第三章 その5 大蜘蛛襲来
旅が始まって三日が経過し、ジェン達はイガンサ連峰の中の山の一つ標高およそ二千メートルのルクロ山の中腹まで到達していた。
そこから人数を分けてベースキャンプ設置班と商品調達班に分かれて行動することになった。
コクローとパプルが宿泊用のテントなどの設置班でジェンは商品調達班の護衛に割り振られのである。
因みにジェン以外の護衛は馬車にいた男たち三人とフィズを合わせたメンバーだ。
早速出発した調達班は眼前に見える大きな岩壁の方を目指して木々の間を抜けて茂みの中をかき分けて歩いていく。並びは商品調達班の三人を真ん中にして周囲を魔獣狩りのメンバーで囲む隊列である。
ジェンはポグピック商会が何を仕入れるつもりなのか聞いていないので周囲を警戒しながら黙って後をついて歩くだけだった。
「おい、まあだ体力は大丈夫か坊ちゃんよお?」
民間魔獣狩り三人衆のうちの一人がジェンに声をかけてくる。
厚手の皮の盾を持ち同じ拵えの鎧と兜を身に纏い背中と腰に小さな斧二つを取り付けた、細身の体躯をした三十代前半位のガルテオという男だ。
「ああ問題ない」
「そうかい、まあ無理して足を引っ張る事だけはしてくれんなよなあ」
この数日、ジェンは彼らと一緒に行動して分かったことがある。
どうやら彼ら、口は悪いが決して性格が悪いという訳ではないという事だ。
ジェンやパプルに対しても、フィズに対しても、からかうような口調ではあるが健康面や精神状態を図ろうとしている節がある。
それは仲間同士でも普通に行なわれており、細々としたやり取りから彼らは中々の腕利きである事が見て取れた。
「おっさんたち、この仕事どれくらいやってるんだ?」
「あぁ? なんだあ、いきなりい」
「いや、ふと気になってな」
「詳しく覚えてねえよお、多分もう十年は超えてるよなあ?」
「ギャッハッハッ、なに言ってんだ。お前は俺と一緒だろ。許可証取ってもう十五年だよ」
別の男がジェンの質問に答えた。
こちらは鉄製の兜に金属製の胸当てと鎖帷子を着こんだ大柄な男で、ガルテオ同じく三十代前半位の見た目の髭を生やしたイーガーという男である。
持っている武器は大きな木槌だった。
「十五年か……長いな」
「そうだな。まあ長い事やってるだけあって経験はそれなりにあるぜ。オウルベアも過去に退治した事があるからな。ギャハッハッハ!」
オウルベアは一般の魔獣狩りから見れば討伐ランクがDになる。
恐らく一頭だけならこの男たちとフィズがいればさほど苦戦せずに退治できるだろう。
ジェンがそんな事を考えていると最後の一人が会話に混ざってきた。
「俺は十二年。こいつらと働くようになってからは七年ってとこですねい。へっへっへぃ」
こちらはジェンより小柄なシューマという名前の男で、武器は腰に短剣、肩には弓を背負っている。
身に着けているのは薄手ではあるが一応金属製の胸当てと革製の籠手、それに外套という軽装で、それ以外には背嚢に色々な道具を入れて持っている様だ。
「みんなベテランなんだな」
「そういうこったぜえ、坊ちゃん。大船に乗ったつもりでいろよお」
「ギャハッハッハ、そんでお前さんはどの程度なんだ?」
「俺はもうそろそろ四年だな」
「四年ですかい。それじゃあ、それなりに魔獣退治の経験はあるんで?」
「一応ランクCは討伐した事あるよ」
「ふーむう、流石に国営。こんな坊ちゃんでもそれなりに経験つめるんだなあ」
「まあでも退治したのはあの黒髪のおっさんがメインなんだろう? ありゃあ只者じゃなさそうだからな」
ランクC討伐はジェン一人での事なのだが、ここは黙っておく事にした。
どうせ目の前で実力を見せでもしない限り、絶対に信じないだろうことがわかるのだ。
ジェンの魔獣狩りの経験ではBランクの魔獣を複数の仲間と共に倒したのが最高である。
ランクAは災害級と呼ばれ、混血者が数十人がかりで退治する必要があるらしいが、生憎ジェンはお目にかかったことがない。
「そっちの子は?」
「あん? フィズか? その小僧はまだ試験を受けれる年齢じゃねえ。俺らが鍛えてるから見習いでもその辺の奴より腕は立つがな」
ジェンはフィズの方を見る。
フィズは黙って一番後ろを歩いていたが、急に話を振られて少し驚いた様だ。
と、一瞬ジェンはそう思ったのだが、実はフィズの驚きはその事についてではなかった。
ジェンもそれにすぐに気が付き、全員に聞こえる様に警告する。
「近くにいる! 魔獣の群れが向かってくるぞ!」
その声とほぼ同時に左前方の茂みの中から、体長六十センチ程の大きさの蜘蛛が飛び出してきた。
それを目視した大柄な男イーガーが全員に大声で叫ぶ。
「ビッグスパイダーだ!」
ビッグスパイダー――討伐ランクはGで十本足の大蜘蛛。一匹であれば毒の牙による咬みつきと糸による攻撃に気を付ければそこまでの脅威はない。
単体では脅威ではないビッグスパイダーだが、現れたのは一匹で終わらずに次々と何匹も茂みから飛び出してくる。
「うおおおおおっ! 何ですかい、こりゃあ!」
「流石にコイツは多すぎだろ!」
これが野生の怖さなのか、ジェンはビッグスパイダーが飛び出してくる直前まで全く感知できなかったのだ。
一瞬、調達班全体がパニックになりかけたが、すぐにイーガーが声を張り上げる。
「落ち着け! ガルテオは俺と前衛だ! シューマは打ち漏らしを頼む! 坊ちゃんと小僧は調達班の護衛」
「「了解」」
「毒を持ってるから絶対に咬まれるなよ。これくらいの大きさなら糸での攻撃はそんなに気にしなくて良いからな」
前衛の二人が連携しながら木槌と斧を使いビッグスパイダーを確実に仕留めていく。
中衛からは、シューマと呼ばれた男が弓矢を使い牽制しながら攻撃する。
三人の連携を抜けようとしたビッグスパイダーが何匹か不自然に吹っ飛んだ。
フィズの能力による遠隔攻撃である。
最初の五、六匹までは順調に退治できていた。
だがビッグスパイダーの数は予想以上に多く、次第に迎撃が間に合わなくなってきたのである。
打ち漏らしの数も増え、ジェン達の元へとやってくるビッグスパイダーが少しずつ増えてきた。
ジェンは傍で戦うフィズの方へと視線を向ける。
「フィズ、ちょっと離れるが一人でこの人たち守れるか」
「そんな事を言って、本当は逃げる気なんじゃないか?」
「馬鹿言え、俺は近接戦の方が得意なんだよ」
「まあ、お前は弱いから、別に逃げても何も言わないぞ」
「逃げないっての」
彼女に答えながらジェンは自分の方へと跳びかかってきたビッグスパイダーを一撃で始末した。
それを見たフィズの顔が一瞬、驚いた表情へと変化する。
「そんじゃ、今回はキッチリと仕事をするとしようか」
軽く自らに気合を入れるとジェンは即座に動き出したのだった。




