第三章 その2 魔獣狩りの依頼
応接室には緊張感が漂っていた。
室内にいるのは魔獣狩り隊の隊長コクロ―と隊員のジェンとアオイ。
それともう一人、気の弱そうなメガネをかけた瘦せぎすの男性がせわしなく室内をウロウロしている。
「ちょっとは落ち着きましょうや支部長」
「いや、でもだね、とんでもない魔獣の討伐依頼だったらどうするんだい? 皆を危険に晒す事になるんじゃないかと心配なんだよ」
落ち着きがない支部長に対しコクローは少し呆れ顔になりながら諌めるように言う。
今回、ジェン達の暮らす屋敷で依頼者の応対をする事になったのは、相手側があまり人目につかない場所を希望したからだ。
支部長は普段はディンバイの町の中心部にある専用の庁舎で仕事をしているので、慣れない場所故に落ち着かないというのもあるのかもしれないとコクローは考えた。
「話を聞かないうちから心配しても仕方ないでしょう」
「いや、でもだね、僕は支部長として君たちの安全を確保する義務があるんだよ」
よくもまあここまで口が回るものだと、コクローは呆れながらも少し感心した。
実は国営と謳いつつも魔獣狩りの運営実態はレマノヒ皇国と民間の協力者との共同出資から成り立っている。
確かにジェン達が生活しているこの屋敷は国が準備したものであり、事務や経理などは基本的には国の役人が牛耳っているのは間違いない。
しかし各支部に国から派遣されている人材は要職のみであり、雑事は雇用促進の為という建て前で民間人を雇い魔獣狩りのメンバーの身の回りのサポートをさせているのだ。
つまり儲けた金はしっかり国の懐に入れつつ、雑務は全て民間人任せという事だ。
一応ジェンたち魔獣狩りの実行部隊は公務員という扱いになっており給与は固定で支払われている。
もっとも危険度の割には、そこまで高い給金ではないのは既に語った通りだ。
それはさておき、魔獣狩りの各支部の支部長は例外を除き殆どが国から指名された役人である。そして大抵の役人は地上人の上流階級の生まれが多い。
故に混血を毛嫌いし差別している彼らからすれば、混血者の多い魔獣狩りの支部長は閑職であり、役人同士の出世レースに敗れた者の流刑地の一つなのだ。
そういった事情を知るコクローからすれば、この支部長の言葉はどこまでが本心か怪しいものだと思っているという訳である。
そんな中、応接室の扉が三度ノックされた。
コクローが視線を送ると、支部長が頷く。
「なんだ?」
そのままコクローが代表で返事をすると、扉がゆっくりと開かれパプルが顔を覗かせた。
「支部長。お客様、到着されました」
「えっ? あ、ああ、すぐにここまでお通ししてくれるかい?」
「はい、かしこまりました」
パプルの報告から数分後、魔獣狩りを依頼したいという人物が応接室に姿を現したのである。
◇◇◇
応接室の三人掛けのソファの真ん中には態度の悪い太っちょの男が大きく足を開きながら腰掛けていた。
丸々と肥え太っていて、さらに目つきの悪い男は、脂ぎった汗を背後に控えている歳若いメイドに拭かせている。
メイドの隣には執事服を着た初老の男性が立っており、普通に立っているだけに見えるのに何やらただならぬ気配を滲ませていた。
「ぶふぅ、暑いにぃ、この部屋。もっと涼しく出来んのかにぃ?」
室内を値踏みする様にジロジロと見渡しながら、男が不機嫌そうに言う。
「暑いですか? では使用人にでも扇がせましょうか?」
「使用人? ああ、あのどこから連れてきたか分かったもんじゃない奴らの事だにか? ひょっとして地下人が混ざってるんじゃないだにぃ? 予算をケチるのも程々にするだによ」
「いやあ、ハハハ」
あからさまに失礼な物言いの男だが、支部長は愛想笑いで返すのみである。
壁際に控えているジェンとアオイの表情から色が消えていく。
「(気持ちは分かるが、いらん事はするなよ)」
二人の気配を察したのか隣にいるコクローからすぐに釘を刺された。
隊長の言葉を聞いて同時に二人は深く息を吐く。
コクローがあからさまな差別発言を聞いても表向き平静を装い受け流せるのは人生経験の差なのだろう。
ジェンとアオイは自分たちの未熟を反省し、再び支部長たちの会話へと意識を集中する。
「それでコベリーさん。魔獣狩りを依頼したいとのお話でしたが、詳しくお聞かせ願えますか」
「ああ、それだにな。おいっ!」
「はい旦那様。僭越ながら私の方からご説明させていただきます」
支部長にコベリーと呼ばれた男は後ろに立っていた執事に説明を丸投げした。
そして代わりに執事がゆっくりと依頼内容を語り始めたのである。
「今回そちらにお願いしたいのは旦那様が代表を務めるポグピック商会の荷物の搬送の護衛です。この町ディンバイから東にあるイガンサ連峰という二千メートル級の山々が存在しており、そこで取れる希少な鉱石や珍しい動植物の素材は非常に高値で取引される為、商会の大きな利益となっています。実は最近、イガンサ連峰から荷物を運ぶ道中でオウルベアという魔獣に襲われるようになりまして、我々の依頼はそのオウルベアを追い払い、無事にこの町まで荷物を届ける助けをお願いしたいという事なのです」
執事の説明を聞き終えたジェンは魔獣の名前を聞いて少し疑問符を頭に浮かべる。
「オウルベア? 何か聞いた覚えはあるが、実際に対峙したことないな」
「見たことなかったか? 頭部が梟で身体が熊の魔獣で大体一頭の討伐ランクはEってところだ」
「普通の魔獣狩りが数人がかりで退治できるって感じか」
討伐ランク――魔獣を狩る際の目安となる値である。基本的にはA~Gまでの七段階に分かれており、Aランクに近づく程、脅威度が上がっていく。
因みにジェンが退治した複数の動物を取り込んだキメラマイマイがDランク。通常のキメラマイマイならFランク相当に当たる。
「オウルベアはつがいで行動する事が多いから、まあ二体同時に相手取る事を想定しておけば問題ないだろう」
「なるほど。さすがに隊長は物知りだな」
「何だ急に? 褒めても何も出んぞ」
そんな事を言い合っていると、執事が二人の方を見ながら話しかけてきた。
「そちらの方々のおっしゃる通り、通常ならば民間のハンターでも人数が揃っていれば問題ない魔獣です」
「何か問題でもあるんですかい?」
「はい。実はオウルベアの中に空を飛ぶ個体が確認されたと報告がありまして」
「何だって? 空を飛ぶだと? オウルベアに羽はなかったはずだが?」
空を飛ぶ例外の個体がいると聞いてコクローの表情が渋いものへと変化する。
同様にジェンとアオイも苦い顔だ。
「ええ、突然変異かそれとも種族の進化なのかはわかりませんが、間違いなく目撃されております」
「支部長、相手が飛ぶとなるとランクがDか下手すりゃCだ。武器使用の申請が必要になるぞ」
「そうですね。手続きしておきましょう」
コクローの声掛けに支部長が反応して話がまとまりかけた、かに見えた。
だが、そこに待ったをかける者が現れたのである。
「オイオイ、ちょっと待つだに!」
声を上げたのは太っちょ商人コベリーだ。
なにやら不服そうな顔をしながら、支部長の方を見ている。
支部長は恐る恐るコベリーの顔を見ると、口を開く。
「えっと、いかがいたしましたかコベリーさん?」
「武器を使って殺されては困るだに。その空を飛ぶ魔獣とやらを生け捕りにしろだに」
「へっ?」
「お前ら国営は民間と違って高い金を取るんだから、それぐらい出来るはずだに。こっちも依頼料の元を取るにはそれくらいしてもらわんと困るだによ」
「あのぉご承知だと思いますが、魔獣は飼いならせませんよ?」
「そんな事は知っとるだにぃ。別に自分で飼育しようと思ってそんな事を言っとるんじゃないだに。当然商売の為だに。珍しい魔獣ならばきっと高値で売れるだによ」
「いや、でもですね……」
「やれと言ったらやるだに。それが今回の依頼の条件だに。できなきゃ金は払わんだに」
じゃあそんな仕事受けるな――考えがシンクロした壁際に控える三人が冷ややかな目で支部長の背中を見る。
危険度が高いと言っているのに生け捕りとかバカなのか? バカなんだろうなあ……っという思いも込みで三人ともデブ、もとい商人へ視線を向けるのも忘れない。
「コベリーさん、さすがにその条件は無茶苦茶かと」
すると支部長が三人の心を読み取ったかのように冷静にコベリーに告げたのである。
「あぁん? 貴様、儂の仕事を断るつもりだにか?」
「いえ断りはしません。ですが魔獣の生け捕りについては確約出来かねます」
「何だとっ! 儂にはお前よりもっと上の立場の人間に、お前をクビにする様に言えるコネがあるんだに、それでもか!」
コベリーが激高しソファから立ち上がった。
今にもつかみかからんばかりの勢いでテーブルに両手を置き支部長を睨みつける。
「落ち着いてください、コベリーさん。本来の目的を見失ってませんか? 貴方が本当に大切にしないといけないのは仕入れた品物が無事に手元に届くことでしょう?」
支部長はさっきまでの態度とは打って変わって毅然としながら目に前に迫ったコベリーに告げる。
「その空を飛ぶ魔獣を無理に生け捕ろうとして、結果的に荷物を護れなければ結局損害は大きいでしょう。あくまでも生け捕りは余裕があればという事で納得いただきたい」
コベリーはこれ以上は無理だと判断したのか、態度を軟化させておとなしくソファに座りなおす。
「確かに商品の調達が一番だに」
「納得していだだきありがとうございます。それでは契約について確認していきましょう」
「わかっただに。護衛についてはしっかりと契約してもらうだによ?」
支部長も元の雰囲気にもどり、契約書を取り出してコベリーと話し始める。
あからさまな恫喝に対し一歩も引かない支部長にジェン達三人は感心した顔つきになったのだった。
◇◇◇
部屋の中央では支部長と商人の話し合いが続いている。
難しい話が苦手なアオイは会話に興味がないらしく、隣のジェンに小声で話しかけた。
「(やるじゃんあの支部長。もっと頼りないかと思ってたけどあの太っちょ商人を黙らせたよ)」
「(まあ、そうだが……)」
「(何よ? アイツの悔しそうな顔、見たでしょ? いい気味よ)」
そこで二人の会話が聞こえていたコクローが会話に割って入ってくる。
「(なに言ってんだ。交渉では完全に負けだろうが)」
「(なんでよ、あの太っちょ汗だくじゃない)」
「(……見た目はともかく一応は店を一代で大きくした商人って事だ。結局、魔獣の生け捕りについては条件付きで飲まされただろ?)」
「(あっ!? そう言えば)」
「(気が付いてなかったのか……)」
とは言え依頼を受け正式に契約を結べば、内容通りに依頼をキッチリと果たさなければならない。
どことなくきな臭い物を感じながらも三人は静かに前を向き、話し合いが終わるのを待ち続けたのである。




