第三章 その1 長閑な朝食
ジンマ一刀流のスミカによる復讐代行の依頼遂行から一週間が経過した日の朝。
何だか屋敷内の様子がおかしかった。
どことなくすれ違う人が皆、一様に緊張感を漂わせているのである。
そんな空気を感じながらジェンが廊下を歩いていると、アオイが前方からやってきた。
「あっ、ジェン!」
何やら髪を少しいじると、そのまま子犬の様に小走りで近づいてくる。
半袖のブラウスにミニスカートというアオイのお気に入りの服装だ。
まだ怪我は完治しておらず身体の一部には包帯を巻いているのに、意外と元気そうである。
「おはよう、もう朝ごはん食べた?」
下からジェンの顔を窺い見るように上目遣いで見つめてくるアオイ。
そんな彼女に対しジェンは気を遣わず、いつも通りに返事をする。
「いや、まだだけど」
「私もなの。一緒にどう?」
「あーそうだな……」
どことなく歯切れが悪い感じで返事をするジェンに対し、アオイの眉がピクリと反応する。
「なによ? 私と一緒に食べるの嫌なの?」
「いや、そうじゃなくて……先約があって、そいつらと一緒でもいいなら」
「先約? 誰とよ?」
なんだか急に不機嫌になったアオイにジェンは困惑した。
いったい何がそんなに気になるというのだろうか、と理由が分からず首を傾げる。
「えっと、それは……」
「あっ! ジェンだー」
「ジェンだー」
アオイの背後からパタパタと可愛らしい足音がした。
その足音の主の正体は、最近やって来たチビッ子兄妹の二人組である。
ドミとリミがアオイの背後から彼女の両脇をすり抜けてジェンにくっついてきたのだ。
「こいつらと」
ジェンは少し困ったような顔でアオイにそう告げたのだった。
◇◇◇
四人は食堂に移動して朝食をとる事にした。
ジェンの左にリミ、右にはドミ、正面にアオイという配置である。
子供二人の面倒を見ながらジェンは自分の食事をすすめていく。
そんなに豪勢な食事ではない。
パンとスープとサラダという、とてもありふれたものだ。
だが地下人である子供たちにとってはこんなものでもご馳走らしく笑顔で美味しそうに食べている。
口の中一杯に食べ物を頬張っている兄妹を見るアオイは何とも言えない表情をしていた。
ジェンにしてもアオイの気持ちが分からない事もないので黙って彼女の顔を見つめる。
するとその視線に気が付いたアオイが訝しげに話しかけてきた。
「なによ?」
「いや。アオイも昔はこんな感じだったなって」
「うるっさい」
少し顔を赤らめながらアオイはジェンから顔を背ける。
そんなやり取りをしながら食事をしていると食堂の入り口付近に誰かが姿を現した。
その人物はジェン達に気が付くと真っ直ぐそこへと足を運んできたのである。
「はぁい、アオイ、ジェン。おはよう」
「あっ! おはよー、パプル姐さん」
「おはよう姐さん、いつ着いたんだ?」
「昨晩よぉ」
パプルという人物のハスキーな声の挨拶を受けてジェンとアオイが気軽に返事をする。
背が高くとても手足の長い人物であった。スラリとしたスリムな体形という事もあり非常に格好良く見える。ジェン達の元まで歩いて来るだけの動きには一切の無駄がなく、とても様になっていた。
とはいえ、少しパプルが奇異に映るのは、その顔に堀の深く見える様な濃ゆーい化粧が施してあり、短く整えられた髪と瞳の色は紫色だからだろうか。
その上なんだかキラキラ光る紫色をした男性用の長袖の服とズボンという服装をしているという独特の感性を持つ人物だった。
パプルはジェンの隣に座る子供たちの姿を見ると、何故かアオイに声をかけた。
「あらぁ、アオイ。いつの間に子供なんか生まれたの? ちゃんと教えておいてよぉ、お祝いしてあげたのに」
「なっ! 違うよっ、私の子供じゃないわよ! (……まだそんな事してないし)」
「あらぁ、そうなのぉ? 駄目よジェン、ちゃんとアオイの事を構ってあげないとぉ」
「ん? ちゃんと相手ならしてるぞ、姐さん」
「あらあらぁ、いつの間にぃ?」
「ちょぉっ、してない、全然したことないよ!」
「こうやって一緒に飯とか食ってるぞ」
「あぁらぁー、どうやら前途多難ねぇアオイ?」
「うぅー」
アオイとパプルの様子を首を傾げながら見ているとジェンは隣に座るドミに袖を引っ張られた。
何事かと思いドミの方へと顔を向ける。
「このおじちゃんだあれ?」
小さな子供の素朴な疑問を聞き、ジェンとアオイの顔がクシャっと皺だらけになった。
純真無垢な子供にとってパプルの格好は理解が難しいらしい。
どう説明したものかと二人が戸惑っていると、当のパプル本人がドミに優しく声をかける。
「あらぁ、私はパプルっていうのよぉ、よろしくねぇ。ボクちゃん」
「ドミだよ。パプルおじちゃん」」
「あらっ、そういうお名前なの? じゃあミドちゃん、私はおじちゃんじゃなくって、お姐さんって呼んでねぇ?」
「ミドじゃなくて、ドミだよ」
「うんそうねぇ。私もおじちゃんじゃなくてお姐さん。わかったぁドミちゃん?」
「おねえちゃん?」
「そうそう、お近づきの印にこういうのは如何かしらぁ」
パプルはズボンのポケットから何かを包んだ紙を二つ取り出すと子供たちの前に一つずつ置く。
ドミとリミは不思議そうな顔でそれを眺めていた。
「開けてごらんなさい」
ドミがそっと手を伸ばしその紙を開くと中にはビスケットが入っていた。
だがドミはそれが何か分からない様でキョトンとしている。
「見たことなかった? ビスケットっていうのよそれ。どうぞ召し上がれぇ」
ドミがおずおずと手を伸ばす、すると
「おいしー」
ジェンの左隣にいたレミがドミよりも先に喜びの声を上げたのである。
レミの声を聞きその顔を見たドミもビスケットを口にする。
「ん~~~~っ!」
次の瞬間、ドミも妹と同様、喜色満面の笑顔になった。
その様子を見ていたパプルが子供たちに声をかける。
「気に入ってくれてなによりだわぁ。これからも良い子にしてたらまた買ってきてあげるからねぇ」
そう告げたパプルに対して子供たちは目を輝かせて何度も頷いた。
「「ありがとう、おねえちゃん!」」
「完全に餌付けされたな」
「良いなあ、ビスケット……」
ジェンとアオイはそれぞれが思い思いに感想を漏らす。
するとパプルがアオイの肩に手を乗せ、ジェンの方を見た。
「二人とも伝言よぉ。これから来客があるから身だしなみを整えておくようにですってぇ」
「この屋敷に来客だって? へえー随分と珍しい事もあるんだな」
「ええそうね。なんだか個人的な魔獣退治の依頼らしいわねぇ。一応その話を聞くのにあなた達に同席しろって事だったわぁ」
「「了解」」
のんびりした時間はパプルの伝言によって終わりを告げ、ジェンとアオイは、気持ちを切り替え頷き合うのだった。
連載再開します。
不定期になりますが地道に投稿していきます。




