っているのは明白で、ジェンが何を答えようとも、行き着く先はデッドエンドしかなさそうである。


「えーっと、誤解なんだ」

「そうか、五回死にたいのか。分かったぞ」

「いやそうじゃなくて、散開した後に君がどこかに行くのが見えたから」

「なにを五回から三回に減らしてるんだ? 七回殺すぞ?」

「わあ厄介、全然話が通じない」

「八回だあ? ウチが計算間違えたとでも言いたいのか! 誤魔化すんじゃないぞ! そもそも初めからついてきたって事は、最初から覗くつもりだったって事だぞ! お前、変態だぞ!」

「いやそれは違うんだが、けれども結果的にそっちの言う通りなので弁解できない」

「ようし、お望み通り千回殺してやるぞ」


 少女がその場で手を思いきり前に突き出した。


 次の瞬間、ジェンは立っていた場所から思いきり後方へとぶっ飛ばされる。


「なっ!」


 パプルの言っていた通り、本当にこの少女は混血だったのだ。

 謎の能力でジェンを攻撃してきたのである。


 何とかジェンは体勢を立て直すが、素早い動きで少女は既に懐にまで潜り込んできていた。

 少女がパンチを放つ。

 左手の握りこぶしがジェンの右の脇腹辺りに触れると次の瞬間、そこから彼の全身に衝撃が走った。


「ガハッ」


 思わずジェンは、息を吐き出す。


 あまり体重の乗っていない軽い攻撃だと思ったのに、何故か触れられただけの箇所が想像以上のダメージを受けたのだ。

 しかも少女の攻撃はそれだけでは終わらない。

 今度はさっきと反対の右手がジェンの左脇腹へと打ち込まれる。


 またしても体内に衝撃が走り、その前に受け体内に残っていた衝撃と衝突した。

 その結果、衝撃同士が結びつきジェンの体内を激しく蹂躙したのである。


「ぐうっ……」

「まだ立ってるのか。なかなかタフだぞ、お前」


 爆発的な威力の攻撃を受けてもジェンは倒れなかった。

 意地か根性かその両方かは分からないが、何とか少女の攻撃を耐えきった……いや何とか抑え込んだという方が正しいか。


 もっとも、それだけで少女の攻撃が終わっていれば、良かったのだが……実際はそうならず、追撃はしばらくの間続いたのである。






 数刻後、森の中にはへし折れた木を背に一人で座り込むジェンの姿があった。


 次々と打ち込まれる衝撃をどうにか完全に掌握し終えるまで集中していたのだ。


「想像以上に時間がかかったな……」


 もうすでに少女の姿はどこにもなかった。

 ゆっくりと立ち上がったジェンはそのまま真っ直ぐ馬車の方角へ向けて歩き出したのだった。


◇◇◇


「勝手にどこをほっつき歩いてんだ! このバカ野郎!」


 馬車の所まで戻ってきたジェンはその後、またしてもコクローから雷を落とされた。

 出発の予定よりも遥かに遅れて戻ってきたのだから当然である。


「申し訳ない。他にも魔獣がいないか探ってたんだ」

「だとしても、ここまで遅くなる必要なんかないんだよ! この場所に留まり続ける方がリスクがあるってわからねえのか!」

「まあまあ、コクロー隊長。魔獣の脅威を排除する為に頑張ったって言ってるんだから、その辺にしてあげて?」

「……パプルがそう言うなら分かった。でもなジェン、頼むからあまり心配かけないでくれ」

「悪かった隊長。それから姐さんも」

「私はいいわぁ。これからは気を付けるのよぉ」

「ああ」


 今回もパプルの計らいで説教は短めに終わり、ジェンはパプルと共に自分たちの馬車へと乗り込む。

 馬車の中では三人組がホーンウルフの角を磨いている。

 さらに御者台近くではさっきの少女がしっかりとフードを被り外套を纏った状態で一人ポツンと離れた場所に座っていた。


 しかし乗り込んできたジェンの姿を確認した途端、少女は驚いたように立ち上がったのである。

 それに気付いた民間魔獣狩りの一人が彼女に声をかけた。


「どうした小僧。もうすぐ出発だから大人しく座っとけよ」

「えっ、ああ、ゴメンだぞ」


 仲間から小僧と声をかけられた少女は再び腰を下ろした。


 その後、少女は本日の宿があるという町に到着するまでジェンの事を睨み続けていたのであった。


◇◇◇


 今回の旅でまともに宿屋に泊まれるのは初日である今日と仕入れを終えて再びこの町に戻ってきた時の二日だけ。


 明日はイガンサ連峰に臨む人たちが拠点とする山小屋を目指しそこで休息を取り、三日目からはテントを張っての野宿になる。


 という訳で、ゆっくりと羽を伸ばし暖かいベッドで眠れるのは今日を逃せば五日後。ポグピック商会はその為に小さな宿を貸し切りにしてくれていた。


 まあ貸し切りとは言っても一人一室という様な事はない。

 全員で二十人の大所帯、基本的には二人で一室での宿泊だった。


 そう二人で一室である。


 ジェン達は三人で参加しているので、割り当てられるのは二部屋。

 当然、誰か一人がよく知りもしない別の誰かと同室という事になる。


 という訳で、一人になるのはジェンが立候補した。

 今日は一日説教され過ぎて隊長と一緒の部屋というのがちょっと精神的にキツイ。

 姐さんを一人にするのも色々と問題がありそうである。


 だからといってパプル姐さんを指名すると、それはそれで変な誤解を生みそうだ。

 それならばまだ、全然知らない誰かと相部屋の方が気が楽というものである。


 ……そう考えていた時期がジェンにはありました。


 あの一緒に馬車に乗ってた三人のおっさんのうちの誰かで良かったのになあ。

 自分は果たして今晩を無事に乗り越えられるのだろうか。


 と、ジェンは今ひたすらそう思っていた。


 何故なら相部屋の相手はジェンがボコられた相手、桃色の髪色のショートヘアの少女だったのである。


「何でそんなにピンピンしてやがるんだぞ!? この変態っ!」


 部屋に入ってきて早々少女がジェンに対して怒鳴り声を上げた。


「変態はやめてくれ」

「簡単に起き上がれない程度にはダメージを与えたはずだぞ?」

「ああそうだな。かなり効いたよ」

「どういうカラクリだぞ?」

「俺が君の能力を聞けば、君はすんなり教えてくれるのか?」

「……ッ! ……なるほど、お前も異能持ちなんだな。理解したぞ」


 すべて合点がいったらしい少女は自分の荷物を入り口近くのベッドの方へと放り投げた。


「良いか、ウチの事について他の奴に何か余計な事を喋ったら今度はぶっ殺すし、ウチに近づこうとしても問答無用で殺すぞ」

「おっかないなあ。まるで俺の昔の知り合いみたいだ」

「ふん、お前の知り合いなんかに興味ないし、これ以上はお前と会話をするつもりもないぞ。ウチは飯の時間まで寝るんだぞ。邪魔をするな!」

「わかったよ」


 少女は自分の荷物を枕に着の身着のままでベッドの上に横になった。

 ジェンも少女の意思を尊重し彼女の言葉に従う事にする。


「あ、でも自己紹介くらいはしとくべきだったかな」


 そこでふと気が付いて思わず声に出したジェンに対し、


「……フィズ」


 少女はそう言葉を発した。

 それが彼女の名前だという事にジェンは数瞬遅れて気が付く。


「俺はジェンだ」


 ジェンも慌てて名を名乗るが、それに対して少女からは全く反応がなかった。


 果たしてジェンの自己紹介が聞こえていたかどうかは定かではないが、フィズと名乗った少女は今度こそ本当に寝息を立て始めたのである。


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