第二章 その31 完全決着 後編
ウーガンが地面に激突した後、未だ空中から着地していなかったジェンは〈旋風〉の能力を使い、無事に地面へと降り立った。
恐らくは即死だろうが、それでも万が一にも生きていて逆転を狙っている可能性があるので、生死を確認する為に倒れたままのウーガンの元へと向かう。
地面に倒れたまま動かないウーガンに慎重に近づくとジェンはしゃがみ込んで手を伸ばした。ズタボロと表現する以外に形容しようのない身体の一部、首元辺りに手を触れる。
「うん。完全に死んでるな」
激突の衝撃による傷はどう見ても生きている方が不思議な程のダメージであり、脈や呼吸も完全に止まっているのを確認してジェンは独り言ちる。
そのまま意識を切り替えると、ジェンは近くの地面に落ちていたスミカの刀と剣を一本拾うと道場へ戻ることにした。
戦闘中の為、あまり余裕はなかったが、幾人かの気配が道場の方へと向かっていくのを薄っすらと感じ取っていたからだ。
明かりの漏れている道場の入り口まで辿り着いたジェンは内部を確認するべく、ゆっくりと中を覗き込もうとして、扉の向こうに何者かの気配を察知する。
ジェンは瞬時にその不審者を倒すべく動き、道場内へと踏み込んだ。同時に正体の知れぬ相手に対し拳をふるいかけ――眼前に迫った刃を頭を動かして回避した。
さらにそのまま相手の懐へ飛び込もうとして、ようやく向こうの正体に気が付いたジェンは動きを止めたのである。
「おっと、何だよ。隊長、いつの間に来たんだ?」
伸ばしかけた腕を引っ込めながら、道場内にいた不審者……いや隊長に向かってジェンが問いかけた。
「お前が戦ってる間だな。キッチリと仕留めたのか?」
「ああ、もちろん。それよりも勝手に動いたことを怒らないのか?」
「もうスミカから事情は聴いた。そもそも俺にも責任の一端があるから、お前やアオイを怒れるはずもない」
「アオイも? アイツ何かやったのか?」
「屋敷を襲撃してきた奴らを全員始末してたよ」
「えっ? 一応、念のために残してたんだが、本当に襲撃してきたのか……それで全員無事か?」
「おう。全員無事だったぞ。拠点防衛はアオイが一番信頼がおける。良い判断だったなジェン」
「いや、それほどでもないよ」
珍しく隊長に褒められたジェンは何だか背中がむず痒くなった。だがすぐに我に返ると新たに道場内に増えている死体を確認する。
「ところで隊長、そいつは?」
「ヴィレーだ」
「隊長がやったのか?」
「おう。スミカに隙を作ってもらってな」
「そうか。俺がやるつもりだったんだがな」
「悪いが、お前を待っている状況じゃあなかった」
「そうか。それじゃあしょうがない」
「それにな俺にとっても、都合が良かったのさ」
「ん? 何かあったのか?」
「まあな」
「そうか」
隊長と二人で話していて、ふとスミカの姿がないのが気になった。
「あれ? そういえばスミカは?」
ジェンの呟きが聞こえたのか、道場内の衝立の奥からスミカの声が聞こえてきたのである。
「そ、某は、こっちだジェン殿」
「ん? そんな所にいるのか。とりあえず全部片付いたぞ」
「あ、ああ」
そう言いながらジェンはスミカの声のする方へと歩いていく。
「一旦、屋敷に戻ろう。もう一人の女の人も治療してあげないと……」
「ちょ、あの、ジェン殿」
何やら慌てた様子のスミカが気になってジェンは少し速度を上げた。
そのまま無造作に衝立の裏側を覗き込んだ彼の眼に彼女のとんでもない姿が飛び込んできたのである。
「ちょ、ちょっ、ジェン殿、ま、て、あ……」
「へ?」
そこには上半身をはだけた状態のスミカが座り込んでいた。
「そういうことか……それで、どこだ?」
顔を真っ赤に染め、目を白黒させているスミカに対しジェンは何ら慌てる事なく言ってのける。
「ど、どこっ、とは?」
「怪我した箇所だよ。止血して自分で包帯を巻くつもりだったんだろ?」
ジェンの言葉通り、スミカは自分で応急処置をしようとして悪戦苦闘中だったのである。
「え、あ、太ももと肩の近くを……」
「足の方は自分で出来てるみたいだな。じゃあ肩の方はやってやるよ。包帯貸してくれ」
「うぅ……申し訳ないが、お願いする」
スミカは手に持っていた包帯をスッと差し出したのだった。
◇◇◇
ヴィレーと道場内で対峙していた時、スミカは彼の攻撃を受けて殆どまともに動く事が出来なくなっていた。
だが、そのおかげで頭に上っていた血が多少なりとも収まり、冷静さを取り戻すキッカケになったのだ。
そこで初めて、すぐ近くまでコクローがやってきている事に気が付いた。
ジンマ一刀流に伝わる特殊な音を奏でる笛。訓練をしていない者には、まず聞き取る事が不可能な音色が自分の耳に届いている事に。
内容はこうだ。
合図を待て。刀を求めろ。死体を動かせ。
この三つの指示があり、スミカはそれに従ったのだ。
痛む身体に鞭を打ちながら、指示通りにやり遂げた。
その結果がヴィレーの背後からの完全な奇襲だったのである。
全てが終わった後、コクローから渡された傷薬と包帯で処置をしている最中にやって来たのがジェンだった。
「スミカ、もう少し肩を上げてくれ」
ここまでの顛末をボンヤリと思い返していたスミカは、自身の背後から声をかけられた。
出会ってからまだ半日ほどしか経っていない男性であり、弱く不甲斐ない自分の復讐を代わってくれた恩人でもある。
婦女子がこんな格好なのにもかかわらず、全く態度を変えない彼に対し何だか少々複雑な胸中ではあるが黙って従う事にした。
しばしの沈黙が続いたが、包帯の処置が一段落したところで再び話しかけられた。
「全く、勝手に出ていったと聞いた時はヒヤヒヤしたぞ」
「…………某の心配をしてくれたのか?」
「ん? ああ、そうだな」
「……そ、それは某が依頼人だから?」
「ん? んーっいや、あの時点では依頼人じゃなかっただろ」
「そ、それなら――」
ひょっとして某のことを心配して? ――と声に出そうとして、ジェンに機先を制されてしまった。
「依頼人じゃあないけど、そうなる可能性は高かったからな。一人で勝手に敵討ちに突っ走っていったら心配にもなるよ」
「そうか、心配にもなるか」
「どうした?」
「――っ!」
知らぬ間に涙が零れ落ちていた。
彼に何を勝手に期待したというのか。
僅か半日で敵討ちが終わり、少しばかり心が不安定になり過ぎていたようだとスミカは自省する。
それもこれも全ては復讐の為に色々と抑え込んできた感情が一気に湧き上がってきた所為だと。
「おいスミカ、大丈夫か? どこか痛むのか」
「なっ、なんでもない。なんでもないのだ、ジェン殿」
「でも、お前……」
「えへへっ」
涙は止まらない。後から後から次々と溢れてくる。
それでもスミカの浮かべる表情は、年相応の少女の無邪気でとても綺麗な笑顔だった。
【第二章 了】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第二章はここまでになります。
※今後の投稿予定ですが、とりあえず明日は後日談的な話を投稿します。
その後なんですが、私の仕事の都合により投稿が不定期になってしまうと思います。
まだ続きをよんでやっても良いよって方がいらっしゃいましたら、ブックマークして気長に
お待ちいただければ幸いです。




