第二章 その後の話 忘却のヌローワ
翌日はあいにくの雨模様だった。
もっともジェン達の行なった復讐代行の痕跡を洗い流すには丁度良かったかもしれない。
とはいえ、前日の復讐の対象者は二十人以上にのぼり、大量の死者が出ている。
さすがに遺体をそのまま放っておくという訳にもいかず、すぐに復讐代行の裏部隊が出動する事になった。
その結果、復讐代行の裏部隊――通称掃除屋は昨日の深夜から未明にかけて大忙しだったのだ。
当日に動かせる人員を総動員したおかげで、ある程度までは片付いた。
完全に痕跡を消す事も可能だったが、今回はその選択は見送られた。掃除屋は故意に一部の痕跡を残し遺体もそのままにしたのである。
ただし発見された全ての遺体は、争った末に力尽きたかの様に偽装されていた。
まるで大人数での乱闘があり、それにより死者が発生したという形になっていたのだ。
死亡したのは道場主のヴィレーと師範代ケングー、その他十二名の門下生たち。
ディンバイで目撃された人物全員の遺体が発見されなかった事で、事件を調べる警備隊は道場の跡目争いが原因で起こった殺戮だと判断した。
その結果、行方をくらませた道場主の義理の息子ウーガンを主犯格として、彼の仲間たち数名は警備隊に指名手配される事になったのである。
◇◇◇
一方、ジェン達の住む屋敷も掃除屋によって綺麗になっていた。
こちらは一階のホールや廊下に階段だけでなく、庭も凄惨な事件があったなどとは誰も思えない程に元通りである。
……のはずだったのだが、実は今回の件で、簡単には元に戻せないくらいに心が傷ついている人物がいた。
その人物は現在、自分に対して『絶許』な仕打ちを行なった人物の前で腕を組みながら威風堂々と立ち尽くしている。
「さってと、言いたいことがあるなら、聞いてあげるでおじゃるよ」
全く不機嫌を隠さずに、片足の先をパタパタと動かしながら屋敷の廊下に正座しているジェンに対してそう告げたのは、黒髪おかっぱに瓶底メガネをかけたメイドさんのヌローワである。
「えーっ、本っ当に心の底から申し訳ないと思っております」
誠心誠意の気持ちを込めて、ジェンはそのまま頭を下げた。
「ほう言い訳はしないでおじゃるか? 随分と潔いでおじゃるねえ」
「どうもすいませんでした」
「そんなんじゃ、まーったく気が収まらないでおじゃる! いきなり標的の後を追えと言われて、尾行してみたは良いものの、その後は全然音沙汰なしで、気が付けば雨は降ってくるし、寒い中、標的の立ち寄った診療所を見張ってたらいつの間にか逃げられてるし、挙句の果てにはヌローワの事を忘れてたとか、ジェンさんぶっ飛ばされても文句言えない所業でおじゃるよ!!」
「本当に悪かった……ん? 診療所で標的に逃げられた?」
ふとヌローワの言葉に引っ掛かりを覚え、ジェンが神妙な面持ちで頭を上げる。
「そんな事は今はどうでも良いでおじゃる! ヌローワは怒っているのでおじゃるよ!」
「いやちょっと待て、アイツに逃げられただって? 診療所で?」
「……えっと、ジェンさんが何を言いたいのか分からないのでおじゃるが?」
「どこの診療所だ?」
「えーっと裏通りの……」
「おいちゃんの所か?」
「そうでおじゃるけど、それが何か?」
「なるほど、そういうことだったか」
「いや、さっぱりわからんでおじゃる!」
何かを理解したジェンに対し、ヌローワは状況がさっぱり飲み込めず首を捻り倒している。
「状況から判断するに、ヌローワに追わせてた男は俺たちから完全に手を引いたってことさ」
「…………何で、そう言い切れるでおじゃるか?」
「俺と分かれた後、あの男は寄り道せずに真っすぐ診療所に向かったんだろ?」
「そうでおじゃるな、足を引き摺っていたから結構時間がかかったでおじゃるよ」
「うん。そんでヌローワはなんで男に逃げられたと思った?」
「診療所からいなくなったからでおじゃるが?」
「中に入って確認したか?」
「さすがにリスクが高いので、中に入ってないでおじゃるね。診療終了の札を下げに出た看護師に聞いたでおじゃる」
「で、朝まで誰も診療所から出てこなかった?」
「そうでおじゃるな。思い出したら腹立ってきたでおじゃる」
放っておかれたまま一晩を過ごしたヌローワの表情がムッとしたものへと変化する。
「だから悪かったって。まずは話を続けさせてくれ。その後、朝になって診療所が開いたと同時に聞き込みしたんだな?」
「身体が冷えて風邪ひいてもおかしくない状況だったから、当然でおじゃる」
「つまりだ、あの男は最初から尾行に気が付いていた、若しくはどこかで気が付いた」
「ふむ」
「それで情報屋として、ここが完全な引き際だと考えたんだろう。というかヌローワの尾行を『一度は見逃してやったが、これ以上まだ向こうに付くつもりなら、次はどうなるかは分からないぞ』と受け取ったんだ。だから消えたんだよ」
「ジェンさんの脅しが効いたという事でおじゃるか?」
「そうそう。その為に尾行してもらったんだ。ヌローワはとっても重要な役目を果たしたってことだな」
「ふーん」
「いやー謎が解けてスッキリだったな」
ジェンは大きく背伸びをすると、何事もなかったかのように立ち上がった。
「じゃあ、そういう事で」
にこやかな表情のままヌローワの横を通り過ぎて、その場を後にしようとするが……
「ちょっと待つでおじゃる」
「ん?」
「何を勝手に話を終わらせてるでおじゃるか?」
「男が消えた謎は解けただろ?」
「いーや全く解けてないし、そもそも、そんな事はどうでもいい話でおじゃる……。ジェンさん、話を誤魔化して有耶無耶にしようとするのは流石に姑息じゃないでおじゃるか」
適当に煙をまいて立ち去る作戦は見事に見破られてしまったジェンは渋々といった感じでヌローワに言った。。
「うっ……痛いところを突いてくるな。わかった、今度何か埋め合わせをするよ」
すると瓶底メガネの奥のつぶらな瞳がキラリと光り、ジェンを見据える。
「殊勝な心掛けでおじゃるな。そういうのはとても好感が持てるでおじゃるよ」
「そうか機嫌が直ってなによりだ」
「だったら次の休日にみんなでお食事に行くでおじゃる。もちろんジェンさんの奢りで」
「はあ、またかよ……。それで、みんなってのは?」
「隊長さんにアオイちゃん、クヨリさんにドミちゃんとリミちゃん。後はスミカさんもでおじゃるな」
「わかった。出来れば高い店は勘弁してくれ」
「もちろん。安くて美味しいお店を調べておくでおじゃる。個人的にはアオイちゃんとスミカさんに挟まれて慌てるジェンさんが見ものでおじゃるよ」
「……なんだそれ?」
呆れ顔になりながらも、ジェンはヌローワの機嫌が直った事を感じ取って安堵の息をもらしたのであった。
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